連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第6話:送別会

「んじゃ、ウチら【ヤプタレア】組は南大陸行くから」

 戻ってきた環奈のこの言葉に、ミズヤは反応できなかった。
 止める権利なんて彼には無いし、さらに言えば、前世の友達である彼女とどう付き合えばわからず、去ってくれることに嬉しい気持ちも少し寂しい気持ちもあるために心が悶々としていた。

「南大陸っつーと、沙羅っちか居るところか」

 瑛彦が誰に言うでもなく呟くと、環奈は頷いた。

「レジスタンスに召喚された瑛彦と理優がこっちに居る以上、同じ召喚されたウチらも抜けていいでしょ? そう相談したら、割とあっさり了承されたよ。この城では、貴族でも無いウチらにとって肩身も狭いしね、沙羅んとこでノンビリするわ」
「へぇ〜っ。僕もサラの所行きたいなぁ〜っ」
「…………」

 バシッと、環奈がミズヤの頬を打つ。
 突然のビンタに対応できず、ミズヤはえっ?えっ?と不思議がった。

「……ミズヤ、アンタはあの皇女様を守るんしょ? アンタどうせ死なないんだから、ちゃんとこっち終わらせてから来なさい」
「むむぅ……サラ、ごめんね?」
「ミャーッ」

 ミズヤが手元に居る猫を抱き寄せると、サラも残念そうな声で鳴いた。

(……このまま飼い主とペットでも、幸せそうじゃんね?)

 環奈は2人を見てそう思ったが、あえて口には出さぬのだった。



 ◇




 クオンは書類整理を終え、自室にて1人机を前に座り、一息ついていた。
 慣れた扱いでメイドを下がらせ、残していった紅茶を一口飲み、また机の上に戻す。

「ふぅ……」

 安らかな顔で息を吐き出し、国に出回って居る情報誌を読むクオン。
 その姿は13歳に見えないが、彼女にとって落ち着きのある、幸せな時間でもあった。
 今はケイク、ヘリリア等の護衛も無く自由に過ごせる。
 考え事も多い彼女には、1人の時間が大切なのだった。

「むっ、またハルノガールに賭博場が……。あそこもよくやりますねぇ。8月に調査が入るのに……」

 悪態をつきながら、また紅茶を口に含む。
 1人であれば、ときに独り言を言う。
 それも仕方ない事だ。
 普段は気品ある振る舞いをする彼女も、足をブラブラさせて机に肘をつく。

「……ん? 西大陸のケーキ屋が支店を……。ほほぉ、こんな話は聞いてませんね。きっと国から許可を取ってないのでしょう、これは調査せねばなりませんね、直々に行かねば……」

 ニヤリと笑みを浮かべ、クオンは新聞を閉じる。
 北大陸は大陸の下の方に殆どの人間が住み、そこは亜寒帯である。
 亜寒帯で育つテンサイは砂糖の原料となり、要は甘いものが作りやすいのだ。
 だから支店を構えた、そうクオンは予想しながら外国のケーキの味を楽しみにするのだった。

 区切りも良いそんなときに、部屋にノックがあった。

「どうぞ」
「はい〜っ、失礼しますっ」

 そう短く返すと、ミズヤがニコニコ笑いながらドアノブを回して入ってくる。
 上機嫌な彼の様子に、クオンは何事かと尋ねる。

「どうしました? 何か良いことがあったので?」
「良いことかはわからないけど、環奈さん達が南大陸に行くの。クオンは聞いてる?」
「ええ、先ほど……。残念ではありますが、これでいいのでしょう。彼らの人権を無碍にしてこの世界で戦わせるのは、心痛かったですし」
「僕も、そう思うや〜っ……」

 付け足すように自分の考えを述べるクオンだが、ミズヤも同意するように言葉を繋げた。
 後ろめたさは2人ともあったのである。

「それでねっ、今みんなでお別れ会やってるんだよーっ! クオンも暇だったら来てね?」
「……ちょうど暇だから行きますかね」
「そっか。じゃあ僕はまだまだ料理作らなきゃだし、先に行ってまーすっ!」
「はい……」

