自転車が回転して、世界が変わった日

ノベルバユーザー173744

遊亀の怪我は思ったよりもひどかったのでした。

 薬師に、再び診て貰った遊亀ゆうきは、腕の痛み以外にあった違和感を薬師くすしに説明する。

「あの……足の甲が、ずきずきしています。普通に打ったのよりも痛いです。倒れた時に、何かバキッて……そんな感じがしました」
「どちらの足ですか?」
「こちらです」

 示すと、数ヵ所触る。

「いたたた‼」
「……ここも骨折ですね。腫れてますし……」
「ガーン‼骨が弱っている……もう三十路のせいですか‼」

 必死に訴える童顔の遊亀に、傍に控えていたさきと安成やすなりと3人が噴き出す。

「な、なぁぁー‼皆笑うけど、骨に必要な物ってあるんだよ~‼魚の骨とか‼」
「魚の骨?」
「そうそう。うちは魚好きやけど、大きな魚は独り暮らしやけん買わん。けど、ヤズとかな~。大好物やけんうて、半身は刺身。半身は、こってりやけんあっさりと醤油で煮付けや。生姜で、臭い消したらおいしいし。他にも~‼ホウタレイワシの骨なんか、網に干して、火で炙ってボリボリとか、魚はさばの味噌煮、醤油煮、いわしも~‼魚好きや~‼」
「……?」
「あ、違う違う。魚嫌いがおおいんよ。うちの回り。鯛は骨が多くて嫌い。他にも野菜嫌い、肉嫌い。我が儘いっとっても、意味ないのになぁ。折角、命をいただくんやから……ヤズや大きくなったハマチやぶりなんか身だけじゃなくあらを、大根と炊いて食べな……お魚さんに悪いわ」

 にっこり笑う。

「余ったら塩漬け。れ……むろがあって、その間は魚尽くしやけど、戴けるだけありがたい……って、イタイイタイ‼」
「足の固定です。ご注意を」

 再びぐるぐるまきにされた遊亀は、休ませられる。

「今度はちゃんと傍におりますので、ご安心下さい」
「えぇぇ~?安成君と?うーん。さきちゃんとがいいなぁ」
「我が儘言わないで下さい。大祝職様おおほうりしょくさま……お父上の安用やすもちさまと、上の兄上の安舍やすおくさまからのご命令です。体を休められますようにと」
「えっと……鶴姫のお父さんとお兄ちゃんか‼年は……近いんかな……」

 ビクビクしている遊亀に、

「いえ、安舍様は鶴姫様よりも17……程でしょうか、年が上ですわ。大祝職様は、もうすぐ職を辞されると」
「え?お年?」
「いえ……」
「酷いね。鶴は。父を年寄扱いするのかな?」

 姿を見せたのは、16、7の娘を持っているには、少々おじさまの男性と、三十路半ばの青年。

「大祝職様……」

 さきと安成が頭を下げる。

「大丈夫だったかな?」

 顔を寄せる安用。
 青い顔の女性。
 しかし、ニッコリと、

「大丈夫ですわ。父上。鶴は、負けません」
「強がりを。安舍、さき、安成以外は下がりなさい」
「はい」

医師たちも下がっていくと、

「本当に……安房やすふさは、女子のそなたにここまで……むごいことを……」

安用の声に、

「ありがとうございます。父上。でも……弱虫な……私が……情けないです。ご存知なのでしょう?父上も、兄上も」

遊亀は二人を見つめる。
 何かを全て拒絶され、奪い取られた……残骸。
 哀しげで淋しげで、虚しさと苦しみとに満ちていた。

「……本当の鶴姫は、強く父上に武術と兵法を習っていたと……。私はそんな力はありません。ただ……」

 涙が伝う。

「あるのは……中途半端です。学問も、裁縫も。武術は全くできません。ただ……私は、働いて、働いて……働いて得た物を、家にいれて、親に言われて借りたお金を返す為にバイト……幾つも仕事を掛け持ちして……離れた場所にあった仕事場に移動する為に、あちこちあの乗り物で移動して、食事のお店や市場のような所で売り子をして、必死に……生きてきただけです。兄弟たちには算術でお金の貸し借りをするお店に、大工と言った仕事を専門に……それもできない」

 涙を、さきがぬぐう。

「こんな私に、父上と兄上は……何をお望みですか?安成君やさきちゃんに聞いたと思いますが、私は本当の年は29です。兄上とさほど変わられていないのではありませんか?」
「……では、鶴……確か、名前は……」
「遊亀、遊ぶ亀と書きます」
「では、遊亀」

 安用は頭を撫でる。

「そなたは見つけるが良い。何も出来ない、中途半端だと嘆くなら、楽しみなさい」
「まぁ、兄さんもいるから、気にせずにいなさい」
「……楽しむ……?」

 考え込む遊亀に、くすっと笑う。

「名前は遊んでいるのに生真面目な子だね。君は。ここにいて、皆といてご覧。それだけで良いと思うよ?」
「一緒にいて?」

 う~ん……

考えて、

「元気になったら着物の仕立てとか、手伝えることがあれば。お手伝いします……」

その一言に、ぷっと噴き出す。

「な、何ですか?」
「それじゃぁ『遊ぶ』じゃなくて『生真面目』だよ」

 クスクス笑う安舍は、

「亀みたいに日差しでのんびりまどろむ姿じゃないね。忙しなく動き回る鶴だ。今日から『真鶴まつる』とでも呼びましょうか、父上」
「それも良いね。表では『真鶴』と呼ぼう。良いかい?真鶴?ここの屋敷では遊亀。お前は私の娘。安舍の妹だよ。それなりに……元気になり次第努力をしなさい。聞いていたけれど、中途半端ではなく、出来ない子でもない。賢い子だ」



帰っていった二人を見送り……、

「……鶴姫、怒らないかな……?」

呟きつつ、目を閉じて眠り始めた遊亀に、さきと安成は、

「『真鶴』さま……」
「……『たてまつる』……という意味ですよね……」

目を伏せる。

「つまり……」

言葉を失う安成に、

「何を言っているのかなぁ?」
「安舍様‼」
「しー‼眠ってるんだから……」

嗜める。

「小さい声で。真鶴は、奉る意味だけれど、手出しをするなと言う牽制だよ。手出しをしてみろ。後ろには私と父がいるという意味。それに……」

 にやっと安舍は安成を見る。

「大丈夫かねぇ……安成?真鶴に『安成君』……お子さま扱いだよ?」
「安舍様‼」

 何でばれた‼

と言いたげに、振り返る。

「大丈夫?真鶴に振られたら、相手見つかるのかい?」
「安舍様‼」
「君の両親も、孫の顔はみたいだろうに……」
「諦めてます‼」
「それもそれで不憫だね……」

 心底不憫がられ、悔しげに言い返した。

「努力します‼」
「頼むよ。父も孫が見たいだろうからね」

 ニッと笑いながら、今度こそ去っていったのだった。 

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