連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第20話:ファースト・コンタクト⑥

 襲い来る弾幕は全て吹き飛ばし、出現する結界は全て殴打で破壊する。
 その応酬が3分続こうとしていた。
 トメスタスは腕を組み、冷静に状況を分析した。

(これは根比べだ。【羽衣天技】は魔力消耗が激しい。【三千雷火】の展開は5分が限度だろう。一方、イグソーブ武器は小さな魔力で大きな出力を出す。1時間でも2時間でも戦える。奴がいくら強かろうと、魔力が持つわけがない……)

 さらに男は、眼下のヴァムテルを見た。
 あの巨漢は未だに動くことなく、上を見続けている。

(……ヴァムテルはここにフィサがいる限り、どうすることもできないだろう。ただの木偶になったか――?)

 そこで浮かんだ疑問符に、またさらなる疑問符が浮かぶ。
 敵は腐っても大将、傭兵が死ぬのであろうとずっと見ているだけのはずがない――

(なぜずっとそこに留まっている――?)

 不自然、不気味、そんな単語がトメスタスの頭に浮かび、背筋がぞわりと浮き立つ。
 その刹那――

 パリィイイン!!

「!!?」

 建物の反対側の窓が全て割れ、爆風が吹き荒れる。
 何が起きたのか、トメスタスにだけはわかった。

 自身の結界が、破れたのだから。

「――ッ! 貴様は偽物か!!」
「うん。その通りでーすっ」

 トメスタスが結界の前にいたミズヤに尋ねると、少年の姿は消え、オレンジ色の障壁に変わる。
力の壁フォース・ウォール】、この魔法により全ての攻撃をはじき返していたのだ。
 姿はミズヤの幻覚であり、ヴァムテルの姿も消えるのだった。

「――引くぞ」

 トメスタスは拳を握り締め、そう判断を下す。
 その言葉にフィサが声を荒げる。

「殿下! しかし、ヴァムテルを倒すチャンスですよ!?」
「結界が破られた」
「!?」
「ラナ達はすぐに攻め込んでくる。今の俺たちには相手にできるだけの人数はいない。援軍も来るだろうが、待っていれば――あの少年に、瞬く間に倒されるだろう」

 それが結論だった。
 結界を破壊するだけの力を持ち、一手も二手も先をいく戦いに弄ばれ、トメスタスは自分の未熟さを痛感したのだ――。
 この場でレジスタンスが壊滅させられることもあり得る、だからこそ今は撤退するのだ。

「ここにはフェイクで結界を残しておく! お前達はすぐに逃げろ!」

 トメスタスはそう宣言すると、すぐに建物を覆う結界を5重に作り出した。

(傭兵の少年……神楽器を持ち、【三千雷火】……【赤魔法】、そして無色魔法を使う。一体何者なんだ……)

 キュールのトメスタスは唇を噛み締め、新勢力の少年に怒りを沸かせる。
 自分の技がまるで通じなかった、あの緑の帽子をかぶった少年に――。



 ◇



 再びミズヤが結界を破るも、中はもぬけの殻で戦いが起こることはなかった。
 戦闘員は建物内の死体を運び出し、死人の身元の割り出しを行いながら夜を過ごし、国の警察と業務を入れ替えて城に帰還する。
 この時既に時刻は午前3時を回っており、「子供は寝ろ」とミズヤは休息を余儀なくされる。

「……にゃむっ」

 割り当てられた部屋のベッドに飛び込み、それから仰向けになって暗い天井を見た。
 今回の行動を思えば、町の被害は出たけれど、バスレノスの兵に被害は出ていない。
 これが上々な成果であるかどうか、まだミズヤに判断はできていない。

 だが、この1日で色々と複雑な事情を知り、心が重たかった。
 バスレノスとキュールのこと、名前の同じトメスタスという少年、国を違えた兄と妹。

 そんな他人の事情は本来、雇われ兵のミズヤには関係ないにしても、どうしても気になってしまう。
 ミズヤは転生したとはいえ、心が子供のままだ。
 様々な大人の事情や国を思う気持ちを汲み取る事は、容易じゃなかった。

「は〜っ……。大変なものに巻き込まれたなぁ〜……」

 ゴロゴロとベッドの上で寝返りを打つ。
 と、ドンっと何かを押し、

 ビタンッ!

