連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第6話:告白
川本霧代という、1人の少女がいた。
響川瑞揶と同じ高校に通う高校生で、2人はクラスメイトにして接点はなかった。
だが、放課後の音楽室で2人は出会った。
忘れ物を取りに来た霧代と、音楽室の楽器を借りて吹いていた瑞揶。
放課後に1人で演奏していた瑞揶を面白く思い、霧代は瑞揶と仲良くなる。
ただ、それは放課後だけの関係。
才色兼備な霧代と一緒にいると変な噂が立つかもしれないからと、瑞揶が恐れたからだ。
放課後はいつも2人きりだった。
霧代も楽器に興味を持ってフルートの演奏を始め、瑞揶がコーチする。
そこから飛躍して、2人は特別な関係になったのだ。
恋人として、互いを愛し合った。
相思相愛だった。
しかし、その関係は死神によって断たれてしまう。
死神は瑞揶の前に現れた。
黒衣と羽衣を見に纏った黒髪の女はこう瑞揶に話を持ちかける。
「願いを叶える代わりに、貴方の魂を貰うわ」
瑞揶はすぐに話を蹴った。
彼は幸福だった、だから叶える願いもないし死ぬわけにはいかない。
しかし、次の日瑞揶は学校で、廊下を歩く霧代とその友達の後ろをそっと歩き、こんな言葉を偶然耳にした。
「――頭悪いし、近付いたらコロッと落ちたよ。ほら、私のマフラーとか帽子とか、あの人がくれたんだよ」
「――長く騙されてくれてホント最高だよー。海外留学するって言ったでしょ? あれも彼の両親のご威光だよ。あははっ」
「――ねー。笑えるよね〜。しかもね、響川、気付く素振りもないしさ。春までお金絞らないと」
これは死神が霧代の体を乗っ取って喋ったものだった。
だが瑞揶はこの言葉を信じ、死神に耳を聞こえなくするよう願う。
彼は絶対音感と言われるほど耳が良かった。
だからこそあの声を二度と聞きたくないと、聴覚をなくした。
そして、残りの寿命は3日になったのだ。
だが、霧代は死神に頼んでこれを治した。
自らの命と引き換えに――。
命を失う日に、彼らは仲直りできた。
だが、その命の灯火も同時に尽きたのだ――。
彼は叶えなくてもいい願いを叶え、霧代を殺してしまった。
その罪が今尚、彼を苛んでいる――。
◇
「……何、それ」
かろうじて言葉が絞り出せた。
目の前にいる短い金髪を持った女性――メイラは僕の声にビクリと跳ねる。
彼女が驚いたことで、酷く低い声が出た事に気が付いた。
自分の声がこんなに低くなるなんて知らなかった。
冷たくて悲しい声、それはやっぱり、過去のせいだろう。
瑞揶とミズヤは違うのは僕自身わかってる。
あんな事が起きたのも、死神のせいにできればどれだけ楽かもわかってる。
ただ、それでも……。
僕に女性を幸せにできるとは思わない。
そして何より、こんな僕が人を好きになってはいけない。
また霧代のように、不幸になってしまうから。
だから……メイラの想いにも、背かなければいけない。
彼女が僕を好きで居続けることは、彼女にとって損でしかないんだ。
「……ごめん、メイラ。気持ちは嬉しいけど、僕は君の気持ちを受け取れない」
「……受け取る必要はありませんよ。ただ、私は自分の気持ちに素直になりたかっただけなのです。覆らぬ身分の差もありますから……」
「そうじゃ、ないんだ――っ」
歯噛みして声を押し殺す。
こんな時にどういう反応をしたらいいのかわからない。
僕には、自分のせいで死んでしまったにもかかわらず、その恋人がいる。
