連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

閑話③:バスレノスの日常

 〜もしもサラとミズヤの中身が入れ替わったら〜


「ねこさんー!」
「ニャーッ!?」

 ゴチーン!

 ……そんなわけで、ミズヤから愛の頭突きを食らった私とミズヤは、中身が入れ替わってしまった。
 せっかくミズヤの体になったのだから、そう……こんな寒い国オサラバして、南大陸に行くわ。そんで猫のミズヤに記憶戻せば万事解決でしょ。

「……ミズヤ。今すごい音が聞こえましたけど、大丈夫ですか?」
「げっ」

 ノックもなしに、ひょいっと部屋にクオンが現れた。
 ここはミズヤの自室、なんでこの間で来るのよ……。

「あー……えぇ、まぁ……。大丈夫……よ?」
「……? 口調が変ですよ? 医務室行きますか?」
「そんなん別に良いから、さっさと出て行きなさい」
「……む。ミズヤのくせに、今日は強気ですね」

 行けと言ってるのに、クオンは部屋の中をずかずかと踏み入って私の前に立つ。
 何? なんか用事でもあるの……?

「ミズヤ、前からも言ってますが、良い加減報告書を書いてください。書かないと、辛いのは貴方ですよ?」
「……報告書? ……あー」

 そういえば、ミズヤは書いてない報告書があった。
 それを書かないとミズヤがこの国での立場が……弱くなる? 大した減点でもないと思うけど。
 報告書なんて、これから出て行くからどうでもいいけど……ミズヤが今から記憶を取り戻したとして、この国に戻って居着く可能性もある。
 内戦はまだ終わってないし。
 だとすれば、一枚書くぐらいはなんてことはない。

「わかった、よ。書くから、もう出てって」
「……ミズヤ、どうしたんですか? 今日はやけに冷たい。貴方らしくないですよ……」
「あーもー! めんどくさいわねー!」
「……わね?」

 私の叫びを聞いて、クオンの頬が引きつった。
 知ったことか、とりあえず紙は書いてやるから、

「――さっさと出て行きなさい!」
「!!?」

 私は【無色魔法】でクオンを浮かせ、無理やり部屋から放り出し、扉を閉める。
 部屋が静かになると、私は机に向かって報告書を書き出した。
 内容、確か瑛彦と会ったことだ。
 ボッコボコにしといた、と書けばいいだろう。

「ふぅ……」

 10分もしないで書き終えた。
 報告書は前世で何百枚と書いたもの、余裕よ。

 そんなわけで提出しに行きたいけど……あれ、ミズヤは?

「ミズヤ〜?」
「……にゃーん」

 鳴き声は足元から聞こえてきた。
 すぐさま椅子を引いて足元を見ると、両手で掴みやすいぐらいの猫がいた。
 その暖かい金色の毛並みで、私の足首をすりすりと擦る。

「可愛い……。フフッ、ミズヤはねこさんでも可愛いわねっ」
「ニャ〜ォ」

 かがんでミズヤの両脇を持ち、そっと胸に抱き寄せる。
 ……何かしら、胸に抱くと母性が働くというか、愛おしく思えるわ。

「……好きよ、ミズヤ」
「ニャ〜」
「フフフッ、これはこれで――」

 その時、私の言葉を遮るように音を立てて扉が開かれる。

「話は聞かせてもらったぞミズヤ! おっ、お前っ、自分のこと可愛いって! ぶはははははっ!!!」
「…………」

 入ってきたのはトメスタスだった。
 この国の皇子は威厳などなく、腹を抱えて私を指差して爆笑している。
 …………。

「く、クオンが「ミズヤがついに自分の性別を誤ったことに気づいた」と言ったから、何かと思っていたが……ぶはははははははは!! これはひど――」
「死になさい!!」
「えっ、ちょ、それ【羽衣――」

 刹那、城の半分が消し飛んだのであった。
 その後沙羅は、さすがに「ヤバッ……」と思い、急いでミズヤを南大陸まで持って行って記憶を入れ、取り戻したミズヤの超能力で“城の破壊をなかった事に”するのだった。



 ◇



 〜バスレノスの父は発明家〜



 その日、ミズヤは仕事もなく、自室で本を読んでいた。
 魔法の本を読むのは彼の昔からの趣味の1つで、今日もまた続けている。
 そこにまた、彼が現れた。

「おいミズヤ! 女湯に行くぞ!」

 全力で扉を開け、現れたのは全裸のトメスタスであった。
 引き締まった筋肉と、見えてはいけない金の玉が2つ、ミズヤはしっかりと目にしてしまう。

「……何か着てくださいよ」
「それどころじゃないんだ! これを見ろ、ミズヤ!」
「…………?」

 トメスタスは自分の影に手を入れ、それを取り出す。
 白い円筒の物体が2つあり、中は空洞で、底から2つは糸で繋がれている。
 ミズヤからすればそれは、所謂糸電話であった。
 糸電話が2台、トメスタスの手にはあった。

