自転車が回転して、世界が変わった日

ノベルバユーザー173744

遊亀は、ゆったりと日々を過ごします。

 遊亀ゆうきはのんびりと日々を過ごす。
 普通、赤ん坊の産着のしたくや襁褓むつきを準備するのだが、つわりがひどい遊亀は起き上がれない時が多く、義母の浪子なみこが準備をしてくれている。
 遊亀もある程度の裁縫の腕は持っているものの、レベルの違いを思い知る。

「お母さんにはかなわんなぁ……早いし、綺麗やし、羨ましい」
「って、遊亀も手慣れとるやろがね」
「うちは、自分で服を仕立て直しよったんです。家の母は、身長がうちよりたこうて、体重はお母さん位やって……」
「それは痩せとるけど大女やわ。うちは遊亀ぐらいでかまん。そうや、遊亀のべべこさえな」

 遊亀自身が遠慮していた着物を仕立てなければと思っていると、

「お母さん、かまんかまん。これからお腹もおおきになるんやけん。それよりも赤ん坊のべべと襁褓です」
「そうかね?うちは嫁に古着を着せとるようで……」
「そんなんは、笑い飛ばせばいいんです。家は孫が生まれる。嫁がそっちを作ってくれって……使われてなぁって」
「それこそ、遊亀が悪い立場になる。いかんがね‼」

浪子は慌てて止める。
 遊亀は微笑む。

「大丈夫や。お母さんはどう見てもそんな風に扱ってないってわかるし、うちも、お母さんとお父さんとおるのが楽しい。幸せや」

 その穏やかな微笑みは……つわりのせいで痩せたものの、そのぶんむくんでいた顔や手足がほっそりし、遊亀は喜んでいる。
 体は持つのかと心配しているものの、優しく、

「でも、驚いたわ。遊亀が、肩もみや叩くのも気持ちいいわ。楽になる」
「ずっと同じ姿勢とかしとると筋肉がこわばって、血の巡りが悪くなってるのを、ようしとるんよ。お父さんも、先にしたんですけど……あら、寝てますね?」

先に肩を揉んでいた義父の亀松かめまつはいびきをかいて眠っていた。

「よほど気持ち良かったんやなぁ……遊亀に揉んでもろて」
「首がひどくかとうなっとって、頭との付け根辺りにしこりと言うか、疲れがたまっとるみたいですよ」
「悪いもんやろか?」
「いえ、一時的に疲れがたまっとるだけみたいです。酷かったらいびきがおかしなります。エェ眠りみたいですよ」

 義理の娘の笑顔にふふっと笑う。
 先程、夫とわいわいと大騒ぎしていた遊亀である。



「痛いわ‼遊亀。父ちゃんを殺す気か~‼」
「だから痛いのは、ここに疲れの塊があって、ここを揉むことで、疲れの塊を取り除いて楽にするんよ、お父さん‼特にな?この肩と、首から頭の付け根。ここに疲れがたまりやすいんよ。やけんね?」
「あだだだだ‼浪子‼遊亀が‼」
「大丈夫ですよ。もっと痛い部分教えて貰いましたよ、ツボやて」

 襁褓を縫いながら、告げる。

「も、もっと痛いとこがあるんか‼」
「こことここです」
「あだだだだ‼」

 亀松は本気で悲鳴をあげる。
 親指と人差し指の付け根、と肘の少し下の部分……それぞれ頭痛と歯痛を一時的に収める効能のあるツボである。
 特に遊亀は頭痛持ちだった為、元の世界では頭痛薬が欠かせなかったが、こちらでは飲むこともできない上に、胎児に影響があってはいけない為、ツボや、夫の安成やすなりに薬草を煎じてもら貰うのだ。

「ここは、頭痛のツボです、後は……」
「もうかまん……」

 亀松は逃げた。



 しかし、その前に施していた肩を首のマッサージがよほど楽だったらしく、気持ち良さそうに眠っている。

「あれは、誰かにしとったんかね?」
「父ですね。父はお父さん程ではないけど、肉体労働をしていたので……」
「へぇ。どないなん?」
「大工です。お社とかではないですが、そこそこのお屋敷を任されとったみたいです。体が痛む言うて……お父さんよりも年上なので……」

