自転車が回転して、世界が変わった日

ノベルバユーザー173744

遊亀は頭のなかが真っ白になりました。

「落ち着かれては……?安舍様やすおくさま

 浪子なみこの一言に、安舍は、

「しかし……」
「あ、そうです。内々にお願いがあり、参りました。大祝職様おおほうりしょくさまにもお伝え願えないか……と思っております」

頭を下げる。

「何です?従姉上」
「さきはもうすでに2年、前の嫁ぎ先から離れております。離縁をお認め頂ければと思っております。そして、新しい夫の元にと……お願い致します」
「離縁、それは構わぬと思います。再婚先は……」
「前回は私どもが誤った嫁ぎ先を選んだ為に、苦しんだのです……今回はその失敗を犯さぬため、安舍様にお伺いを……」
「従姉上方は構わぬのか?」

 問いかけに浪子は、

「子を思う親の思いが、子を苦しめる結果に……これ以上辛い目には……」
「解った。で、他には?」
安成やすなりは何時まで経っても、嫁に孫を見せぬので……呼び、問いただしたのです。そうすると、好きな女人がいる。そう言いますので、相手は?と問いましたところ、そちらの鶴姫様だとのこと。様子を伺いに参りましたら、考え方も道理が通り、柔軟。賢く、この愚息に見る目があったと感心しております。出来ましたら……」
「……は?」

 遊亀ゆうきは、安舍と安成の視線に、自分を示し、

「これ……ちょっと待ったぁぁ‼ムリムリムリ‼帰ります‼即刻‼今すぐ‼サヨウナラ~‼」

逃げようとした遊亀の体を引き寄せ、

「逃がしません‼と言うことで、思う存分口説きます‼何でしたら、正式な婚礼前に、ややができた‼というふうでも結構です‼どっちがよろしいですか?」
「ぎゃぁぁぁ‼あ、兄上‼な、何か、何かいってるぅぅ‼セクハラ、変態発言‼助けて‼」

必死に表向きの兄に助けを求めるが、

「御免よ?真鶴まつる。兄さまも、これからさきを口説こうと思っていてね?頑張って」
「うそぉぉ‼助けて‼さきちゃぁぁん‼」
「えっと……頑張って下さい」
「わぁぁん、お母さん‼息子が息子さんが~‼」
「祝言の準備。楽しみだわぁぁ……」

周囲が固められたのを思い知った遊亀だった。



 祝言当日……遠い目をした花嫁姿の遊亀がいたのだった。

「うりゃぁぁ脱走……したいです」
「無理です。頑張りましょう」
「何でやねん‼さきちゃんは可愛いけんかまんけど、うちはおばちゃんやがね~‼うおりゃぁぁ、やっぱり、逃げる‼」

 着物の着方を覚えれば、脱ぎ方位はお手のものである。
 脱ごうとした遊亀を、引き寄せる。

「はいはい。その体力を夜まで温存しておいて下さいね」
「よ、夜……ぎゃぁぁぁ‼セクハラや~‼変態や‼」
「おらばんように。折角の祝言ですよ。久々に父も戻ってきたし……」
「……安成君のお父様、亀松かめまつって、本当に名前なんかね?」
「婿養子なんですよ。父が婿です。元々母が安舍様の従姉で、越智家の末娘だったんです。上にお兄さんがおられて、生まれてすぐ、結婚したばかりのお兄さんが亡くなったんです。で、他の兄弟は皆結婚するなり、婿に入るなりで、母が。で、父が決まったんですよ。元々船乗りですが知識が深く、勉強家でしたから皆、慕ってくれていましたが、目が見えなくなったんです。今は、船に乗る時のまとめ役ですね」
「目が悪い?」