「……えーと、これは?」
「父上が作ったのだ。凄いだろ?」

 どの辺が、とはミズヤも言えなかった。
 糸電話は地球で何度も見たことがあるものだったが、トメスタスは見るのが初めてかもしれなかったから。

 しかし、トメスタスは手に持った糸電話について、ミズヤの予想に反する説明を始めた。

「これはな、魔法道具なんだ。紙コップに声を発すると、糸で繋がった紙コップにしかその声は聞こえない。だから内緒話を大声でできるわけだ。声量も調節してくれるらしいぞ?」
「……へぇ〜」

 魔法道具だった、ミズヤはその事実に驚きつつも興味が湧いた。
 声を届かせたいところにだけ届かせる。
 ミズヤはその思考に行きつくと、音楽に活かせそうだと微笑む。

 だが、今から使うのは全然別の理由であった。

「だからな、女湯を覗きに行って、堂々と男同士の話をしようじゃないか。それが裸の付き合いってものさ」
「……ラナ様が居たら、殺されますよ?」

 ミズヤが懸念したのはラナのことだった。
 彼女は空間を操る無色魔法の使い手でもあり、常に気を張っている彼女は男が居る違和感に気付けるからだ。

「あぁ、その時ばっかりは撤退しよう」
「…………」

 トメスタスの輝いた瞳も、ラナの名前が出ると暗くなるのだった。
 しかしすぐに立ち直る。

「……それはともかく、お前も来い。風呂は24時間やってるからな! さぁ!」
「嫌ですよ……1人で行ってください」
「1人ならこの道具の意味がないだろう!?」
「なら、トメスタスさんの側近に頼んでくださいよ」
「側近には雑務を押し付けたんだ。来れるわけないだろう」
「…………」

 この主君に仕える側近が可哀想だ、そうミズヤは思うのであった。
 それからもトメスタスはしつこくミズヤを勧誘し、渋々ミズヤも女湯へ向かうことになる。

 道中はミズヤの【白魔法】により2人は透明となって女湯を目指した。

 ここで補足しておくが、バスレノス城の浴場は身分差無く誰でも入る大浴場であり、24時間いつでも入れるようになっている。
 見張りも居るものだが、透明になった2人に気付くことはなく、トメスタスとミズヤは女湯へ侵入したのだった。

「フッ、絶景だな」

 片方の紙コップにその言葉をつぎ込むトメスタス。
 オレンジの光を浴びた脱衣所では老若問わぬ女性達が服やジャージを脱ぎ、一糸まとわぬまま、はたまたタオル1枚でカラカラと戸を開けては浴室に入っていく。

「この城の従業員は3000人、その約半数は女だからな。戦闘員は男女問わぬし……いや、それは男の方が力があるけどな。ともあれ、戦闘員も若いのが多い! どうだミズヤ、最高だろう!?」
「……別に〜」
「はっはっは! ウブな奴め、顔が赤いぞ!」
「赤くないですーっ」

 顔を膨らませるも、ミズヤの顔は少し赤かった。
 彼とて男である、女性の白い肌を見て何も感じないはずがない。

「さぁ、次は本陣だ! ミズヤ、突撃せよ!」
「なんで僕に行かせるんですか……」
「ラナが居たら、俺が死ぬからな!」
「…………」

 ミズヤはふてくされながらも、ゆっくりとトメスタスの元を離れて扉を目指した。
 こんな皇族死ねばいいのに、とかは決して思っていない。
 いろいろと背徳感はありながらも、ミズヤは浴室の扉を開いた。

 バシャアアアア!!!

「!!?」

 その直後、浴場から異様な量のお湯が掛けられ、ミズヤは尻餅をついた。
 口元から紙コップを外し、口から器官に入った水が苦しくて咳き込む。

「……おい」

 ピチャッ、という水を跳ねさせた足踏み。
 その凛然とした声の主はミズヤもよく知っている。
 今のまま下を向いて咳き込んでいたい。だがそれを待ってはくれず、ミズヤは頭を掴まれて無理やり顔を上げられる。

 そこには悪魔がいた。
 いや、悪魔のように悪しき顔をしたラナであった。
 ポニーテールにしていた長い銀髪は解かれ、前髪で顔が隠れている。
 その奥からギラリと光る2つの瞳に、ミズヤは声も出なかった。
 ミズヤはあわあわと口を震わせている、だからラナからわかるように一言。

「表に出ろ」

 その言葉に拒否権などない。
 結果的にミズヤはボコボコにされ、全治3ヶ月の大怪我を負うのであった。

 ちなみに、ラナを見た瞬間に逃げたトメスタスは何もされなかったが暫くラナに無視されたという。
 ミズヤも魔法ですぐ完治したものの、サラ、クオン、その他女性職員から無視され、何度か自殺した後に生き返り、トメスタスをフルボッコにしたとかなんとか――。

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