連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第23話:あなたが優しいから(※)
「まったく、ほんっと手の掛かる奴だわ」
宮殿の廊下を歩きながら、サラ・ユイス・アルトリーユは唾きするように呟いた。
彼女の悪態を見て、その後ろを歩くミズヤと似た顔を持つ少年は苦笑する。
「手が掛かるからって、ビンタはどうかと思いますよ」
「うっさいわよユウキ。猫の体じゃアレしかできないわ」
「……貴女、彼の事が好きなんですよね? 殴っている時、笑っているような気もしましたが……」
「気のせいよ」
それは気のせいではなかったが、ユウキはそれ以上追求しなかった。
追求しても自分が殴られそうだから、と。
そうは言えども、ユウキは殴られたことなどないが。
「それにしても、ミズヤさんも数奇な運命ですね。死に別れしていた方が、彼にとっては荷が軽かったでしょうに」
「……私の事を言ってるのかしら?」
「いえ、メイラさんです」
「あぁ……。ま、ミズヤはそういう星の元に生まれたっていうか、元が“愛律司神”だしね」
廊下で出くわす侍従たちの会釈を流し見しながら2人は歩いていく。
サラが知るミズヤは、前々々世が最高位神だった。
もともとは神、そう言えば多くの不運も納得がいくのだ。
「それで、貴女はどうするんですか?」
何気なくユウキが尋ねると、サラはクルリと振り向いて金髪をなびかせ、笑って答えた。
「私はいつも通りよ。ミズヤがここに来ると約束してくれたから、それまでここで待つ。それだけよ」
「左様ですか……。まだまだ辛抱せねばなりませんね」
「えぇ」
長い戦いだとはサラも思う。
しかし、それでも待ち続ける。
彼女にとって彼は、唯一の家族、そして恋人。
だから、
(こっちに来たら、遅いって一発ブン殴ってやろう。そして、私が泣き崩れなかったら、精一杯抱きしめてやろう)
純粋な想いを胸に宿しながら、今日もサラは待つ。
少年が帰ってくる、その日まで。
◇
メイラが目を覚ました。
その吉報とも凶報とも取れる情報はすぐさまミズヤ達の耳にも入った。
(悪幻種は善悪反転を受けても100%良い人になれない。ウチはその良い例だよ。そして、【黒天の血魔法】は使える。気を付けないとね)
環奈から事前にそう説明を受け、怒りや憎しみが完全に払拭できたかといえば違う事はミズヤ達も承知の上だった。
その上で、ミズヤはメイラの捕えられた独房へと向かった。
基地から離れた貧困街の一区画に拘置所があり、少年は面会の許可を求めて中へと入った。
事情も踏まえて話すと、ミズヤは中へと通され、メイラの部屋まで案内された。
「どうぞ」
不躾に開かれた薄暗い部屋にミズヤは入ると、そこで鎖に繋がれたメイラの姿を確認する。
服はここのものか、無地の白シャツとズボンを履いている、髪を前に垂らした黒髪はボサボサで、翼代わりに伸ばされ固定された両腕は痛々しく思えた。
「メイラ……」
ミズヤが声を出すと、メイラは一度顔を上げ、すぐに顔を逸らした。
「……生きていたんですね」
メイラの擦り切れた声が耳に入る。
ミズヤは不死――死んでも生き返る。
その事を彼女は知らなかった。
「ごめん……僕は、死んでも生き返るんだ」
「……。そうですか」
「…………」
間が持たず、会話が途切れてしまう。
メイラが俯いていると、ミズヤは新たに質問した。
「まだ、僕の事を恨んでる?」
端的で、単純な質問だった。
2つに1つの事、だがメイラは答えられず、やがて別の事を口にする。
「答える前に、私の話を聞いてくださいますか?」
「……。うん……」
短い肯定を聞くと、メイラはフッと笑って語り始めた。
「1つ、先に言わせてもらうならば、私は貴方を恨む理由はないし、恨んではいけないんです。だって、偉い身分の貴方に、卑しい身分の私が告白して――それで振られて屋敷を追い出されても、何も言えない。それが道理というものです」
「そんな事……」
「なのに、私は貴方を恨んでしまったんです。1人過酷な地に放逐され、男に陵辱され、パンを求めて人を殺し、血を飲んで暮らして……。これなら貴方を好きにならなければよかった。貴方に優しくされなければ、貴方が素敵じゃなければ……そんな、道理にかなわぬ事を思い始めてしまった。そうじゃないと心が保てなかった事、どうかお許しください……」
