連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第5話:慕う

 週2日ではあるが、ミズヤは剣の稽古もしていた。
 シュテルロード領の隣にある、フラクリスラル王都にいた刀使いに教えてもらっている。

 必死な思いで刀を振るう少年と中年の男、その様子を見守るフィーンとメイラの姿が中庭にあった。

「フッ――!」

 ミズヤの木剣が男の腹部に突きを放つ。
 まだまだ身長の低いミズヤの突きは武器になるということで、これはよく使うものであった。
 だがそんなもの、師匠の男はわかっている。
 木剣を横に薙いで弾かれた。

「やぁっ!!」

 払われた木剣の反動を使い、ミズヤは男の足を蹴る。
 剣だけではない、体の動きも動かす実践を想定した稽古であった。
 ただ、魔法だけは禁止である。

 男は足払いのような蹴りを防ぐこともせずに受けた。
 体重を蹴られた足に乗せれば転ぶこともない。
 ミズヤの木剣は向こうを向き、足も払いきれずにバランスが悪い。
 完全にガラ空きであった。

「甘いですぞ!」

 男の木剣から突きが放たれる。
 ミズヤの胸を突こうとする、もはや回避のできない攻撃。
 しかし――ミズヤはその場に倒れて突きを回避する。
 本来なら回避ができない、ただ彼はまだ子供だった。
 攻撃の当たる面積も少ない彼はバランスを崩したままに倒れ、後方に下がって態勢を整える。

「……ミズヤ様。今の動きでは服が汚れますぞ」
「だって実践なら、今のを受けたら死んじゃいますもの。僕は命を大事に戦うんです」
「……ならば魔法で十分かと思いますがな」

 ニコリと笑うミズヤに剣士は嘆息する。
 魔法だけならただならぬ才能を持つミズヤ、彼は自分のだけの魔法をいくつも作って楽しそうに扱っている。
 その魔法の使い道がぬいぐるみを作ったり雑草が生えるのを防止させたりと地味ではあるのが難点だが。

「魔法だけ強かったら、なんか……僕は才能だけ強いみたいで、嫌なんだ。剣も使って、別の強さも持ってたいんです」
「……左様でございますか。ならば、その息を買い、鍛錬にお付き合いしましょう」
「えへへ、行きますよ?」
「いつでも」

 剣士の言葉を聞き、ミズヤは一歩を踏み出した。
 この日、ミズヤは男に一撃も当てることはなかったが、日々の成長はめまぐるしいものがあった。



 ◇




 使用人部屋は簡素なものであった。
 職が職なだけに掃除が行き届き、かといって物が無く、殺風景な部屋であった。
 何もない――というのも彼らは住み込みであるため、行商人や領地の役人が来る以外には物を仕入れることもない。
 そんな使用人の楽しみといえば、魔法の自主練と、スクスクと育ちながら独特のメロディーを奏でるミズヤのヴァイオリンだった。

 昼頃――ミズヤのヴァイオリンの音が屋敷に響く。
 中庭から響く音は風に攫われずに屋敷まで届くのだった。
 今日、メイラは窓拭きを言いつけられて仕事をしながら、その暖かい音色に耳をそば立てる。
 窓から目を覗かせれば、なんとかミズヤの姿を捉えることができた。

 少年は微笑みながらヴァイオリンを弾いている。
 彼らしい、優しくてのびのびとした曲を奏でていた。
 いつもは子供っぽいのに優雅で色のある音色がメイラの耳にも流れていく。

(ミズヤ様、今日もあんなに美しい音を……)

 トクンと、彼女の心臓に高い音がする。
 いつも可愛らしく、なのに楽器を持てば格好良く、何より優しいミズヤに彼女は惹かれていた。
 5歳という年の差もある、身分の差もある。

 しかし、彼女以外に歳近いものがいない邸内でならチャンスがあるかもしれないと踏んでいた。
 ミズヤの妹であるリヤと母であるフィーンを除けば、メイラ以上にミズヤと親しい女性は居ないのだから。

 無論、それはミズヤの前世を抜きにしての話だが――。

「……ミズヤ様」

 熱を帯びた声で少女は名前を呟いた。
 しかし、その声は少年に届くこともなくヴァイオリンの音色に掻き消される。

 だが、彼女は決心した。
 何年も抱いていたこの想いを少年に伝えようと。
 優しい少年の事だから、悪いことにはならないとたかをくくって――。



 ◇



「さーらっ、さーらっ」
「ミャ〜オ……」

 夜になり、ミズヤも自室に籠もっていた。
 10歳児が1人で使うには広い10畳ほどの洋室のベッドで、猫のサラを抱きしめながら体を撫でている。

「今日も平和だねー、サラ?」

 ミズヤが語り掛けるも、猫が返事をするわけもなく撫でられるがままにされていた。
 たとえ返事がなくともそこにいるだけで可愛くて、ミズヤはふふんと微笑むのだった。

 コンコン。

 と、そこに2回のノックがある。
 ミズヤとサラは反射的にドアの方を見た。
 誰が来たのかはわからないが、入れない理由もないためにミズヤは短く「どうぞ」と言う。
 すると、扉が開いてメイラが姿を覗かせた。
 無言で部屋に入ってくる彼女にミズヤは首を傾げた。