 落としてしまった。

「……あれ?」
「ニャーッ!?」
「……サラ?」

 床からの叫び声で何が落ちたのかを察知し、ミズヤはベッドから降りて、白魔法で眩しくない程度の光で部屋を満たした。
 床でゴロゴロと転がりながら悶絶する猫に、ミズヤは優しく声をかける。

「だ、大丈夫? ごめんね、気付かなくて」
「にゃーッ!(人が気持ちよく寝てんのに何すんのよアホーッ! というか帰ってくるのが遅いんじゃボケェ!)」

 バシーン!

「痛いっ!?」

 強烈な猫パンチをほっぺに喰らい、ミズヤはそのままノックアウト。
 うつ伏せに倒れたミズヤの上にサラは乗っかり、そのまま丸くなった。

「……ぬぅう。さらぁ」
「にゃ〜っ……(眠い。また明日ね)」
「……少なくとも僕は、ここではいい働きができそうだよ」
「…………」

 サラはとうに眠っていたが、ミズヤは1人、クスリと笑った。

「厄介なこともいっぱいある。だけど、もし僕が力になれれば――」

 この贖罪も、少しは果たせる――。

 最後まで口にすることなく、押し寄せてくる今日の疲れが彼を眠らせた。
 しかしその顔に浮かぶ微笑は、喜びの証として残るのだった――。



 ◇



 帝都よりさらに南に位置する街はレジスタンスに買収され、拠点となっていた。
 バスレノスには役人が普通に接し、この領地を収める貴族は視察にも訪れない。
 そもそも貴族は、今のバスレノスで易々と外にで歩けるわけでもないのだから。

「……はぁ」

 行動が半ば失敗に終わり、紫色の髪を持つトメスタスは空を見て嘆息を吐き出した。
 怪我というほどではないが負傷者を大量に出し、たった2人に翻弄された。
 レジスタンス全体の士気が下がる可能性も考えられ、このままではいけないと歯を噛み締める。

「……クッ。こちらにも神楽器はある・・・・・・。だが……」

 レジスタンスも神楽器わ1つ保有している。
 だがレジスタンスに1つ、バスレノスに2つのこの状況では不利なのが明らかだった。

『お困りのようだな』
「!」

 静寂に訪れた荘厳な声、二重に聞こえるこの声を持つ者はこの世界に1人のみ。
 トメスタスが振り返れば、屋上には1人、ボロボロになったピンク色の着物を着ている腕が骨と化した人物――魔王が立っていた。

「……何の用だ。取引・・なら、もうする気はない。我等も組織を回すので手一杯なんだ」
『無論、余もあのような破格な交渉は2度としないさ。貴様等に神楽器を渡した温情、努努ゆめゆめ忘れるなよ』
「……温情、か。魔王の考えることはわからんな」

 吐き捨てるように言い、トメスタスは改めて魔王の顔を覗き込む。
 会話を交わしても眉ひとつ動かさず、何を考えているかわからないその顔つき。
 何よりも、ここへ瞬間移動するその能力……トメスタスはこの魔王の底知れぬ力を感じ、恐れをなしていた。

 しかし、魔王は不意に笑みを浮かべる。

『フッ……。まぁ今回は少々勝手が違う。余の実験を手伝え、トメスタス』
「何……実験?」
『あぁ。何、大したことじゃない。多くの魔力を使うが、誰かが死ぬようなこともない。本当に……単純な実験さ』
「…………」
『これをすれば、きっとレジスタンスの戦力も増えるだろう。しかも金はとらぬ。良ければ実験に付き合ってくれないか?』

 フォルシーナが尋ね、青年に手を伸ばす。
 トメスタスはその手を掴まず、顎に手を当てて考える。

「そんな胡散臭い話、乗るわけがない……が内容次第だ。お前の力は本物だからな。何をするかによって決める」
『そうだな。実験の内容を教えておこう』

 フォルシーナも話さないわけではなく、ニヤリと笑って実験の内容を口にした。

『お前達に行ってもらいたい実験は――












 ――大魔力による、召喚魔法・・・・だ』

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