連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第16話:レクイエム
雨が降っている。
爆発の跡が残る地には恵みのように降りしきる優しい雫は、荒廃した屋敷の火を完全に消した。
ミズヤは起き上がった。
死んだはずのその命――しかし、彼は転生前に、死神に不死になるようにされていたのだ。
死んでしまえば、面白くないからと――。
屋敷の焼け跡を見て、少年は呆然としていた。
自分の家は崩れ去り、黒く焼け落ち、みんな死んでしまった。
ただでさえ1日にいろいろなことがあった――にもかかわらず、こうもあっさりと家を壊され、全員が死に、どうすればいいのか、ミズヤにはわからなかった――。
『……少年』
二重に重なるような、重い声。
ミズヤはその出先を見ると、黒髪の長い、白い肌をした女性が立っていた。
消滅した骨の腕は戻り、哀愁に満ちた瞳で少年を見る。
「貴方は……なんですか?」
ミズヤは何も考えず、ただ聞いた。
気力のない声に、フォルシーナは魔王として、厳かな口調で答える。
『余は魔王。この世界に魔物を放つ者だ。少年、余のミスで人骸鬼が此処を訪れてしまった。許せとは言わぬ、私を憎め』
「…………」
ミズヤは口を噤んだが、やがて一つの質問を投げかける。
「……故意にやったわけじゃ、ないんですね?」
その質問の意味は簡単だった。
この惨状を人骸鬼に起こさせたのはわざとなのか、違うのかという問い。
魔王は潰れた屋敷を見て、首を横に振る。
『当然だ。世の中の善悪比を変えないよう、殺す人間は選ぶ。ここを襲う理由は、余にはない』
「……。……そうですか」
ミズヤはそれだけ言うと、再び屋敷の瓦礫を見た。
何も言わずとも、みんな死んだ事はわかる。
だが、そうだからと言って復讐でもすればいいのだろうか。
魔王を倒す、そうすれば家族への復讐を果たせる。
でも魔王だって故意にやったわけじゃないというし、父の話では、魔王は悪い人ではないとわかっていた。
仕方ない――そう思う事は無理だ。
どうしようもない上、今日ミズヤにはあまりの事が起き過ぎ、もはや正しい判断をすることもできない。
動かないミズヤを見て、今度は魔王が質問を投げかける。
『……何故この雨の中を立ち止まる。余を殺そうとは思わないのか?』
「……別に」
『……家族が嫌いだったのか?』
「……。……わかりません」
『…………』
ミズヤにとって、今の家族にはどんな感情を抱いてるかもわからなくなった。
『……少年。行く宛がないなら余が引き取ろうか? あまり住み心地はよくないだろうが……』
「いえ……。人に迷惑は掛けません。だって僕は……贖罪者ですから」
その言葉には重みがあり、 魔王は少年に悲しみの目を投げかけた。
まだ小さい少年にはどんな罪があるのか、それが気になるも、今の状態で聞くのは傷口をえぐることでしかない。
(……霧代。僕は、どうしたらいいんだろう……)
ミズヤは思う。
前世での恋人に報いるため、彼はシュテルロード家の長男として生きてきた。
だけどもう、シュテルロード家は無くなった。
10歳の少年に再建させるとしても、政治や何かに介入させてはもらえないだろう。
ミズヤ・シュテルロードとしての活動はもうできない。
死ぬこともできない。
だったら、新しい贖罪の方法を――。
ミズヤは歩き出した。
どこへ行くでもなく、ゆっくりと。
『待て』
しかし、魔王は止めた。
小さな少年は雨に濡れた顔を魔王に向け、小首を傾げる。
『……少年、弔いの方法は知っているか?』
「弔い……」
ピクリとミズヤの眉が跳ね、魔王の口にした言葉に惹かれた。
(僕は……弔いもせずに行こうとしたのか……)
それと同時に自虐をし、膝から崩れ落ちる。
四つん這いになったミズヤを見下ろし、魔王は何か考えるように顎に手を当て、自身の影に手を伸ばした。
黒魔法による、影の倉庫からあるものを出した。
『少年、顔を上げろ』
「…………」
『取れ』