僕はまだ彼女が好きだし、たとえ二度と彼女に会えなくても、この身は彼女を殺した事による贖罪として立派に生きる。
シュテルロードという大きな家柄に生まれた責務も同時に全うして――。
そこに恋心なんていらない。
恋なんてしてはいけない。
こんな僕が、そんなこと……。
身分も歳も離れてるが、それとは全く関係なく、僕は人を好きになっちゃいけないんだ……。
「……メイラ。僕なんかを……好きにならないで。もっと良い人は、世界に幾らでもいるから……」
「私の世界はこの家のみですよ。ミズヤ様。私は貴方をお慕いしてしまいました。ただそれだけなのです」
「……っ」
僕は拳を振り上げ、ベットのシーツに叩き込んだ。
好きとか慕うとか、愛した人すら守れなかった僕に似合わない言葉を、並べられても困るんだ。
「……ミズヤ、様?」
メイラの声が震えていた。
僕が怒ったように見えたのか、彼女の目は驚愕に染まっている。
僕は慌てて取り直そうと思いのままを口にする。
「ち、違くてね、メイラ? これは怒ったわけじゃなくて……」
「……ミズヤ様、申し訳ございませんでした。私のせいで貴方を困らせてしまい、本当に……申し訳ありません……」
俯いて震えながらメイラは声を絞り出していた。
目元は見えていないが、ポタポタと彼女の太ももに雫が落ちる。
そんな……僕は、泣かせるつもりなんて……。
「メイラ、僕は別に、そんな……」
「夜分に失礼しました。おやすみなさいませ、ミズヤ様」
「あっ……」
黙って席を立ち、メイラはそそくさと退室していった。
バタンと閉じた扉の音が無音の室内に響く。
「……なんで、こうなっちゃうかなぁ」
彼女の出て行った扉を見ていると、僕も涙が溢れてきた。
こんなつもりじゃなかったのに、人を傷つけてしまった。
でもこれが普通なのかもしれない。
だって、僕が恋をして、人が死んだのだから――。
「ごめん、なさい……っ!」
歯噛みをして、誰もいない部屋で謝る。
俯いて、涙を零して、自分への怒りを必死に抑えながら。
だが僕の頬に、ポンポンと叩く、柔らかくて小さい手があった。
目を開いて見ると、サラの前足が僕の濡れた頬に当たっていた。
「にゃーっ……」
「……ああ、ごめんね。サラにも心配掛けた。大丈夫だから……」
「にゃーんっ」
甘えるような声で僕の頬をペロペロと舐めてくる。
なにやら慰めてくれてるみたいだ。
思った以上に賢いねこさんだなぁ……。
「……ありがと、サラ。あれ――?」
「にゃー?」
サラの名前を呼んで、猫の頭を撫でて――何か頭の奥で引っかかった。
前にもどこかで、同じ事があったような――。
「なんだっけ?」
「ニャー?」
「…………」
ねこさんに聞いてもわかるはずがなく、僕は苦笑を余儀なくされる。
ても、これからはどうしよう。
謝ったところでメイラとは恋仲になれないし、彼女を傷つけるかもしれない。
何もしないのがいいことなのだろうか……。
僕は……。
考えても想いはまとまらず、夜は静かに更けていく。
こんな土砂降りのような気持ちなのに、窓の空は憎らしいほど星が綺麗であった――。
◇
「……はぁ」
猫を通してミズヤが寝たのを確認し、サラ・ユイス・アルトリーユはベッドにその身を預けて大の字になる。
天蓋付きのピンク色のベッドに寝そべり、彼女は考える。
(瑞揶の奴、私を思い出しそうになってた。そのまま思い出せばいいのに、なんで思い出さないのよまったく!)