「……そんな事、どうしようもないじゃないか」
「…………」
1つ1つ言葉を紡ぐのが苦痛で、ミズヤもメイラも視線を逸らし、手に力を込めていた。
でも、ミズヤには、今の言葉で十分だった。
恨むべきでなくても恨んでしまう事もある――それはミズヤ自身、経験のある事だったから。
でも、それでもメイラはそんな過去を苦しそうにしていて、ミズヤを憎みながらも慕う姿勢は崩していなくて。
だから、ミズヤはそっと、メイラの頬に手を添え、両手で顔を優しく持って、抱きしめた。
「ごめんね、ずっと辛い思いをさせてしまった。これからは1人じゃないよ……僕でよければ、近くに居るから……」
泣きそうな声で囁いた言葉。
優しい言葉に、ついメイラの口が小さく開いてしまう。
それから一度噛み締めて、ミズヤへと尋ねる。
「私は……嘘でも、貴方を一度殺した……。そんな私に……なんで、そんな……」
「それなら、僕だってひどい事をした。僕のせいで、メイラは屋敷を追い出されたんだから……」
「アレは、貴方のせいじゃない……。貴方は最後まで、私を気遣って、優しくしてくれていたのに……! 私は、ただの逆恨みなのに……!」
「…………」
ミズヤはさらに、抱きしめる力を強めた。
「悪幻種になるって、相当辛い事や、苦しい事があったんだと思う。だから、メイラには、これから……少しずつ良い思いをして、温かいものと触れ合ってほしい。それに、僕とメイラは、同じ屋敷で暮らした家族じゃないか……」
「っ――」
「うん、家族だもん。長い時間が空いたけれど、僕はまた、メイラの事を知って、一緒に居たいよ」
流れるように綴った暖かな言葉が、メイラの体を震わせた。
抱きしめた胸は彼女の涙で濡れ、小さな嗚咽が木霊する。
この愛が、優しさが。
そう、昔から変わる事のない。
これが自分の主君、だから、
「ごめんなさい、ミズヤ様……」
「……メイラ?」
胸に抱く少女の口から零れる言葉、その謝罪の意味がわからず、ミズヤは問い返した。
「私は、貴方の横では生きられませんでした。一歩後ろでも生きられません……それほどまでに、私は汚れてしまいました」
「そんな……。汚れたとか、そんなのないよ。だから――」
「ごめんなさい」
ミズヤの言葉を切って、メイラはまた謝る。
そして顔を上げ、笑顔でこう言って見せた。
「最期に貴方と会えて、本当によかった。どうか、そのまま立派に育ってくださいませ――」
昔に見た懐かしい、いつも堅い彼女の見せた本当の笑顔。
なのに、“最期”と――
ガリッ
「……?」
何か変なものでも噛んだような、変な音が暗い室内に響く。
ミズヤがはてなを浮かべていると、メイラの頭がだらりと下がり、その口から何かが落ちる。
ベチャリと冷たい床に落ちたのは、舌のようなものと、ベットリとした血で――
「ッ――!!」
すぐさまミズヤはメイラの顔に手をやり、さっきと同じように両手で持った。
その瞳は閉じ、無力ながらも笑顔を作っていた。
口からはポタポタと血を流し、呼吸は止まっている。
死んだ人間は、魔法でも生き返らせる事はできない。
「メイラ……」
無気力に呟いたミズヤの声、挫折するかのように座り込んだ彼は目の前の1つの死に、涙を流すのだった。
◇
ごめんなさい、ミズヤ様。
私が死んだらきっと、優しい貴方は悲しむでしょう。
でも、これは私の“贖罪”ですから。
たくさん悪い事をしてきました。
その報いを、私が受けないわけにはいかない。
だって、貴方は私を“優しい人”だと言った。
私の白は汚れてしまったけれど、もしもまだ、私が優しい人であるのなら、いままで私が積み重ねた罪過を償う事を、どうかお許しください。
ミズヤ様――。
私にとって、貴方は私の白魔法。
愛しています。
どうか、その優しさを持ったまま、この先も――。
…………。
……。
