連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第2話:西方軍事拠点

「失礼致します」

 断りを入れてからクオンが部屋に入る。
 その後にケイクとヘリリア、環奈とキトリュー、そしてミズヤが部屋へと続いた。
 室内は廊下同様に鉄の色で、棚や机も全て鉄。
 唯一窓だけはガラスであり、埋め込み型の円形照明が白い光を放っている。
 その部屋の中で――

「グガァァァ……」

 本を顔に被せ、ソファーで寝ている者が1人。
 そして、机の前で書類を書く者が1人居た。
 机に座る女性、それはこの西方軍事拠点の最高司令官その人である。
 濃淡な藍色の髪はだらしなく伸ばされ、顎肘をついてその豊満な胸を机に乗せながら、猫背になってサラサラとペンを走らせていた。
 クオン達に気付いてないため、改めてクオンは声を掛ける。

「あの……」
「うん? ……うん?」

 ピタリとペンを動かす右手が止まり、女はクオン一向を眺める。
 子供ばかりの奇妙な一行を、藍色髪の女はポケッと半開きの瞳で眺めた。
 そしてウンウンと頷き、もう一度見て一言。

「今ちょっと忙しいから……後でね?」

 それだけ言いつけてまたペンを動かす女に、クオン達は呆然とするのであった。
 ただ、この場所にクオンとケイクは訪れたことがあり、この展開も予想していた。
 そこでケイクは目の前で仕事をする女の代わりに、この場にいる人物を紹介する。

「ここの司令は相変わらずだが、皆……彼女がヤーシャ・クシュリュ・デミホリック、この拠点の最高司令官だ。そこに寝ている男はマナーズという、元Sクラスの“魔破連合”ハンターだ」

 説明された2人はジャージを着ているが、それぞれジャージにバッジが貼られ、最高司令官のヤーシャには肩章付きの赤いマントがある。
 身なりからも位が分かるはずだが、態度が悪いために偉そうに見えない。

「……はぁ」

 溜息を吐きながらヤーシャは語りと立ち上がり、ジャージのポケットに手を入れて皆に近寄る。
 そして尋ねた。

「誰かさー、計算得意な人いない? やってらんないわよアレ……なんでアタシが照度計算なんか……。報酬出すから、頼んでいい?」
『…………』

 この言葉には誰も反応できなかった。
 遠路はるばるやってきたクオン達からすれば、挨拶もしない、誰か計算をしろ。
 こんなことを言われてはたまったもんではない。

 だがここで、改まってクオンが挨拶した。

「おはようございます、ヤーシャ・クシュリュ・デミホリック西方軍事拠点最高司令官殿。仕事に忙殺され、私の顔もお忘れになりましたか?」
「……。……ん?」

 フルネームに肩書きまで言われ、ヤーシャはクオンの顔をじっと見つめる。
 途端、ハッと我に帰ったのか、ぺこぺことクオンに頭を下げる。

「こっ、これはこれはクオン様! 気付かずすみません……あはは、あははは……」
「……構いませんよ。それより、照度計算という事はまた増設ですか?」
「いやいや、バスレノス城でも【黄魔法】で電気使おうって言われまして……。先駆けのこっちでやってって押し付けられたら、設計部が逃げまして……」
「……苦労なさってるんですね」
「まぁ……はぁ……」

 途端に弱気になり、クオンに頭を下げる最高司令官。
 疲れて目がくらんだだけなのであった。

「……というより、遠征って今日でしたっけ?」

 そんなことすら尋ねてしまうが、クオンはきちんと言葉を返す。

「ええ。急なことですみませんね。私達は寝床さえ貰えればなんでも構いませんよ。こちらに泊まる分は、何かと仕事も手伝いたいですし」
「そりゃあ助かりますよ……。えーとねー……あ、でもとりあえずは建物を案内しますよ。初見の方もいらっしゃるでしょうし」
「その方がありがたいです」

