連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第1話:帰還

 10日という短い時間が過ぎ、遠路同じ空を通って彼らはバスレノス城に戻ってきた。
 城の飛龍停には人が集まり、皇族達もクオンの帰還に集まっていた。

 飛龍が降り立ち、その背から6人の人物が降りてくる。
 クオンを筆頭にその側近であるケイク、ヘリリア。
 その後からはポケットに手を突っ込んだ環奈と、いつも通り口を閉ざし、落ち着いた様子のキトリューが続いた。

 クオンの姿が見えただけで多くのものが膝を折り、こうべを垂れる。
 整然とした臣下らの中、1人の男が飄々とした態度で帰還した一向に近付いていく。

「はっはっはっは! クオンお前、また襲われたそうじゃないか! 無事でよかったぞ!」
「トメス兄様、痛いです、痛いですから」

 実妹の肩をバシバシ叩き、笑顔で出迎えたトメスタス。
 そんな兄の顔が突如横に吹っ飛び、クオンは驚愕するどころかはてなを浮かべる暇さえなかった。

「まったく、お前という奴はいつもいつも心配させてくれる。よく戻ったな、クオン」
「あ、お姉様。心労をお掛けしてすみません」
「……ふん」

 鼻を鳴らし、いつの間にやら目の前にいたラナもクオンの前から去る。
 彼女がトメスタスを吹き飛ばしたと納得するのに時間はかからなかった。

 兄弟が過ぎ去ると、クオン達はまっすぐ歩いて城の前まで歩み、そこで待機していた両親に顔を見せる。

「クオン、よく無事に帰ったな」
「怪我もないようで何よりです」
「ありがとうございます、父上、母上。ミズヤは捕らえたレジスタンスのうち、重役の人間を数名連れて来ますから後で戻ります。彼は一番疲れてますから、持て成してあげてください」
「帰ってきて親に掛ける初めの言葉がそれとは……クオン、お前も休めよ。大変だったな」
「フフ、大丈夫ですよ父上。私の疲れなんて、たいしたことじゃありませんから……」

 寂しげなその声に、両親はどんな意味があるのかわからなかった。
 ただ休息が必要という事は明らかで、クオン達を城内に向かわせるのだった。

 遅れながらに、遠方から黒い影が見え始め、5分もせずにその影は飛龍停の真ん中に降りてきた。

「……ミズヤ、お前なのか?」

 その少年を見て、トメスタスは思わず、痛むラナにぶたれた頬からも手を離してしまった。
 クオンは言った、ミズヤが一番疲れていると。
 だがもはや、やつれていると言った方が的確だった。

 彼の薄く開いた瞳は光を失い、口は閉ざされ、無気力にもそこへ立っていた。
 いつも被っていたキャスケット型の帽子は頭になく、グシャグシャになった髪の毛が露わになっていて、服も所々血に濡れたまま、まるで死人が立っているよう――。

 彼の左手には鎖が繋がれていて、その先には3つのミイラがあった。
 否、正確には鎖で身体中を巻かれたモノが3つあるだけで、その中身の生死は判別がつかない。

「――心が砕けたか、ミズヤ」

 ラナの呟いた言葉は、ミズヤの今の状態を的確に示していた。
 放心していて、何もない虚無、それが今のミズヤに当てはまる言葉。
 そんな彼はラナの言葉すら無視して、掠れた声で呟いた。

「……これ、届けてって…………。……後は任せます……」

 ジャラリとした鎖を解き放ち、3つの体が落ちる。
 それはフィサを含むレジスタンス達で、その証拠に、胴に巻いた紋様付きの鉄板には一文字いちもんじの傷跡があった。
 3人を解放すると、ミズヤはフラフラしながら城の方へと歩いて行った。

「おい、ミズヤ!!!」

 思わずトメスタスは声を掛けたがミズヤは振り向きもしなかった。
 彼はその場にいた全員の声を無視し、よろめきながら城の中に入っていくのだった。



 ◇



「はぁ……」

 自室についてからも、クオンはため息が止まらなかった。
 ドレスの上から着けた鉄の胸当てを外し、ドレスも脱ぎ捨てて楽な格好をしても、疲れは取れない。

 ここ数日は、ため息の止まらない日々だった。
 襲撃を受けた事で西軍は忙しく、模擬戦をするどころでもなく、訓練もできなかった。
 ヤーシャは再び書類の整理に追われて半ば精神崩壊していたが、それよりも完全に精神の壊れたミズヤと同じ空間にいるのは耐え難かったのだ。

「……家族が、死んだんですものね」

 ゾソリと呟いて、クオンはベッドに身を投げ出した。
 寝転がって仰向けになり、天井を仰ぐ。

「ミズヤにとっては、サラに次ぐ最後の家族……」

 それがメイラという存在であり、消え去ったものだった。
 彼女が死んだ日から、ミズヤはおかしな挙動をしたり、引きこもったりした。
 メイラの死体を木の側にある土に埋め、その木の実を成長させて彼女の墓として身を置いてから、ずっと今日まで引きこもって。
 サラの声にも耳を貸さず、誰も何も言えなかった。

 そんな中、9日目にしてサラがクオンに当たり散らし、話があるならナルーの所へと、話をしたのだ。
 そのサラが言ったことはとても簡潔で、

「ミズヤをアルトリーユこっちに寄越しなさい」

 という事だった。

「……そうすれば、なんとかなるんですか? ミズヤの鬱は異常です。それに、南大陸まで行く体力なんて……」
「じゃあアンタ達でなんとかできるの?」
「…………」
「私は前世でミズヤの恋人だった。何度も悲しむ彼を励ました。それを踏まえて良く考える事ね」
「……。はい……」

 ナルーを介した会話では良い返事ができなかったが、もうあの状態が7日続いている事を考えると、他にどうしようもないといえる。
 しかし、そう何度も城から遠出して良いわけでもなく、特にミズヤは重要人物である。
 もう少し時間を待って、回復の兆しを待つか、もしくは何かきっかけが流れてくるのを待つしかなかった。

「……私も、家族が死んだら……」

 アレぐらい悲しむのだろうか、悲しめるのだろうか。
 そんな縁起でもない考えはすぐに捨て去った。

 ただ、死を悼む気持ちも悲しむ気持ちもわかる。
 バスレノスでもたくさんの人が死に、皇族はその悲しみと非難を背負っているから。

「私は……」

 この責任を乗り越えているのだろうか。
 ふとした疑問だった、北大陸統一に大量の血が流れた頃、クオンはまだ8歳。
 苦しみや重みをキチンと理解できてるかは甚だ信じがたい事で――。

 本当に悲しみを背負っている?

 あらゆる非難を乗り越えられる?

「…………」

 そんな事、わからないのが答えだった。
 まだ13歳、その体に不釣り合いな重みがある事にすら、本当の意味で気付けていない。
 ただ、今、少し気付けた。

「ミズヤ……貴方にとっての悩みは、私にとっての悩みでもあるのですね」

 ポツリと呟いて瞳を閉じ、それから急に起き上がってハキハキと着替えを始めた。
 悩む事も考える事もたくさんある、止まっている場合ではない。
 クオンは1つ頷くと、敬虔なる母の元へ向かうのだった。

 自分はまだ知識が浅く、知恵もない。
 だからこそ先達であり親である母のもとへ、知識を取り入れに向かうのだった。

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