自転車が回転して、世界が変わった日

ノベルバユーザー173744

遊亀は安成よりも先に帰って来ました。

安成やすなり君は素直やなぁ……」

 マウンテンバイクで戻りながら、呟く。

「本当に、大丈夫かなぁ?あれじゃぁ、騙されるぞ~?」

 クスクス笑いつつ、戻っていく。

 空は快晴……。

「あー、良いなぁ。そう言えば、うちはバイトにバイトに借金返済に……テディベアに……他に何かしよったかなぁ?いや、テディベアはかまんのよ。可愛いし。でもなぁ……そう言えば、皆、結婚しとるなぁ。そんなに良いもんかなぁ……」

 ウエディングドレスを着て、静かに振り返った友人。
 白打ち掛け姿で、幸せそうに微笑む別の友人の姿に憧れた。

「……けどなぁ……、借金がなぁ……」

 ため息をつく。
 自分の借金ではない。
 一応、友人の結婚式の為に県外にいったりもしたが、その分は、太っ腹な友人のご家族がホテルを手配してくれた。
 友人たちへのお包みも仕方がない。

 それよりも、実家の……。

「どうしようかなぁ……」
「何をしている」
「うおぉ‼男‼」

 自転車がよろめき、急ブレーキと足をつけた。

つる‼貴様‼又、そのような姿で何をしているんだ‼」

 近づいてきたと思うと、手を振り上げた。

 バン!

大きな音と共に頬が叩かれ、自転車共々倒れこんだ。

「貴様‼一応父の子供とはいえ、女中の娘の癖に、そのような恥ずかしい‼」
「キャァァァ‼い、いやぁぁぁ‼」
「五月蠅い‼」

 自転車を踏み、遊亀ゆうきを蹴りつける。

「言うことを聞けと、言っているだろう‼」
「痛い‼こ、怖……」
「黙れ‼返事をしろと、言っているだろう‼」
「痛い‼痛い‼止めて、やめてぇぇ‼」

 何度も何度も蹴りつける男に、悲鳴を聞き戻ってきた安成が、馬から降り駆けつける。

安房やすふささま‼な、何をされておられるのです‼」
「安成‼控えよ‼この私を誰と思っている」
「鶴姫様に何をされているのですか‼お止め下さい‼怪我が治ったばかりなのです‼」
「五月蠅い‼命令するな‼」

 もう一度蹴りつけようとする姿を、別の者が数人駆け寄る。

「安房様‼安房様が‼」
「お止め下さい‼安房様‼」
「安房様‼あちらに、あちらで安舍やすおく様が‼」

 近づいてくる一人の青年。

「安房。何をしている?」
「ちっ‼放せ‼」

 配下の腕を振り払い、歩き去る。

「鶴姫様!」
「や、安成君……わぁぁぁ‼」

 殴られ、蹴られ、ボロボロの遊亀はしがみつき泣きじゃくる。

「怖い‼怖いよ~‼わぁぁぁ……」
「すぐに、すぐに医者を……。医者を‼」

 抱き上げ、安舍に頭を下げる。

「安舍様。失礼いたします‼」
「……あの馬鹿者には、きつく言い聞かせる。鶴にはしっかりと……頼んだ」
「はっ!」

 立ち去る年下の青年の背中に、安舍は、

「……鶴も早く、嫁に行った方が良いのだがなぁ……」

呟きながら去っていった。



「わぁぁぁ……」

 激しく泣きじゃくる遊亀を部屋に運ぶ。

「どうしたのです‼」
「姉上‼」

 傷だらけの遊亀を休ませる。

「姉上‼傷を‼姫様が‼安房様に‼」
「何ですって⁉着替えして戴くわ‼出ていきなさい‼」
「いやぁぁ‼助けて‼助けてぇ‼」

 パニックを起こす遊亀を、集まってきた数人の女中が着替えさせる。
 そしてやった来た医師が薬で休ませ、傷の手当てをするのだが、

「何もここまで……むごいことを……」
「姫様は‼」
「殴られたのと、再び打ち身です……傷も……」
「い、いたぁぁい‼」

目を覚ました遊亀は、

「う、う、うわぁぁぁん、わぁぁぁん……誰か、誰か……」
「姫様‼」
「鶴姫‼」

顔を覗き込む。

「や、安成……君……っ、さきちゃ……」
「大丈夫ですわ‼共におります‼」
「申し訳ありません‼傍についておきながら‼」
「ううん、ううん……。ふえぇぇ……ごめんなさい……」

 怯えたように泣きじゃくる遊亀をなだめつつ、傷の手当てをする。
 すると、打ち身だけではなく、腕の骨折もあり……、

「しばらくお休み下さい。よろしいですな?」

と、棒で固定して、医師は去っていった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 すすり泣く遊亀に、

「もうお泣きにならないで下さい。大丈夫ですから……」
「もう離れませんので‼」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃないですよ……お休み下さい」

横たえ、よしよしと宥める。
 しばらくして……ゆっくり目を閉じた遊亀は、

「……ごめんなさい……」

と呟き、寝息が漏れ始めたのだった。



「……安房様に……」
「殴られて、蹴られて……動けないようでした。怖いと泣き叫び……」
「……きちんと傍について居て、差し上げましょう」
「はい」

 姉弟は頷いたのだった。

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