連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第4話:サラの話・前編

 クオン一行は聖堂の方へと戻っていった。
 すでに日が暮れたためか、ステンドグラスから入る光はなく、壁に点く炎のみが聖堂を照らしていた。
 聖堂の奥、教壇の上には1匹の牛が立っている。
 紅を基調に金の刺繍を施されたマントを被り、銀色の冠を頭に付けた、白い6本足の牛であった――。

「……これはこれは、ようこそ皆様」

 牛は目を閉じたままその大きな口を開き、人の言葉を話す。
 だが、口の動きは人のように早く動かされず、ただの1回口を開いて閉じるだけで、言葉を発したのだ。
 そこにはなんらかの作用が働いている――かつ、この牛が善幻種たる証明である。

「おーっ、なんか派手な格好になってるねー」

 しわがれた初老のような声に反応したのは環奈だった。
 みんなよりも前に出てナルーへと手を振る。
 するとナルーも気が付いたのか、再度口を開いた。

「おやおや……貴方は確か、ノール様ですね? お久しゅうございます」
「おひさぁー。100何年ぶり? まぁウチにとっちゃあ10数年ぶりだけど」
「ホッホッホ。不思議なことをおっしゃる。今は北大陸に居るので?」
「そーなるんかな? まぁいいや、この猫の話聞いてあげてくんない? 暇だったらでいいんだけど〜」
「結構ですよ。こちらへおいでなさってください」

 ナルーに促され、サラはちょろちょろ動きながらナルーの側へ寄った。
 サラが行くまでの間に、クオンは環奈へ声を掛ける。

「カンナ……貴女の話、本当だったんですね」
「何? 半信半疑だったん?」
「当然です……」

 クオンは引きつった笑みを見せ、環奈はカラカラと笑う。
 転生をし、召喚されて元の世界に帰ってきた。
 そんな御伽噺おとぎばなしでもないかぎりありえない話が、実現していたのだから。

 話の全容を知らないメリク達もナルーと親しげな環奈に唖然としている。
 だがそれもつかの間、いよいよナルーとサラは話し始め、ニャーニャーモーモーと鳴き合った。

「……なるほど。では私はサラさんの言った事をそのまま口に出しましょう」
「ニャーッ(よろしくー)」
「皆さん、もっと前に来てください」

 ナルーが動作もなく促すと、クオン一行はサラの側まで駆け寄った。
 ついに話し合いが始まる、その緊張感にミズヤは生唾を飲み込む――。

「ニャー、ニャニャ、ニャーン」
「始めに言っておきますが、この猫の体は使い魔のようなもの。本体はアルトリーユ王国で王女をやっている、と申してます」
「え?」
「王女……ですか?」
「ひゃーっ」

 本体が王女と聞いて、皆一様に驚いた。
 24時間動ける猫、その中身が王女などと思いもしないだろう。

「ミャオーッ、ニャーッ!!!」
「だからミズヤは、早急にアルトリーユまで来なさい! と申してます」
「……ひゃーっ」

 ご指名を受けたミズヤは驚きっぱなしで口が開いている。
 だが、安易に南大陸まで来いと言われても困り、何より困るクオンが口を挟む。

「ちょっと待ってください。今すぐと言いますが、ミズヤは私の側近です。そう簡単には……」
「ニャーッ! ニャンニャンニャーッ!」
「黙りなさい。ミズヤは私のものだから口挟むんじゃないわよ、と」
「……なんなんですか」

 あまりの暴論にクオンは呆れ果てる。
 かつて2人が恋人であったと知る環奈は吹き出していた。

「ニャーニャー、ミャーッ。ミャーォッ、ニャニャー」
「私は環奈達が居た世界、【ヤプタレア】でミズヤと恋人だった。でも、私達はすぐに殺された。ミズヤは死神に虐められ、記憶を無くして転生した。私はその失った記憶と能力を持って、ミズヤに返すためにこの世界に生まれた――そう申されてます」
「……能力ですにゃ?」
「はぁーん」

