連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第16話:サード・コンタクト⑥

 教会側の戦いは終焉を告げ、ミズヤは捕まえた人々をまとめ、怪我人は治療した。
 敵とはいえ、痛い思いをさせたままというのは心の幼いミズヤにとって、くるものがあった。

「……どうやら、来るまでもなかったようだな」

 遅れて来たキトリューはミズヤの様子を見て安堵し、姿を見せる必要もなかろうと踵を返した。
 颯爽と彼は空を駆けて拠点に戻って行く。
 そう離れてはいない、魔法を全力で使えば1分もかからない距離であった。

「……?」

 まだ遠目ではあるが、先ほどまで環奈達と立っていた屋上に黒煙が上がっているのが見えた。
 結界に包まれた建物は中の様子を良く映してくれないが、キトリューは異常を悟り、全力で地を蹴った。

 数十秒後、キトリューは拠点まで戻った。
 しかし、固く閉ざされた結界内部に入ることはできない。
 【無色魔法】による飛行で屋上の高さまで浮遊し、中の状況を確認した。

「――――」

 内部に居た人間で、立っているのは半分になっていた。
 そのほぼ全員がラージ・イグソーブの防御結界を張れた者達であり、立っている中で、イグソーブ・ソードを持った者は残っていなかった。

「ぐぅっ……ガァッ……!」
「マナーズ!!!」

 そして、西方軍事拠点における最高戦力達も無事ではなかった。
 爆発の刹那、咄嗟にマナーズは赤魔法による炎で身を包み、ヤーシャの前に出て盾となったのだ。
 その彼は今、右腕があらぬ方向を向き、両足は折れて立てずに這いつくばっていた。
 かすり傷で済んだヤーシャはマナーズに駆け寄るも、強力な【黄魔法】で治さなければ最早起き上がれない。

「ヤ……シ、さん……。す……すんま、せん……ゴフッ」
「喋んなくていい! ミズヤが戻るまで休んでなさい! 【羽衣天技】の【四千精創】なら治せるはず……!」
「…………」

 マナーズは首を倒し、それから動かなくなった。
 かすかに上下する胸を見て死んでないことを確認し、ヤーシャは近くに落ちたドライブ・イグソーブを拾い上げる。

「……はぁ」

 溜息を吐きながら、ゆらりと揺れる彼女の顔は――

「――よくもやってくれたわね」

 憤怒に染まっていた――。

「…………」

 コツン、コツンとヒールを踏み鳴らして黒い少女は歩く。
 行く当てもなく彷徨うような、おぼろげな足取りはフラフラとしていて、まるで死に掛けだった。

 ゆっくりと少女は右手を上にあげる。
 黒い粒子が徐々に収縮していき、それは槍に変わった。

「ゥゥゥウゥァァァア……」

 声にもならない唸りを上げて彼女はその槍を両手で持ち、ポキリと折った。
 二手に別れた槍をそのまま振りかぶり、上空へと放り投げる――。

 キィン!!

 そこへ、横槍が入った。
 少女の投げた槍を更に上えへ、別の槍が弾いたのだ。
 それは先ほど彼女が折った物と同じ形の槍であり、瓜2つのもの。
 つまり、同じ魔法――。

 そして、2本を弾いた大槍は、そのまま上空へと飛んでいく。

「【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】――【悪苑の殲撃シュグロード】」

 そして、爆発した。
 先ほど少女がやって見せたような大爆発を、黒き槍は再び引き起こすのだった。
 しかし今回は上空のため、被害はほぼ皆無であり、傷付く者は居なかった。

 だが、ビキビキとヒビを生やした結界は、崩落するのだった――。
 “ブラッドストーンの瞳”を使ったトメスタスの結界、それを打ち破るほどの威力が、その槍には――

「ウチも混ぜてもらうわ」

 タンッと飛んできてヤーシャの横に立ったのは、先ほどまで瑛彦の横に居た環奈だった。
 だが、その姿は今までのジャージ姿のそれではなく、

 敵対する少女と同じ、黒翼と鎧を身につけていた。

「……環奈、さん? 貴女、なんで……」
「ん? ウチ、もともと“悪幻種”なんで。そして向こうも同じさね」
「……!」

 驚愕の真実を平然と言ってのける環奈に、ヤーシャは驚きで言葉もなかった。
 悪幻種、それは種族における悪意量を超えた者が成る存在。
 しかし、環奈は目前の少女のように理性が飛んだ者ではなく、普通の善良な人間であった。

 “その刀で生物を斬る時に、あるキーワードを言うと、斬った対象の善魔力と悪魔力を変換するんよ”
 “ようは良い心と悪い心を入れ替えちゃうってわけよ”

 それはかつて環奈がミズヤの持つ刀で刺されたことに寄与するが、それはまた別の話。

「さて――」

 息を吐きながら新たな黒い槍を作り、両手で構えた。
 存在感のある六翼をはためかせ、環奈はニヤリと笑う。

「きなよ後輩――悪幻種の先輩が、相手になってやるからさぁ……」

 宣戦布告をする環奈の艶やかな様へ、冷たい月夜は淡い光を当てるのだった。



 ◇



「……ここまでくれば、一安心ですかね」

 他方、クオン達は街を駆け巡り、1kmほど離れた建物の物陰で、ようやく一息ついていた。
 無色魔法が使えないという事の不便さが身に染みるほど汗を掻きながら、ヘリリアとケイクも呼気が荒かった。
 もう数分休み、息が整ったところで

「……しかし、これからどうしましょうか。レジスタンス達も時期に私を追って来るでしょう。どこか建物に逃げ込みたいのですが……」
「戦闘になる事を想定すると、中の広い建物がいいですが、生憎この貧民街には……」

 クオンの提案もケイクは曖昧に否定した。
 貧民街は国で最低限生活できるようナルーの食料生産を筆頭に制度が敷かれている。
 そんな貧民街に、無駄な建造物など無いのだ。
 唯一あるとすれば教会と役所だが、役所では狭く、ナルーの居る教会も戦闘が行われているとクオンには容易に想像できた。

「……。息を潜めて待つしか無いのですね」

 なんとも出来ない現実に、クオンは顔を伏せるのだった。
 多勢に無勢、今は逃げるしか無い。
 わかってはいても、何故自分がこんなにも追われなくてはならないのかと悲しみがあった。

 クオンもまだ若干13歳、何度も大人達に追い回されれば嫌になるのが道理である。
 大人びていてもその心は少女のもの、彼女は悲しみに耐えられずに膝から崩れ落ちた。

 ミズヤの為になるよう取り計らった遠征、その結果はレジスタンスとの戦いに帰着してしまった。
 どうしてこんなにうまくいかないの?
 なんで国を纏めようとして反発するのだろう?
 小さな彼女には荷の重い質問を、頭の中で巡らせて涙を流した。
 ケイクやヘリリアの言葉も聞かず、ただひたすらに――

『……おいたわしや、クオン皇女』
「……?」

 そんな時、彼女にかける声があった。
 二重に響く野太い声の正体を見るために、クオンは顔を上げる。

「貴女は――」
『久しいな。其方も立派になられたようでなによりだ』

 彼女が目に移したのは、腕が白骨と化した黒髪の少女――俗称、“魔王”であった。

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