連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第1話:ヴァイオリン

 この世界【サウドラシア】では善意と悪意が魔法になる。
 善意と悪意というものは抽象的なものであるが、例えば人から人徳を問われる王族貴族は“良い人である”、もしくは“悪い人である”と民衆が思い、そういう注目を集める事も魔力増幅に繋がる。
 そして何より、本人の意志によって左右されるのだ。

「にゃー……」

 父親から長々と説明を受けたミズヤはそんな声を出して驚嘆する。
 お茶を淹れてやって来た、メイラが控えながら。
 ミズヤの父であるカイサルは更に続ける。

「魔法はある程度、想像したものに名前を付ければ使用できる。ただ、魔法には種類があってな。わかるか?」

 笑みを作ってミズヤに尋ね、ミズヤは頭を悩ませる。
 魔法を見た回数は、さほど多くないのだ。
 だから想像でモノを言った。

「4つ、ですかね……? 火と水、風と土で」
「ああ、そうじゃないんだ。答えからいうと、7つ。7色と言えばいいかな。

 赤、青、黄色、緑、白と黒、最後に透明。

 7つの色があって、それぞれの魔法が使える。例えば、赤なら肉体強化や火の魔法だ」
「おおお〜っ……」

 実際にカイサルが指に炎を灯すと、ミズヤは目を光らせて火を見た。
 息子の様子にカイサルも笑い、炎を消して話を進める。

「魔法は誰でも持つことができるが、普通なら1人1つ。王族貴族は3〜4色使える。私も4色使えるんだ。シュテルロード家では代々、無色魔法が強くて、私が使えるのはもちろんの事、お前も使えるだろう」
「無色……ですか?」
「空間操作を使えるんだ。圧力の衝撃波を放ったり、音を響かせたり、いろいろな」
「音を、響かせる……」

 カイサルの放った言葉からミズヤが一部復唱する。
 彼は生前、楽器が大好きだった。
 放課後の音楽室で使われてない楽器を弾くほど音が好きだった。
 だからこそ、音という言葉にはついつい反応してしまう。

 そんな彼の様子を父親は見逃さず、不敵に笑ってあるものを取り出す。

「ミズヤ、誕生日プレゼントがあるんだ」
「……え?」

 その言葉は彼にとって意外だった。
 何故なら簡潔に終わらせた誕生会で帽子をもらっているのだから。
 貴族に必要な作法と魔法に関する本で、ミズヤはさして興味を持っていなかったが――机の上に置かれたケースの形を見て、ミズヤは勢いよく立ち上がる。

「そ、それって……」
「欲しがってただろう? 急きょ作らせたんだが、出来が悪かったら言ってくれ」
「い、いえ……その……」

 2つの金具が外され、中身の獲物が取り出される。
 茶色い光沢、4本の弦。
 それはヴァイオリンという楽器だった。

「わ、わーっ……。父上! さ、さささ触っても?」
「もちろんだ。さぁ、こっちへ来い」
「はいっ!」

 本当の5歳児のようにはしゃぎ、ミズヤは父の元へ駆け寄ってヴァイオリンを受け取った。
 顎あてもある、弓もある。

 今すぐにでも弾きたかった。
 5年もの間、音とは無縁だったのだ。
 楽器の音色を奏でたい――そんな欲望が脳を埋め尽くす。

 しかし、それを止めたのは前世の理性だった。
 この世界では弾いたこともない楽器を、突然卓越に弾くのはおかしい。
 だからこの場は耐え、ミズヤは苦笑を浮かべながらカイサルに礼を述べた。

「あ、ありがとうございます、父上。大切にしますっ」
「ははは、上手くなれよ? この国も、昔は音楽文化が栄えたんだ。家系では、ヤララン・シュテルロードっていう御先祖様もヴァイオリンを弾いたらしいぞ?」
「えーっ……。僕と感性が同じだったんですね」

 ミズヤはヴァイオリンを抱きしめながらそう返す。
 彼の一番好きな楽器もヴァイオリンだった。
 先祖も弾いたというなら、自分がこの家に生まれたのも関係がありそうだと思慮に移る。

「まぁ、魔法についての深い話はまた今度にしよう……。今日はお前の誕生日だ。好きにしなさい」
「はっ、はいっ。ありがとうございますっ!」

 自由にしていいと言われ、ミズヤはヴァイオリンを急いで仕舞った。
 これは人目のない所で弾くチャンスだと目を光らせ、ケースを背負ってお茶を飲み干す。

「では父上、失礼しますっ。……えへへっ」

 ミズヤはすぐさま退室し、後には使用人のメイラと、扉を見つめたままのカイサルが残った。

「まったく、可愛い息子を持ったものだ……」

 元気なミズヤの様子を見て、カイサルは笑うのだった。

「私も、これで失礼しますね」
「ああ、ご苦労」

 お盆にミズヤの飲んだカップを乗せ、すぐにメイラも部屋を出る。
 ミズヤの後を追うために――。



 ◇



 ミズヤは草履を履き、中庭に出ていた。
 風がそよぎ草が揺れ、いくつかある木にそっとヴァイオリンケースをもたれ掛けさせる。

「よいっ……しょっと」

 ケースについた金具を開き、中の楽器を取り出す。
 両手で持ち上げて空に掲げた。
 ヴァイオリンは重そうな見た目だが、子供でも持てる軽さなのだ。
 その重さを懐かしんでいる。

「……ヴァイオリン。ちょっと大きいかな」

 5歳である彼の体躯には見合わない、通常サイズのヴァイオリン。
 だが、彼は前世で7歳からヴァイオリン教室に通っていた。
 上達はすれど、コンクールなどでは賞を取ったことはない。
 しかし、楽器は人一倍好きだったのだ。

「よいしょっと……」

 ヴァイオリンの本体を肩に乗せ、顎で挟む。
 右手には弓を持ち、弦にそっと当てた。
 ミズヤは口を閉じ、そして目を閉じる。

 優しい音色が響いた。
 独奏でありながらも、朗らかで優しい旋律を震わせる。

 優しく、体がポカポカするような音。
 またこの音を奏でられる喜びから、ミズヤは涙するのだった。

 楽器が落ちる。
 大切にしようと誓ったばかりなのにとすぐに拾い上げ、ヴァイオリンを抱きしめながら彼は泣いた。

「…………」

 その後ろ姿を1人の使用人が見つめる。
 黒い着物を着た10歳のメイラ。
 彼女の瞳はミズヤを一点に捉えていた。

(……凄く綺麗な音。ミズヤ様は、どこであの楽器を練習したのでしょう……?)

 綺麗で優しく音にも目を惹かれながら、彼女にらミズヤの演奏するスキルが気になった。
 初めて楽器を持ったとは思えないその演奏力。
 しかし同時に、演奏する姿を美しいと思っていた。

(ミズヤ様……。まだ幼いのに、どうしてそんなに美しいのですか……)

 普段の彼は本当に子供のようなのだが、この時、演奏するときの風格は子供のものではない、神秘的なものがあった。
 そこに惹かれる少女が胸を押さえ、屋敷の中にそっと戻っていった。

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