魔王がそれを投げると、ミズヤは反射的に起きて受け取った。
その形は丸っぽいものに長い棒状のようなものがついた、楽器のケースみたいなもの。
『すまぬな、今はヴァイオリンしか持っていない。弾けるか?』
「……はい」
手に渡された黒いヴァイオリンケースを開け、ミズヤはその質素なヴァイオリンを撫でた。
弔い――その言葉と楽器を結びつけるのならば、それは、
(鎮魂曲を奏でよう……。みんなに安らかな眠りがあるように)
弓を取り、雨の中楽器を構えた。
雨で弦が濡れるだろうに、振動もしなくなるだろうに、しかしそこはフォルシーナが魔法で抑えた。
悲しい音色が奏でられる。
暗く闇に落ちた苦しみを再現するように。
しかし、その曲には底知れぬ落ち着きがあった。
雨の降る中、濡れる減が奏でる歪んだ旋律。
悲しい瞳をした二人の奏者は、哀愁の意をこめて追悼の曲を奏でた。
なだらかなメロディーは5分もなく終わりを告げる。
死んだ人を悼み、ミズヤは再び楽器をケースに戻した。
「……濡らしてしまいました。すみません」
『気に病むことはない。むしろ、余からもっと何かできればよいのだが……家の中の貴重品を集めておくことしかできなかった』
「…………」
さらにフォルシーナの影から、影の大きさよりずっと大きな麻袋を出した。
『こう言っては悪いが、瓦礫の中に生きている者は居なかった。これはシュテルロード家の財産だ、大切に扱え』
「……。……はい」
小さい声でミズヤは返事をし、移動して自分の影が袋に重なるようにし、袋は影に吸い込まれていった。
『……君で最後なのだな』
「……え?」
『……いや。それより、その楽器と――』
言いながら、フォルシーナは再び影に手を突っ込み、一本の刀とマフラーを取り出した。
薄紫のマフラーと、白い刀身の刀。
『――これを授けよう。きっと、君の役に立つはずだ』
「…………」
『……フッ、胡散臭いか? だが貰えるものは貰っておけ。余は貴様が死ぬのはあまり良く思わない。その力を使って、生き伸びろ』
「はぁ……」
曖昧ながらに返事を返すミズヤ。
その声を聞いて、フォルシーナは振り返った。
『ではさらばだ少年。一応、暫くは監視を付ける。死にそうになれば手助けをするが、できる限りは生き延びてくれ』
その言葉だけを残し、魔王は瞬間以東で消え去った。
後に残ったのは小さな少年が1人と、一匹の猫。
「にゃーん……」
可愛く鳴く猫を寒そうに思い、そっとミズヤは猫をすくい上げ、抱きしめた。
優しく頭を撫で、すると涙が込み上げてきた。
「サラ……。お前だけでもっ……生きててくれて、よかった……っ」
頬を伝う少年の涙は雨かわからぬが、苦悶に歪んだ彼の涙顔は本物であった――。
◇
ゴウンゴウンとファンが回っている。
暗がりの施設内には十字架に張り付けられた、黒い鎧を着た少年と、その姿を見る魔王が居た。
『ねぇ、ヤララン。貴方の実家が潰れましたよ。1人だけ生き残りが居て……その子に貴方のヴァイオリンを渡しました』
魔王は動かぬ少年に報告をしていた。
ミズヤに渡されたヴァイオリンは元々、100年以上前に封印された少年が持っていたもの。
魔王になる前のフォルシーナが作り出した魔法道具であり、魔力を40倍に跳ね上げる。
剣やマフラーと共にあれば、複数の効果も使える便利なものだ。
だが、100年以上フォルシーナが保管していた少年の形見であり、渡す事はないとしていた。
けれど、封印されたヤララン・シュテルロードの同じ性を持つ、ミズヤ・シュテルロードならばと渡した。
『……ねぇ。これから、どうなるでしょう?』
フォルシーナは少なからぬ世界の変化を感じ取っていた。
この日の変化は異様過ぎた。
ミズヤ・シュテルロードが領地の内政を見て激憤するのは容易に想像ができたが、人骸鬼が勝手に動くとは――神が動いている。
その確信を持っていた。
ミズヤはこの世界の神、善律司神と悪律司神に見られている。
だからこそ、
『今後が楽しみですね――』