 ミズヤはボケーっとした顔で聞き返し、環奈は納得するように感嘆する。
 他のみんなもキトリュー以外わからず、口を開くに開けなかった。

「ニャーニャ。ニャーン」
「ミズヤは本来超能力を持っていて、その力はなんでもできると仰っています」
「えーっ、なんでもできちゃうの〜?」
「ニャーッ」

 ミズヤが聞き返すとサラはコクリと頷いた。
 他の面々はあまりの現実味のなさ、そして既知である2人は特に何も語らない。

「じゃあどうしよっか? 僕、アルトリーユに行った方が良いのかな?」

 振り返り、バスレノスの面々に尋ねるミズヤ。
 しかし誰も返事を返さずに居た。
 それは、クオン達バスレノスの人間からすれば、ミズヤという戦力がなくなるかもしれないからである。
 ミズヤが南大陸まで行って帰ってこなければ、バスレノスは大損害なのだ。

 環奈達からすれば――これはどっちでもよかった。
 久しぶりの土地について、主に魔物が日常的に存在するこの世界を不思議に思い、まだ留まっててもいいという気持ちがあった。
 すぐ帰れればそれでも良い、程度の問題である。

「……あれ?」

 沈黙を食らったミズヤは、引きつった笑みをするしかなかった。
 どうして返事がないのかわからず、顔を右往左往させてサラやみんなを見る。
 その様子に愛想を尽かしたサラはため息を吐き、にゃーにゃー言う。

「……ニャーッ、ミャ〜〜オッ」
「もう待つのも慣れたし、内戦を終わらせるまで待つわ、と申されてます」
「えーっ。ごめんね、サラ?」
「ミャーッ」

 ミズヤはサラを抱え上げて、そっと抱き寄せる。
 するとサラも嬉しそうに鳴き、ナルーはニコリと笑った。

「ニャッ……ニャーッ」
「それと、カンナ達は私のところに来れば、いつでも帰してあげられる、と申されてます」
「ん? そうなんか。暇な時に会いに行こうと思ってたけど、どうしようかね?」
「帰らないでくださいよ……」

 帰せる――という事を聞いては環奈も悩む。
 クオンは愕然とするが、ここでキトリューが重い口を開いた。

「乗りかかった船だ、投げ出したりはしない。それに、今回はミズヤが居るからな。何でもできる力を取り戻せば、俺達が死んでも生き返らせれるだろう?」
「ニャーッ」
「その通り、と」

 ナルーが短く訳すと、全員が目を丸くした。
 死人が生き返る――そんな事が可能であるなら、誰が死んでも、この戦争は良い結果に終われるのだから。

「ニャッ? ニャオ〜ッ、ニャ〜ン」
「少々お待ちください。……生き返らせる対象は、この世界に召喚された者に限る。世界は神の管轄にあるため、この世界で本来の死者蘇生は禁止よ、と仰ってます」

 サラの付け足した言葉が、照らし出した希望を打ち砕いた。
 世界はそんなに甘くない、という事である。
 だがそんな事とは関係なく、環奈が口を挟む。

「……その短い鳴き声に、本当にそれだけの意味があるん?」
「人間にとっては同じ鳴き声でしょうが、私にとっては微妙な発音の違いがわかるのですよ」
「へーっ、ミズヤなんて絶対音感なのに全然わからんじゃんね? 役立たずだわ」
「僕にそんな事言われましても……」

 ニヤニヤして罵倒する環奈に、ミズヤはただただ苦笑した。
 動物の鳴き声にある違いを分別する耳は、流石に持ち合わせていない。

「ニャニャーッ」
「兎も角、他世界の力で戦争を終わらせようというのは、召喚魔法などの理由がなければダメよ、とのことです」
「……つまり、ミズヤがその超能力を取り戻しても、バスレノスが得する事はないのですね」
「ニャァッ」
「その通り、とのことです」

 クオンの質問にもサラは端的に答えた。
 ミズヤが一度アルトリーユに行っても、バスレノスに何一つメリットがないなら、南大陸へ行かせるのはよろしくなかった。
 サラやキトリューも、今すぐとは言わない辺り、ここはクオンもその意向を通す。

「でしたらミズヤ、今後ともバスレノスをよろしくお願いします」
「ニャー!」
「媚び売ってんじゃないわよ! と申してます」
「……そんなつもりで言ったのではないのですが」

 真意を全然汲み取ってくれないサラに、クオンはガックリと項垂れるのだった。

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