前世を思い出せとは無理難題だと理解しつつ、彼女は自力で思い出してくれればそれはそれで面白いと思っていた。
ミズヤの今は忘れている第二の人生の記憶――のバックアップはサラの手にあるのだが、会わなければ記憶は渡せないのだ。
猫を通して渡したいところだが、猫は勝手に神様がくれたプレゼントみたいなもので、シュテルロード領にいる時点からの猫を動かすことしかできない。
「いつ会えるのかしら……」
瑞揶の第二の人生で、霧代との未練を解消させ、瑞揶と恋人になった少女は1人憂うのであった。
響川瑞揶と同じ高校に通う高校生で、2人はクラスメイトにして接点はなかった。
だが、放課後の音楽室で2人は出会った。
忘れ物を取りに来た霧代と、音楽室の楽器を借りて吹いていた瑞揶。
放課後に1人で演奏していた瑞揶を面白く思い、霧代は瑞揶と仲良くなる。
ただ、それは放課後だけの関係。
才色兼備な霧代と一緒にいると変な噂が立つかもしれないからと、瑞揶が恐れたからだ。
放課後はいつも2人きりだった。
霧代も楽器に興味を持ってフルートの演奏を始め、瑞揶がコーチする。
そこから飛躍して、2人は特別な関係になったのだ。
恋人として、互いを愛し合った。
相思相愛だった。
しかし、その関係は死神によって断たれてしまう。
死神は瑞揶の前に現れた。
黒衣と羽衣を見に纏った黒髪の女はこう瑞揶に話を持ちかける。
「願いを叶える代わりに、貴方の魂を貰うわ」
瑞揶はすぐに話を蹴った。
彼は幸福だった、だから叶える願いもないし死ぬわけにはいかない。
しかし、次の日瑞揶は学校で、廊下を歩く霧代とその友達の後ろをそっと歩き、こんな言葉を偶然耳にした。
「――頭悪いし、近付いたらコロッと落ちたよ。ほら、私のマフラーとか帽子とか、あの人がくれたんだよ」
「――長く騙されてくれてホント最高だよー。海外留学するって言ったでしょ? あれも彼の両親のご威光だよ。あははっ」
「――ねー。笑えるよね〜。しかもね、響川、気付く素振りもないしさ。春までお金絞らないと」
これは死神が霧代の体を乗っ取って喋ったものだった。
だが瑞揶はこの言葉を信じ、死神に耳を聞こえなくするよう願う。
彼は絶対音感と言われるほど耳が良かった。
だからこそあの声を二度と聞きたくないと、聴覚をなくした。
そして、残りの寿命は3日になったのだ。
だが、霧代は死神に頼んでこれを治した。
自らの命と引き換えに――。
命を失う日に、彼らは仲直りできた。
だが、その命の灯火も同時に尽きたのだ――。
彼は叶えなくてもいい願いを叶え、霧代を殺してしまった。
その罪が今尚、彼を苛んでいる――。
◇
「……何、それ」
かろうじて言葉が絞り出せた。
目の前にいる短い金髪を持った女性――メイラは僕の声にビクリと跳ねる。
彼女が驚いたことで、酷く低い声が出た事に気が付いた。
自分の声がこんなに低くなるなんて知らなかった。
冷たくて悲しい声、それはやっぱり、過去のせいだろう。
瑞揶とミズヤは違うのは僕自身わかってる。
あんな事が起きたのも、死神のせいにできればどれだけ楽かもわかってる。
ただ、それでも……。
僕に女性を幸せにできるとは思わない。
そして何より、こんな僕が人を好きになってはいけない。
また霧代のように、不幸になってしまうから。
だから……メイラの想いにも、背かなければいけない。
彼女が僕を好きで居続けることは、彼女にとって損でしかないんだ。
「……ごめん、メイラ。気持ちは嬉しいけど、僕は君の気持ちを受け取れない」
「……受け取る必要はありませんよ。ただ、私は自分の気持ちに素直になりたかっただけなのです。覆らぬ身分の差もありますから……」
「そうじゃ、ないんだ――っ」
歯噛みして声を押し殺す。
こんな時にどういう反応をしたらいいのかわからない。
僕には、自分のせいで死んでしまったにもかかわらず、その恋人がいる。
僕はまだ彼女が好きだし、たとえ二度と彼女に会えなくても、この身は彼女を殺した事による贖罪として立派に生きる。