フォルシーナは微笑み、そう呟いた。
爆発の跡が残る地には恵みのように降りしきる優しい雫は、荒廃した屋敷の火を完全に消した。
ミズヤは起き上がった。
死んだはずのその命――しかし、彼は転生前に、死神に不死になるようにされていたのだ。
死んでしまえば、面白くないからと――。
屋敷の焼け跡を見て、少年は呆然としていた。
自分の家は崩れ去り、黒く焼け落ち、みんな死んでしまった。
ただでさえ1日にいろいろなことがあった――にもかかわらず、こうもあっさりと家を壊され、全員が死に、どうすればいいのか、ミズヤにはわからなかった――。
『……少年』
二重に重なるような、重い声。
ミズヤはその出先を見ると、黒髪の長い、白い肌をした女性が立っていた。
消滅した骨の腕は戻り、哀愁に満ちた瞳で少年を見る。
「貴方は……なんですか?」
ミズヤは何も考えず、ただ聞いた。
気力のない声に、フォルシーナは魔王として、厳かな口調で答える。
『余は魔王。この世界に魔物を放つ者だ。少年、余のミスで人骸鬼が此処を訪れてしまった。許せとは言わぬ、私を憎め』
「…………」
ミズヤは口を噤んだが、やがて一つの質問を投げかける。
「……故意にやったわけじゃ、ないんですね?」
その質問の意味は簡単だった。
この惨状を人骸鬼に起こさせたのはわざとなのか、違うのかという問い。
魔王は潰れた屋敷を見て、首を横に振る。
『当然だ。世の中の善悪比を変えないよう、殺す人間は選ぶ。ここを襲う理由は、余にはない』
「……。……そうですか」
ミズヤはそれだけ言うと、再び屋敷の瓦礫を見た。
何も言わずとも、みんな死んだ事はわかる。
だが、そうだからと言って復讐でもすればいいのだろうか。
魔王を倒す、そうすれば家族への復讐を果たせる。
でも魔王だって故意にやったわけじゃないというし、父の話では、魔王は悪い人ではないとわかっていた。
仕方ない――そう思う事は無理だ。
どうしようもない上、今日ミズヤにはあまりの事が起き過ぎ、もはや正しい判断をすることもできない。
動かないミズヤを見て、今度は魔王が質問を投げかける。
『……何故この雨の中を立ち止まる。余を殺そうとは思わないのか?』
「……別に」
『……家族が嫌いだったのか?』
「……。……わかりません」
『…………』
ミズヤにとって、今の家族にはどんな感情を抱いてるかもわからなくなった。
『……少年。行く宛がないなら余が引き取ろうか? あまり住み心地はよくないだろうが……』
「いえ……。人に迷惑は掛けません。だって僕は……贖罪者ですから」
その言葉には重みがあり、 魔王は少年に悲しみの目を投げかけた。
まだ小さい少年にはどんな罪があるのか、それが気になるも、今の状態で聞くのは傷口をえぐることでしかない。
(……霧代。僕は、どうしたらいいんだろう……)
ミズヤは思う。
前世での恋人に報いるため、彼はシュテルロード家の長男として生きてきた。
だけどもう、シュテルロード家は無くなった。
10歳の少年に再建させるとしても、政治や何かに介入させてはもらえないだろう。
ミズヤ・シュテルロードとしての活動はもうできない。
死ぬこともできない。
だったら、新しい贖罪の方法を――。
ミズヤは歩き出した。
どこへ行くでもなく、ゆっくりと。
『待て』
しかし、魔王は止めた。
小さな少年は雨に濡れた顔を魔王に向け、小首を傾げる。
『……少年、弔いの方法は知っているか?』
「弔い……」
ピクリとミズヤの眉が跳ね、魔王の口にした言葉に惹かれた。
(僕は……弔いもせずに行こうとしたのか……)
それと同時に自虐をし、膝から崩れ落ちる。
四つん這いになったミズヤを見下ろし、魔王は何か考えるように顎に手を当て、自身の影に手を伸ばした。
黒魔法による、影の倉庫からあるものを出した。
『少年、顔を上げろ』
「…………」
『取れ』
魔王がそれを投げると、ミズヤは反射的に起きて受け取った。
その形は丸っぽいものに長い棒状のようなものがついた、楽器のケースみたいなもの。