<a href="//12250.mitemin.net/i223957/" target="_blank"><img src="//12250.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i223957/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
宮殿の廊下を歩きながら、サラ・ユイス・アルトリーユは唾きするように呟いた。
彼女の悪態を見て、その後ろを歩くミズヤと似た顔を持つ少年は苦笑する。
「手が掛かるからって、ビンタはどうかと思いますよ」
「うっさいわよユウキ。猫の体じゃアレしかできないわ」
「……貴女、彼の事が好きなんですよね? 殴っている時、笑っているような気もしましたが……」
「気のせいよ」
それは気のせいではなかったが、ユウキはそれ以上追求しなかった。
追求しても自分が殴られそうだから、と。
そうは言えども、ユウキは殴られたことなどないが。
「それにしても、ミズヤさんも数奇な運命ですね。死に別れしていた方が、彼にとっては荷が軽かったでしょうに」
「……私の事を言ってるのかしら?」
「いえ、メイラさんです」
「あぁ……。ま、ミズヤはそういう星の元に生まれたっていうか、元が“愛律司神”だしね」
廊下で出くわす侍従たちの会釈を流し見しながら2人は歩いていく。
サラが知るミズヤは、前々々世が最高位神だった。
もともとは神、そう言えば多くの不運も納得がいくのだ。
「それで、貴女はどうするんですか?」
何気なくユウキが尋ねると、サラはクルリと振り向いて金髪をなびかせ、笑って答えた。
「私はいつも通りよ。ミズヤがここに来ると約束してくれたから、それまでここで待つ。それだけよ」
「左様ですか……。まだまだ辛抱せねばなりませんね」
「えぇ」
長い戦いだとはサラも思う。
しかし、それでも待ち続ける。
彼女にとって彼は、唯一の家族、そして恋人。
だから、
(こっちに来たら、遅いって一発ブン殴ってやろう。そして、私が泣き崩れなかったら、精一杯抱きしめてやろう)
純粋な想いを胸に宿しながら、今日もサラは待つ。
少年が帰ってくる、その日まで。
◇
メイラが目を覚ました。
その吉報とも凶報とも取れる情報はすぐさまミズヤ達の耳にも入った。
(悪幻種は善悪反転を受けても100%良い人になれない。ウチはその良い例だよ。そして、【黒天の血魔法】は使える。気を付けないとね)
環奈から事前にそう説明を受け、怒りや憎しみが完全に払拭できたかといえば違う事はミズヤ達も承知の上だった。
その上で、ミズヤはメイラの捕えられた独房へと向かった。
基地から離れた貧困街の一区画に拘置所があり、少年は面会の許可を求めて中へと入った。
事情も踏まえて話すと、ミズヤは中へと通され、メイラの部屋まで案内された。
「どうぞ」
不躾に開かれた薄暗い部屋にミズヤは入ると、そこで鎖に繋がれたメイラの姿を確認する。
服はここのものか、無地の白シャツとズボンを履いている、髪を前に垂らした黒髪はボサボサで、翼代わりに伸ばされ固定された両腕は痛々しく思えた。
「メイラ……」
ミズヤが声を出すと、メイラは一度顔を上げ、すぐに顔を逸らした。
「……生きていたんですね」
メイラの擦り切れた声が耳に入る。
ミズヤは不死――死んでも生き返る。
その事を彼女は知らなかった。
「ごめん……僕は、死んでも生き返るんだ」
「……。そうですか」
「…………」
間が持たず、会話が途切れてしまう。
メイラが俯いていると、ミズヤは新たに質問した。
「まだ、僕の事を恨んでる?」
端的で、単純な質問だった。
2つに1つの事、だがメイラは答えられず、やがて別の事を口にする。
「答える前に、私の話を聞いてくださいますか?」
「……。うん……」
短い肯定を聞くと、メイラはフッと笑って語り始めた。
「1つ、先に言わせてもらうならば、私は貴方を恨む理由はないし、恨んではいけないんです。だって、偉い身分の貴方に、卑しい身分の私が告白して――それで振られて屋敷を追い出されても、何も言えない。それが道理というものです」
「そんな事……」
