連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第11話:セカンド・コンタクト⑤

 一方、ヘイラとトメスタスは商館に着いて立ち止まる。

「……オイ、大将。側面に結界がねぇぞ」
「あぁ……誘われているな」

 屋根には結界があったが、側面には出入りを塞ぐものがない。
 まるで「入れ」と言わんばかりに入り口も空いていた。

「……ふぅ。ヘイラ、ここは2人で入るとしよう。気を抜くなよ」
「ガッテン、っと」

 トメスタスが先を歩き、一歩後ろにアックスを担いだヘイラが続く。
 物音ひとつない闇の中に軍靴の刻みが響き、闇の中へと消えていく。
 一歩、二歩と、罠の中へと自分から入っていくのだ――。

 ――ゴポッ

「!!?」
「ッ!!」

 音もなく、口の中いっぱいに広がった水に2人は驚いた。
 体は鉛のように重くなり、あまりの重圧に膝を屈する。

(これは、“サファイアの瞳”――)

 一瞬のうちにトメスタスは能力の正体に気付く。
 サファイアの瞳――キュールのトメスタスが持つ異能の眼により、結界内を海にする能力。
 キュールのトメスタスは2人が建物に入ると、建物を結界で覆い、内部を深海と化したのだ。

「――ゴポッ」

 トメスタスが息を吐く。
 肺の中の限られた酸素はすぐに泡となって浮上していった。
 やがて、刀を両手に持ち直す。
 高く振り上げた刀身には黒い魔力が収束する――。

「…………」

 一方、ヘイラは無言でイグソーブ・アックスのボタンを押していた。
 水中で斧に赤き炎が、蒼き炎が纏い、業火のように膨れ上がる。

 そして、2人は互いに――

(――【一千衝華】!!!)
(――Execution!!!)

 掲げた武器を、振り下ろした――。



 ◇



 爆音とともに結界が破れ、高層集団住居の屋上に座った少年は、ぶらぶらと遊ばせた足を止める。
 50M先では結界が破れ、そこから建物全体に入った水が流れていた。
 ザァァァという激流の音に少年は耳を傾け、柔らかくため息を吐く。

「……まぁ、これまでに何度もやったトラップだ。今更効くわけがないよな」

 少年は立ち上がると紫の髪が揺れ、月に振り向けばその整った顔がよく映える。
 青色の瞳を終わらせ、その瞳の色もアメジストのような紫色に還った。

「お兄様」

 金髪に縦ロールの少女が少年に声をかけた。
 呼ばれた少年は顔を上げ、妹の名を呼ぶ。

「どうした、ミュベス」
「雑魚共は、全員死にましたわ」

 残酷な物言いをする彼女の後ろには、巨大な紫色の結界が張られていた。
 空中の中に存在する結界の中では、幾つもの死体が積み重なり、山が出来上がっていた。

 彼――キュールの王子であるトメスタスは、バスレノスの後続の軍にも同じ結界、魔法を使っていた――。
 100や200のドライブ・イグソーブでは破壊できない“ブラッドストーンの瞳”、そして“サファイアの瞳”により遅れてきたバスレノス軍を閉じ込め、窒息死させたのだ。

「――いや」

 しかし、トメスタスは見逃さない。
 結界内に居る何人かの胸が上下に動いていることを。

「……何人か捕虜が出来た、な」
「……そのようですわね。しかし、こんな大々的に結界を出していたら、奴らが……」
「それについては問題ない。なぁ、フィサ?」
「……はい」

 ゴシックドレスを着た青髪の少女が小さく返事を返す。
 その少女の前には水でできた、巨大な鏡があった。
 それは凸レンズの形であり、レンズを通してこちらを見られても、光の屈折で何もないように見えるのだ。

「――と、いうわけだ。少数精鋭で来たのは功を成している。アキヒコが戻り次第帰還するぞ」
「え……でも、アキヒコはあの緑の少年と……。神楽器使いの少年と戦って、無事かどうかわかりませんわ。早く退いた方が――」
「大丈夫」

 ミュベスの言葉を遮り、フィサが口を挟んだ。
 一陣の風が吹き荒れ、少女たちの髪を大きく揺らした。

「アキヒコは、強い――」

 フィサのその呟きに反論する者は無く、皆が閉口する。
 静かに流れる時間を、3人はただ待つのだった。



 ◇



「フッ――!!」

 瑛彦が息を吐き、大振りの槍をミズヤは躱す。
 すぐさま繰り出される刃の突きを、瑛彦は後ろに飛ぶことで回避した。
 ここで一区切りとしたのか、瑛彦が口を開く。

「殊勝なことじゃねぇか。魔法を使わねぇなんてよ」
「君こそ、超能力を使ってないじゃないか。飛んでいるんだし、魔法だって使えるんでしょ?」
「御察しの通りだが、そんなんじゃ面白くないね!!」

 槍を振り上げて空を蹴り、大きな一撃を繰り出す。
 響いた鉄のぶつかる音は、ミズヤが刀で防いでいた証であった。
 思い切り振り下ろされた槍、それを受け止める細い刀身、いずれも劣らぬ力で拮抗していた。

「……もう、終わらせていい?」

 感情のない声がミズヤから出る。
 力、武器を扱う技量は同等のように思える瑛彦はそれを一笑に伏す。

「やれるもんなら、なぁっ!!」

 瑛彦は降ろした槍を押し切り、ミズヤを下に落とす。
 自由落下するも、宙返りしてすぐにミズヤは体勢を立て直した。
 両足で空を蹴り、今度はミズヤが刀を振り上げる。

「やぁっ!!」
「こいっ!!」

 鉄と鉄がぶつかり合う。
 交差しあった互いの獲物は拮抗し、2人は動くに動けない。

 と、いうわけではないのだ。

「グッ!?」

 瑛彦は脇腹に痛みを感じ、一歩引く。
 何が、奴は両手を使っている――そう思って見ると、ミズヤは足を出していた。
 前に伸ばされた右足、彼はローキックを繰り出したのだ。

 2人がいるのは空中、両足は自由である。
 そしてこれは武器だけの戦いではない。
 魔法も超能力も使ってないが、そんな異能よりももっと基本的な人間の武器、手足は使える。

「――野郎!」

 瑛彦は思わず吠え、槍を振りかぶった。
 ミズヤは微動だにせず、ただその様子を見つめ――ヒョイっと半身を後ろにずらすだけで槍を躱し、ガラ空きとなった背中にかかと落としを決めた。

「グッ――!」
「戦い慣れしてないんだね。そもそも、槍は一度振り抜いたらあまり使えない。突きならともかく、薙ぎはらうと言ってもここは空中。大したダメージにはならないからねっ!」
「あぐっ!?」

 ミズヤは乗せたままの足の膝を曲げ、反動で瑛彦の背に乗り、髪を掴む。
 グイッと上を向かされた瑛彦の首元には!冷たい刀が突きつけられた。

「僕の勝ち、でいいよね?」
「ぬぁ〜っ! いてーから放せよ!」
「……君の負けだよね?」
「わかったから! 俺の負けだっつの!」
「…………」

 負けを認めると、ミズヤは刀を離して上に飛んだ。

「約束通り、教えてもらうよ。別の世界の、僕の事――」

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