『すまぬな、今はヴァイオリンしか持っていない。弾けるか?』
「……はい」
手に渡された黒いヴァイオリンケースを開け、ミズヤはその質素なヴァイオリンを撫でた。
弔い――その言葉と楽器を結びつけるのならば、それは、
(鎮魂曲を奏でよう……。みんなに安らかな眠りがあるように)
弓を取り、雨の中楽器を構えた。
雨で弦が濡れるだろうに、振動もしなくなるだろうに、しかしそこはフォルシーナが魔法で抑えた。
悲しい音色が奏でられる。
暗く闇に落ちた苦しみを再現するように。
しかし、その曲には底知れぬ落ち着きがあった。
雨の降る中、濡れる減が奏でる歪んだ旋律。
悲しい瞳をした二人の奏者は、哀愁の意をこめて追悼の曲を奏でた。
なだらかなメロディーは5分もなく終わりを告げる。
死んだ人を悼み、ミズヤは再び楽器をケースに戻した。
「……濡らしてしまいました。すみません」
『気に病むことはない。むしろ、余からもっと何かできればよいのだが……家の中の貴重品を集めておくことしかできなかった』
「…………」
さらにフォルシーナの影から、影の大きさよりずっと大きな麻袋を出した。
『こう言っては悪いが、瓦礫の中に生きている者は居なかった。これはシュテルロード家の財産だ、大切に扱え』
「……。……はい」
小さい声でミズヤは返事をし、移動して自分の影が袋に重なるようにし、袋は影に吸い込まれていった。
『……君で最後なのだな』
「……え?」
『……いや。それより、その楽器と――』
言いながら、フォルシーナは再び影に手を突っ込み、一本の刀とマフラーを取り出した。
薄紫のマフラーと、白い刀身の刀。
『――これを授けよう。きっと、君の役に立つはずだ』
「…………」
『……フッ、胡散臭いか? だが貰えるものは貰っておけ。余は貴様が死ぬのはあまり良く思わない。その力を使って、生き伸びろ』
「はぁ……」
曖昧ながらに返事を返すミズヤ。
その声を聞いて、フォルシーナは振り返った。
『ではさらばだ少年。一応、暫くは監視を付ける。死にそうになれば手助けをするが、できる限りは生き延びてくれ』
その言葉だけを残し、魔王は瞬間以東で消え去った。
後に残ったのは小さな少年が1人と、一匹の猫。
「にゃーん……」
可愛く鳴く猫を寒そうに思い、そっとミズヤは猫をすくい上げ、抱きしめた。
優しく頭を撫で、すると涙が込み上げてきた。
「サラ……。お前だけでもっ……生きててくれて、よかった……っ」
頬を伝う少年の涙は雨かわからぬが、苦悶に歪んだ彼の涙顔は本物であった――。
◇
ゴウンゴウンとファンが回っている。
暗がりの施設内には十字架に張り付けられた、黒い鎧を着た少年と、その姿を見る魔王が居た。
『ねぇ、ヤララン。貴方の実家が潰れましたよ。1人だけ生き残りが居て……その子に貴方のヴァイオリンを渡しました』
魔王は動かぬ少年に報告をしていた。
ミズヤに渡されたヴァイオリンは元々、100年以上前に封印された少年が持っていたもの。
魔王になる前のフォルシーナが作り出した魔法道具であり、魔力を40倍に跳ね上げる。
剣やマフラーと共にあれば、複数の効果も使える便利なものだ。
だが、100年以上フォルシーナが保管していた少年の形見であり、渡す事はないとしていた。
けれど、封印されたヤララン・シュテルロードの同じ性を持つ、ミズヤ・シュテルロードならばと渡した。
『……ねぇ。これから、どうなるでしょう?』
フォルシーナは少なからぬ世界の変化を感じ取っていた。
この日の変化は異様過ぎた。
ミズヤ・シュテルロードが領地の内政を見て激憤するのは容易に想像ができたが、人骸鬼が勝手に動くとは――神が動いている。
その確信を持っていた。
ミズヤはこの世界の神、善律司神と悪律司神に見られている。
だからこそ、
『今後が楽しみですね――』
フォルシーナは微笑み、そう呟いた。
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