「なのに、私は貴方を恨んでしまったんです。1人過酷な地に放逐され、男に陵辱され、パンを求めて人を殺し、血を飲んで暮らして……。これなら貴方を好きにならなければよかった。貴方に優しくされなければ、貴方が素敵じゃなければ……そんな、道理にかなわぬ事を思い始めてしまった。そうじゃないと心が保てなかった事、どうかお許しください……」
「……そんな事、どうしようもないじゃないか」
「…………」
1つ1つ言葉を紡ぐのが苦痛で、ミズヤもメイラも視線を逸らし、手に力を込めていた。
でも、ミズヤには、今の言葉で十分だった。
恨むべきでなくても恨んでしまう事もある――それはミズヤ自身、経験のある事だったから。
でも、それでもメイラはそんな過去を苦しそうにしていて、ミズヤを憎みながらも慕う姿勢は崩していなくて。
だから、ミズヤはそっと、メイラの頬に手を添え、両手で顔を優しく持って、抱きしめた。
「ごめんね、ずっと辛い思いをさせてしまった。これからは1人じゃないよ……僕でよければ、近くに居るから……」
泣きそうな声で囁いた言葉。
優しい言葉に、ついメイラの口が小さく開いてしまう。
それから一度噛み締めて、ミズヤへと尋ねる。
「私は……嘘でも、貴方を一度殺した……。そんな私に……なんで、そんな……」
「それなら、僕だってひどい事をした。僕のせいで、メイラは屋敷を追い出されたんだから……」
「アレは、貴方のせいじゃない……。貴方は最後まで、私を気遣って、優しくしてくれていたのに……! 私は、ただの逆恨みなのに……!」
「…………」
ミズヤはさらに、抱きしめる力を強めた。
「悪幻種になるって、相当辛い事や、苦しい事があったんだと思う。だから、メイラには、これから……少しずつ良い思いをして、温かいものと触れ合ってほしい。それに、僕とメイラは、同じ屋敷で暮らした家族じゃないか……」
「っ――」
「うん、家族だもん。長い時間が空いたけれど、僕はまた、メイラの事を知って、一緒に居たいよ」
流れるように綴った暖かな言葉が、メイラの体を震わせた。
抱きしめた胸は彼女の涙で濡れ、小さな嗚咽が木霊する。
この愛が、優しさが。
そう、昔から変わる事のない。
これが自分の主君、だから、
「ごめんなさい、ミズヤ様……」
「……メイラ?」
胸に抱く少女の口から零れる言葉、その謝罪の意味がわからず、ミズヤは問い返した。
「私は、貴方の横では生きられませんでした。一歩後ろでも生きられません……それほどまでに、私は汚れてしまいました」
「そんな……。汚れたとか、そんなのないよ。だから――」
「ごめんなさい」
ミズヤの言葉を切って、メイラはまた謝る。
そして顔を上げ、笑顔でこう言って見せた。
「最期に貴方と会えて、本当によかった。どうか、そのまま立派に育ってくださいませ――」
昔に見た懐かしい、いつも堅い彼女の見せた本当の笑顔。
なのに、“最期”と――
ガリッ
「……?」
何か変なものでも噛んだような、変な音が暗い室内に響く。
ミズヤがはてなを浮かべていると、メイラの頭がだらりと下がり、その口から何かが落ちる。
ベチャリと冷たい床に落ちたのは、舌のようなものと、ベットリとした血で――
「ッ――!!」
すぐさまミズヤはメイラの顔に手をやり、さっきと同じように両手で持った。
その瞳は閉じ、無力ながらも笑顔を作っていた。
口からはポタポタと血を流し、呼吸は止まっている。
死んだ人間は、魔法でも生き返らせる事はできない。
「メイラ……」
無気力に呟いたミズヤの声、挫折するかのように座り込んだ彼は目の前の1つの死に、涙を流すのだった。
◇
ごめんなさい、ミズヤ様。
私が死んだらきっと、優しい貴方は悲しむでしょう。
でも、これは私の“贖罪”ですから。
たくさん悪い事をしてきました。
その報いを、私が受けないわけにはいかない。
だって、貴方は私を“優しい人”だと言った。
私の白は汚れてしまったけれど、もしもまだ、私が優しい人であるのなら、いままで私が積み重ねた罪過を償う事を、どうかお許しください。
ミズヤ様――。
私にとって、貴方は私の白魔法。
愛しています。
どうか、その優しさを持ったまま、この先も――。
…………。
……。
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