自転車が回転して、世界が変わった日

ノベルバユーザー173744

自転車に乗るときは傘はハンドルに引っ掛けないでください。

「ヤッバーい‼やばいよぉぉ‼遅刻遅刻‼」

 眼鏡を装着した遊亀ゆうきは叫びながら、弟からかっぱらった、スポーツブランドのバッグにポンポンと荷物をいれて財布と鍵、携帯をいれると、

「行ってきます~‼」

と叫び、マウンテンバイクに、借りていた傘を引っ掛け走り出した。
 そのマウンテンバイクはなけなしのバイト代で購入したもので、バイト先は、本来であれば自転車で20分先。
 しかし、9時までにはいればいいのだが、それより早く入らなければならない事情があった。

「もう~‼何で‼朝の掃除って3人でやってたじゃん‼なのに、めぐみちゃんは遅刻するし、どうして、先輩やめたのに、いれてくれんの~‼どうして11時からオバさん3人もいれるのさ‼ボケェェ‼」

 遊亀は叫ぶ。
が、こぐのは止めない。
 1分でも早く入って掃除と、10時から開店に間に合わせるのだ‼

 本当はママチャリもあるが、わざわざこれにしたのは、見本品販売で、原価は10万弱、それを、他の1台を購入することで、10000円にしてくれると言われたからである。
 6段階と、4段階……速度の変更も可能であり、その上ブレーキがよく利いた。

 家から、しばらくは線路も多く信号もあるが、途中から直線で、うまく走ることができれば信号に引っ掛からずに、最速12分で4キロ先のバイト先に行ける。
 時間との勝負‼

 いつもの時間通り線路で止まる。
 昨日は雨で、自転車を引っ張り、傘で帰った。
 バイト先に置き傘をしている為に、持っていくつもりである。
 折り畳みは小さいし……と、普通の傘を引っ掛けていた。

 遮断機が上がった。

「よっし‼」

 ペダルを踏んだ。
 すると、いつもと違う感覚にあれ?っとなった。
 視界が前転する……?後輪が浮いている……?
 ブレーキを踏むのを忘れ……宙に浮く遊亀の目に飛び込んできたものは、前輪に絡まった傘‼

「あ、あぁぁ‼」

 自転車が、前輪を支点に前に倒れる‼
 遊亀がそのまま前転、ついでに自転車が体の上に落ちてくる形である‼
 多分、地面に叩きつけられる‼

 その痛みよりも何よりも、遊亀が思ったのは、

「遅刻~‼」

だった。



 一瞬気を失ったのか、ハッと我に帰る。

「あんな姿周囲に笑われる‼恥ずかしい~‼」

 叫びながら体を起こす。

「バッグ‼自転車‼どこ~‼って、アイッタァァァ‼」

 頭は打っていなかったようだが、背中と腰がうずく。
 短いデニムパンツだった為、弁慶の泣き所辺りは擦り傷である。

「あぁぁ、また、言われるんだろうなぁ……」
「何がです?」
「兄ちゃんらに『ばっかじゃないか』……言うて」

 バッグを探すが、まずは眼鏡を探す。
 中学校時代からの愛用眼鏡は、ボロボロでも見えればいいのだ。

「眼鏡は……どこ‼わぁん‼幾らかけて0,6でも、見えりゃぁいいのに‼買えないんだからぁぁぁ‼」

 体が痛いのと、見つからないため逆ギレである。

「眼鏡とはこれですか?」

 振り返る。
 奇跡的に無事だった眼鏡が、うっすらボヤけて宙に浮いている。

「あぁぁぁ‼あったぁぁ‼ありがとうございます‼」

 手に取ろうとすると、スッと引かれる。

「何するの~‼それがないと生活に支障が‼」

 遊亀は叫ぶ。
 遊亀はド近眼である。
 中学校までは一応1,5の視力だったのだが、二年生になると急に片方の目が0,8に落ち、もう片方が1,2、3月後には0,08と0,6に落ちた。
 そして、眼鏡になったのである。

「これはなんです?」
「眼鏡だよ‼見て解らないの?あたしは、目が悪くて、それがないと生活できないんだって‼返して~‼」
「……没収‼」
「何でぇぇ‼」
「いかに鶴姫つるひめがおてんばとはいえ、変なものを身に付けて出ていっては困ります‼」
「鶴姫ってなんやねん‼」

 つい関西弁バリバリで突っ込んだ。

大祝おおほうり鶴様。大山祇神社おおやまづみじんじゃ大祝職おおほうりしょく大祝安用おおほうりやすもち様のご息女。兄上に安舍やすおくさまと安房やすふさ様がいらっしゃいます」
「おおほうり……大山祇神社はわかる。大祝ってなん?」

 薄暗い中で、相手がため息をついたことにムッとする。

「馬鹿にしたな~‼一応、大山祇神社はわかっとるわ‼四国の、今治の大三島にある神社やろがね‼で、奉られとるんが、大山積神おおやまづみのかみ‼天孫のニニギノミコトの嫁の木花咲耶姫このはなさくやひめや、磐長姫いわながひめの父親‼元々は山の神だったけど、大三島の周囲は海で、海の神の一面を見せる……どうで?」
「ハイハイ、偉いですね~」
「めっちゃムカつく~‼うちをバカにすんなよ~‼おらぁぁ」

 背中は痛い、ジクジク痛むのは足の怪我、そして、多分腕も擦りむいている。
 だが、キッと睨み付け、

「1541年に確か安房って言うんが戦死するわ。その頃には父親から、長男が跡継いで……あぁ、大祝職の大祝かね……で、鶴姫って43年に死ぬわ。鶴姫伝説ばっかりおっとったけんな。うちはある程度出来るんや」
「1541年……?」

 怪訝そうな声に、

天文てんぶん10年や6月。大内氏と敵対したんやないか?次男の出陣や。で、戦死する。で、鶴姫が出陣するんや」
「なっ!」
「で10月にもな」

 イライラしていた、ジクジクと背中と言うよりも全身打撲に近い。
 その上眼鏡もなく、バカにされ……。

「ここはどこや‼言うてみい‼それに眼鏡返せ‼」

 怒鳴ると、男は首をすくめ、

「私は越智安成おちやすなりと申します。鶴姫」

と告げたのだった。

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