 パタンと扉が閉じ、部屋は静まり返る。
 会話が終わってから改めて思い起こすと、クオンはある事を思い出した。

「そういえば、ミズヤは料理ができましたね。どれもこれも美味しかったような……」

 クオンがミズヤと出会った翌日の朝、彼が作った朝食をクオンは食べていた。
 パンやスープといった庶民的なものであれど、その味はクオンが驚く程だったのは彼女自身印象深い。

「これはちょっと楽しみですね。ついでに、材料があればケーキでも作ってもらいますか」

 楽しみが出来たことにクスリと笑い、クオンは部屋を後にした。
 異世界であっても、女子は甘いものが好きらしい。



 ◇



「お酒は禁止でーすっ」

 ミズヤの宣布した言葉により、ヘリリアとケイクは打ちひしがれた。
 成人未満が飲酒するのは禁止、という常識はこのサウドラシアに無い。
 だからこういう祝いの場では普通、酒を飲む事が常識なのだが、まだ昼間であり、特にミズヤは酒に弱いので禁止にしていた。

「部屋の飾り付けがミズヤの魔法で一瞬にして終わるって、どの世界でも万能だよね、ミズヤって」
「流石は俺の親友だぜ!」
「……で、なんで2人ともヨシヨシするの?」

 環奈と瑛彦に頭を撫でられるミズヤだったが、嫌そうではなかった。
 黒魔法の物質生成で部屋中をリボンで飾り、壁には大きく“お別れ会”と書かれた紙が飾ってあり、その紙をキトリューと理優が見ていた。

「……普通、“送別会”ではないのか? お別れ会なんて、小学生では……」
「ミズヤくんらしいと思いますよ……」

 ツッコんで良いところではないので、そこは微笑ましく見守るのだった。
 ケイクとヘリリアも居たが、異世界組ではないため、城の中なのに狭く感じて座り込んで料理を食べていた。
 そこにクオンも現れる。

「こんにちは……扉開けっ放しだとうるさいかもしれないので閉めますよ?」

 開いていた扉を閉めてクオンも部屋に入る。
 するとみんなの動きが止まり、ミズヤや環奈はクオンの近くに寄った。

「来てくれてありがとね〜っ。適当にくつろいでましょーっ」
「わかりました。それより、ケーキ……いや、甘いものはありますか?」
「あるよーっ。フルーツケーキとかマシュマロとか、プリンとか。ふっふっふーっ♪ 食べるべし〜っ」

 テーブルの上には既に作られたミズヤの料理やお菓子がある。
 クオンはマシュマロを1つ手に取り、親指と人差し指でその弾力を確かめた。

「ミズヤ、これはなんですか? 見た事ないのですが……」
「マシュマロっていう、メレンゲを固めたお菓子ですっ。もちもちだよっ!」
「ほぅ……」

 クオンは手にした白い円筒のものを口に入れた。
 そしてもきゅもきゅと噛み、次第に顔付きが柔らかくなる。

「……フフッ、面白いお菓子ですね。美味しいし、見た目も可愛い。これは異世界の知識で作ったものでしょう? 良いものですね、これは」
「でしょーっ。簡単に作れるから、僕も好きなんだ〜っ」

 そんな感じでクオンはお菓子に魅了され、ケイクの横に座るとマシュマロをまた1つ手に取った。

「ミズヤくん、グミは作れないの?」
「作れるけど、味が良くなくて……。食べてみる?」
「わーいっ、食べる食べるーっ!」
「じゃあウチも貰おうかね」

 理優と環奈はグミをもらい、さらには緑茶まで頂くのだった。
 ここまでなんでも作れるミズヤに他の男子は萎縮するのだが、もともと女だか男だかわからない奴だからと3秒で元どおりである。

「人も揃ったので、送別会を始めまーすっ」
「あれっ!!? お別れ会じゃないっ!?」

 ミズヤの宣言に瑛彦が驚くも、さっきの2人の声がミズヤに聞こえてただけなので気にしてはいけない。

「みんなジュース持ってね〜」
「むっ」

 ミズヤの言葉にクオンは焦ってコップを1つ手に持った。
 ジュースの入った瓶が4つあったが、適当に1本取ってコップに注ぐ。

「では、【ヤプタレア】から来た皆さんの旅路に幸あるよう、乾杯〜っ!!」

 ミズヤの喜ぶ声と共に全員が飲み物を掲げ、送別会が始まるのだった。

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