 眼鏡は今日は取り上げられている為、よたよたとうっすらとぼやける視界を頼りに近づく。

「お父様、お母様……至らぬことがあるかと思いますが、今後ともよろしくお願い致します」

 深々と頭を下げる。

「……鶴姫様」
「いえ、遊亀ゆうきと申します。遊ぶ亀と書きます」
「わしと一緒や」

 笑う男は、がっしりとしているが、瞳が白い。

「……若年性白内障ですね」
「ん?何や?それは……」
「うーんと、簡単に言いますと、卵の白身に火を通すと白くなります。お父様や私たちの瞳には、卵の白身のようなものが入っているのです。ストレス……極度の緊張感とか、必死に頑張らないととかずっと考えたり、急に強い光にさらされて、目に疲れがたまったりするとか、それが重なっていくと、目に影響を与えて、目のなかの、黒い部分の中の白身のような部分が濁ってきて、その奥の目を見ると言う部分を隠してしまう……その状態です。いつ頃からそんなに酷くなったのですか?」
「いつ、か……?最近完全に見えんなった」
「……200年ほど前に、日本にも、この病に対処する手術が明の国を経由してあるのですが、多少……強引な方法で、安全性、後遺症の目の病等があるのです……私も詳しくなく……専門的な知識がないのですが……もしあったら……治せたかもしれません。済みません。それだけの知識がなくて……情けないです」

 唇を噛みしめる遊亀に、亀松はおや?とした顔をする。

「義理の父親や。気にせんでもよかろ?」
「よくありません‼義理でも、お父様とお母様は私の両親です‼」

 遊亀は食って掛かる。

「お父様は亀松……とお名前をお伺いしました。亀は私と同じ。『鶴は千年、亀は万年』と長寿を祈る為の名前です。松は一年中青々とした葉を繁らせる、祝福の木であり、松ヤニ、松明等の長い間用いられる素晴らしい木です。お父様に名前をつけられた方は、本当にお父様の為に考えられたのだと思います。それに、亀は、知っておられますか?」
「ん?」
「中国からもたらされた『陰陽五行説いんようごぎょうせつ』によると、北の方角に『玄武げんぶ』と言う聖獣がおります。北は不吉と言うのは誤りで、陰陽五行では水を示します。玄武と言う意味はご存じですか?」
「亀や」
「違います。『玄』は黒い。『武』は武器等と言いますが、本来は、二つの文字が重なっているのです。『ほこ』を『める』。玄武は誇り高い、戦いを止める強い意思を持った聖獣です。亀に、尾は蛇となっていますが、方角は北で、季節は冬……春を待つ為にじっと耐えると言う意味です。水の神でもあります」

 遊亀は義父に告げる。

「お父様は、とても素晴らしいお名前です。それに、一文字ですが一緒の名前で嬉しいです」
「……そんなことを言われたことはなかったわ……とろくさい亀や言うて……ようバカにされとった」
「うちも……私も同じです。どじで、馬鹿で……年子に兄弟はいるのですが、皆ある程度できるのに私だけ……体も強い方じゃなかったのに、頑固で負けず嫌いで……」

 苦笑する。

「でも、お父様はお名前の通り、どっしりとした強さと今まで努力して得た知恵があります。大丈夫です。きっとこの家は……父上と母上を中心として支えられるでしょう」
「……遊亀」

 見えない目で探る手を、安成が握らせる。

「……よう来てくれた。安成には勿体無い、でも、ワシの娘や。安成はまだ頼りない息子や。でも、あんたの傍におれば、きっと男になる。よろしゅう頼む‼」
「えっ!えと……越智家の嫁として恥ずかしくない生き方を‼お父様、お母様の自慢の娘として努力致します‼」



 最初、亀松は反対していた。
 武芸などはある程度身に付けているが、気の弱い息子が妻。
 しかも相手は鶴姫……。
 気は強く、それに越智家の分家であるが、勢力のないこの家に嫁いでもどうすればいいのだ。
 それでなくとも息子は大人しい。

 しかし、妻が是非にと行ったと告げられ驚き、今日の祝言ではこの言葉……。
 嬉しいやら、涙が出てくる。

「いい娘を……迎えた。良かった……」
「まぁ……あの子が、遊亀さんに釣り合うかですわ」
「……まぁ、今日は祝おうやないか……」

 亀松は、ぐいっと酒をあおったのだった。

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