「どーしたの? 何かお話?」
「……まぁ……はい」
「…………?」

 どこかよそよそしい様子のメイラに、またミズヤは首を傾げる。
 しかし、サラは何かを感じ取ったのか、ミズヤの膝からピョンっと跳ねて床に降りる。

「シャーッ!!!」
「!!?」
「えっ、サラ?」

 そしてメイラを威嚇した。
 4つ足で前傾姿勢をとり、毛を逆立たせている。
 もう2年の付き合いになる2人としては、サラがこんな事をするのはどうした事かと慌てるほかない。

「ど、どうしたのさサラ?」
「私、何かしたでしょうか……?」
「フシャーッ!!」

 皆が動揺する中、威嚇を続けるサラ。
 仕方ないとばかりにミズヤは立ち上がり、サラを拾い上げた。
 するとサラは威嚇をやめ、ミズヤの胸に顔を埋めて丸くなる。

「よしよし。いい子だから、威嚇とかしないでね」
「……何だったのでしょう。私、たまに餌とかあげてるのですが、こんなことは……」
「んー……臭い、とか?」
「え……」

 ミズヤの言葉に、メイラは急いで自分の臭いを嗅いだ。
 服の袖に鼻を当てても洗剤のサッパリした臭いがするだけで、猫が興奮するような匂いではない。

「……特に問題ないように思えますが」
「えぇ〜? ……じゃあ、なんだろーねー?」
「さぁ……」

 答えが出るわけもなく、無言に帰る。
 無音になった室内には気まずさがあり、ミズヤは改めてメイラに問いかけた。

「それで、何の用? こんな時間に来るなんて珍しいね?」
「えぇ……。その、少しお話が……」
「お話……?」

 お話と聞いて、ミズヤは目をぱちくりさせた。
 今までお話らしいお話はなく、説教やその他色々な事を言ってくるだけだったから。

(話ってなんだろー……?)

 少しワクワクしながらベッドに戻り、メイラも近くにあった椅子にこしをかける。
 すると早速、メイラは口を開いた。

「ミズヤ様、私は貴方が本当に小さい頃から側におりました。私が6つや7つの時より、お世話させて頂いております」
「じゃあ僕が1歳ぐらいの時かぁ……」

 ミズヤは前世の記憶があるが、意識がしっかりしてきたのは2歳ぐらいからで、まだしっかり呂律ろれつも回ってなかった。
 記憶を辿れば、彼がまだ立つのも疲れる頃からメイラの顔が記憶にあった。

「凄いね、メイラは。6歳の頃から働いてるんだ」
「私はしたくて仕事をしています。ずっと、貴方の側にいられましたから」
「え……?」

 側にいられたから嬉しい、その意味がミズヤにはわからなかった。
 なにかしらのコネになるから、それとも尊敬されてるから、はたまた……。
 否、彼はすべての可能性を否定する。
 ミズヤにとって、自身は魔法とヴァイオリン以外に素晴らしい所など無いのだ。

「そんな、僕なんかの側にいて嬉しいなんて……。変だよ、メイラ」
「そうですね……私は変なのです。なんせ……貴方をお慕いしてしまったのですから」
「…………」

 メイラにとってその言葉は告白だった。
 慕う、それは想っていますと同意義。
 だが、ミズヤは――

(慕ってるって、尊敬する、だっけ? ……んー、なんで尊敬されるんだろう?)

 尊敬するという意味で捉え、ますますはてなを浮かべるのだった。

「……あの、ミズヤ様」
「うん?」
「意味が、わかっておりませんよね?」
「……うん」

 ミズヤが素直に頷くと、メイラは溜息を吐き出した。
 ミズヤにはもっと直球に言わないと通じないんだと確信し、メイラは改めてミズヤに目線を合わせる。

「ミズヤ様、私が言いたいのはですね……」
「は、はい……?」
「……貴方の事が好きだと、言いたいのです」
「――――」

 彼女のまっすぐな告白が耳に入ると、ミズヤは言葉を失った。
 愛した人を亡くして傷付いた少年は、亡くした少女との情景がフラッシュバックのように浮かぶのであった――。

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