 クオンも頷くと、ヤーシャはくるりと回って寝ている男の方へと向く。
 そのまま右手を大きく上げて拳を作り、顔面めがけて振り下ろす。

「フンッ!!」
「ぐぉぉっ!!?」

 バキッ、と良い音がし、男はソファーから転がり落ちる。
 マナーズという男の扱いを察し、ミズヤは苦笑を浮かべた。

 起き上がったマナーズは顔を押さえながらゆっくりと顔を上げる。

「……なんだ? 顔が爆発したような気分だ」
「うっさいから……。お客様来たから、中案内してあげて」
「はぁ……? なんで俺が、んなかったりぃ事……」

 悪態ついて再び眠ろうとするマナーズの首元に、剣先が添えられた。
 突如現れた剣、その持ち主はヤーシャで――

「やれ、能無し男」

 冷え切った目で彼を睨み、命令するのだった。
 マナーズの体はブルリと震え、おずおずと立ち上がるのだった。

「わかったよ……やりますよ。はぁ……」
「まずは挨拶しろ。此方こちらの方は皇族だ」
「はぁ……」

 ボリボリと薄オレンジの髪を掻きながら、目も合わせずにマナーズと呼ばれた男は挨拶をする。

「俺、マナーズっていいます……。魔破連合でハンターやってたけど、こっちのが楽できるってんで転職して、用心棒やってます……。よろしくお願いします……」

 小さく頭を下げ、クオン達も礼をする。
 その時、環奈はミズヤに小声で尋ねた。

「ねぇねぇ。さっきから魔破連合って言葉が出るけど、なにそれ?」
「……魔破連合は、悪い魔物さんを討伐する組織だよ。魔破連合の人は自分をハンターと名乗ってて、それぞれクラスがあるの。弱い順にC、B、A、S。つまり、この人は……多分、強いよ」
「そうなん? ほぇー」

 意味を知ると、環奈はどうでも良さげに唸ってキトリューに寄りかかった。
 キトリューはキトリューで嫌がらずに環奈の頭に手を置く。

「とりあえず、アンタら案内しますんで……。あー、話し方については誰に対してもこうなんで、許してくださいね、っと……」

 ボケーっとしながらクオン達の前を通り過ぎ扉を出て行くマナーズ。
 クオン達は互いに顔を見合わせ、男の後に続くのだった。



 ◇



 4〜3階は宿舎や会議室など人の集まる部屋になっており、2〜1階はほぼ訓練室であった。
 ただ、浴場や食堂は1階で、休憩室も1階にある。
 外もまた訓練場が広くあり、その先が貧困街であった。

「……まーこんな感じです。自主練とかしたかったら、外で勝手にやってください。……あー、あと、部屋は空いてる宿舎適当に使って……でいいのかな? そんな感じッス……」

 どうにもやる気のないマナーズはそれだけ言うと、ペコリとお辞儀をしてさっさと建物へ戻っていった。
 残された6人だったが、一先ずは昼食をとるために食堂へ向かう。
 それぞれ注文してテーブルを1つ独占するも、昼時より少し遅い時間のため、人は少なかった。

「それで、今日はどうしますか? ナルー様に会いに行くのはいつでもできるでしょうが……」

 定食を食べながらクオンが全員に尋ねる。
 とは言っても、会いに行く必要があるのはミズヤとサラで、他の人は興味があれば、の話であった。
 クオンは興味があり、ついて行くのは明白。
 ともすれば側近のケイクとヘリリアも行き、環奈達も自身がこの世界に来た事について興味があり、結局全員行く事になる。
 つまり、ミズヤの一存で今日の予定が決まるのだった。

 しかし、ミズヤに全員の行動を決めるほどの責任感はなく、サラに問う。

「……だって。サラ、どうする?」

 ミズヤに優しく言われ、サラは首を縦に振った。
 それは、もうさっさと会いましょ、という意味であり、ミズヤも行く事を決めるのだった。

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