シュテルロードという大きな家柄に生まれた責務も同時に全うして――。
そこに恋心なんていらない。
恋なんてしてはいけない。
こんな僕が、そんなこと……。
身分も歳も離れてるが、それとは全く関係なく、僕は人を好きになっちゃいけないんだ……。
「……メイラ。僕なんかを……好きにならないで。もっと良い人は、世界に幾らでもいるから……」
「私の世界はこの家のみですよ。ミズヤ様。私は貴方をお慕いしてしまいました。ただそれだけなのです」
「……っ」
僕は拳を振り上げ、ベットのシーツに叩き込んだ。
好きとか慕うとか、愛した人すら守れなかった僕に似合わない言葉を、並べられても困るんだ。
「……ミズヤ、様?」
メイラの声が震えていた。
僕が怒ったように見えたのか、彼女の目は驚愕に染まっている。
僕は慌てて取り直そうと思いのままを口にする。
「ち、違くてね、メイラ? これは怒ったわけじゃなくて……」
「……ミズヤ様、申し訳ございませんでした。私のせいで貴方を困らせてしまい、本当に……申し訳ありません……」
俯いて震えながらメイラは声を絞り出していた。
目元は見えていないが、ポタポタと彼女の太ももに雫が落ちる。
そんな……僕は、泣かせるつもりなんて……。
「メイラ、僕は別に、そんな……」
「夜分に失礼しました。おやすみなさいませ、ミズヤ様」
「あっ……」
黙って席を立ち、メイラはそそくさと退室していった。
バタンと閉じた扉の音が無音の室内に響く。
「……なんで、こうなっちゃうかなぁ」
彼女の出て行った扉を見ていると、僕も涙が溢れてきた。
こんなつもりじゃなかったのに、人を傷つけてしまった。
でもこれが普通なのかもしれない。
だって、僕が恋をして、人が死んだのだから――。
「ごめん、なさい……っ!」
歯噛みをして、誰もいない部屋で謝る。
俯いて、涙を零して、自分への怒りを必死に抑えながら。
だが僕の頬に、ポンポンと叩く、柔らかくて小さい手があった。
目を開いて見ると、サラの前足が僕の濡れた頬に当たっていた。
「にゃーっ……」
「……ああ、ごめんね。サラにも心配掛けた。大丈夫だから……」
「にゃーんっ」
甘えるような声で僕の頬をペロペロと舐めてくる。
なにやら慰めてくれてるみたいだ。
思った以上に賢いねこさんだなぁ……。
「……ありがと、サラ。あれ――?」
「にゃー?」
サラの名前を呼んで、猫の頭を撫でて――何か頭の奥で引っかかった。
前にもどこかで、同じ事があったような――。
「なんだっけ?」
「ニャー?」
「…………」
ねこさんに聞いてもわかるはずがなく、僕は苦笑を余儀なくされる。
ても、これからはどうしよう。
謝ったところでメイラとは恋仲になれないし、彼女を傷つけるかもしれない。
何もしないのがいいことなのだろうか……。
僕は……。
考えても想いはまとまらず、夜は静かに更けていく。
こんな土砂降りのような気持ちなのに、窓の空は憎らしいほど星が綺麗であった――。
◇
「……はぁ」
猫を通してミズヤが寝たのを確認し、サラ・ユイス・アルトリーユはベッドにその身を預けて大の字になる。
天蓋付きのピンク色のベッドに寝そべり、彼女は考える。
(瑞揶の奴、私を思い出しそうになってた。そのまま思い出せばいいのに、なんで思い出さないのよまったく!)
前世を思い出せとは無理難題だと理解しつつ、彼女は自力で思い出してくれればそれはそれで面白いと思っていた。
ミズヤの今は忘れている第二の人生の記憶――のバックアップはサラの手にあるのだが、会わなければ記憶は渡せないのだ。
猫を通して渡したいところだが、猫は勝手に神様がくれたプレゼントみたいなもので、シュテルロード領にいる時点からの猫を動かすことしかできない。
「いつ会えるのかしら……」
瑞揶の第二の人生で、霧代との未練を解消させ、瑞揶と恋人になった少女は1人憂うのであった。
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