 50になっていない亀松を見る。

「そないなんかね」
「来年60です」
「年上やなぁ……大変や」

 この時代60とはかなりの老齢になる。
 遊亀達の時代のように、平均寿命が80代と言うことはあり得ないのだ。
 ちなみに結婚も早く、安成のように初婚が20才と言うのは遅い方である。



 一応確認の為に聞いたのだが、

「恋人?いないよ。いたら結婚してるし……」
「側室は?おめかけさんとか……」
「いないよ。いたら家が大騒ぎだよ。母上に正座で、膝付き合わせてお説教や。それに、遊亀がいるのに、他にいるの?」
「お父さんは?」

食い下がると、あれっと言いたげに、

「知らんかったっけ?父上は、母上の事を一目惚れやったんで?で、身分は違うけどって、安用やすもち様に縁を取り持って貰ったって」

初耳である。

「それに、本物の鶴姫つるひめの母上の妙林みょうりん様は父上の従妹」
「あ、そうか……鶴姫のお母さんは女中やったって……」
「でも、その頃には奥方さまもおられんかったと思う。妙林様はもうお亡くなりやし……」
「ふーん……で、安成君は、その顔でモテんかったと……」

 残念そうに言うと、ニッコリと安成は笑う。

「遊亀が来るのを待ちよったんや。待った甲斐があったわ」
「なっ!」

 一気に顔が上気する。

「何いよんよ‼こんなん待ってどうすんで‼」
「遊亀やけん待ちよったんや。安心し」
「って、何しよんの‼」

 遊亀の膝に頭をのせる。
 そしてまだ膨らみのないお腹を撫でる。

「嬉しいなぁ……男の子やったらどうやろなぁ……息子に戦うことを……告げんといかんなる……辛いな」
「……それがこの時代や……女の子でも同じこと。うちが思うんは……安成くんが生きてくれること……それだけ……」
「それと俺は遊亀とこの子供……そのまた次の子供が元気に成長してくれるだけや……で、何作りよん?」
「ん?」

 楽しげな顔で、作っていたものを、廊下に転がす。
 ころころと転がすとチリチリン‼と鳴った。

「これは?」
「すごろくのサイコロ。柔らかい布で作ったけんね?子供に数字を教えるでしょ」
「で、これは?」
「え?えーと、くまとウサギ、かえるとお花、タヌキさんとワンちゃん、名前覚えるのにいいかなぁって。数字も着けているから、喜ぶかなぁって」

 柔らかな布に、別の布で作った絵柄をかがって作っている。
 これは……

「器用だし可愛いね。幾つか作って、あげるといいと思う」
「うん。もう、5つ作ってて、実はもっと作ったらさきちゃんの家にもあげようと思ってるの。綿を詰めているから柔らかいし、四角いから転がしても、遠くに行かないでしょ?それに数字じゃなくて、言葉も書いておくと言葉を覚えていいよね」
「時々遊亀がものすごく強いように思うわ……それに、そのチリンチリンって」
「鈴だよ。普通の鈴と違って、綿の間でも音がするように工夫されてるの。5つあったからお気に入りになったら嬉しいなぁって」

チマチマと丁寧に作ったものを見せる妻に、安成は微笑む……。

「ありがとう……遊亀はさすがに俺の嫁や」
「何いよんの」

 照れた顔を見せないようにそっぽを向く。

「……遊亀。前に聞いた水無月の出兵……鶴姫の代わりに俺が指揮を執ることになった」
「……‼安成君が……?」

 持っていた四角い布のおもちゃが転がる。
 鈴の音が響くのを聞きながら、安成は冷静に聞こえるように優しく告げる。

「遊亀。大丈夫や。俺は生きて戻る。やけん、お腹の子と、父上、母上とおるんや。えぇな?」
「……安成君」
「心配せんでええ。心配なんは俺や。船酔いしたらどないしよか」

 茶化す夫にプッと吹き出す。

「ツボやツボ。安成君忘れたんかね?」
「覚えとるわ。やけん……笑っとき」

 安成はお腹を撫でると、

「遊亀の正座もそろそろ限界や。休もうや」

起き上がった安成は、遊亀を抱き締め、奥に入っていった。

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