魔術屋のお戯れ
夏姫と携帯
翌日、店に行くと聖は笑っていた。
「昨日は無事帰れたかな?」
「……お陰様で。いつ気がついたの?」
「決定打は魔青が意味もない『お使い』に来たことかな? 紅蓮からもマンションと違う方向で夏姫と会ったと連絡が来ていたからね」
余計なことを。そう思ってしまったが、仕方ない。
「杏里と会っていたことも聞いたよ」
「ん。藤崎さんと個人的に連絡とってたんだって」
「そんなことを杏里も言っていたね。おそらくは『小児病基金』だろうね。
杏里が設立した、小児病患者に対する支援団体だ。小児病の入院手術、通院に関しての金銭的支援が目的だ。小児に対する行政の施策もあるから、だいぶ申し込みは少なくなったと聞いているよ。現在支援しているのは、通院にかかる長距離の交通費と海外での手術がメインらしいね」
臓器移植や骨髄移植等、日本では手術が少ない病気も多い。そういった場合渡米することが多く、それに伴う金銭負担というものは想像を絶する。そういった場合に、親の負担を少しでも軽くするためのものらしい。
「十年近く前に設立された基金だよ。……私も詳しく知らない。理事に桑乃木の院長と、君の主治医の武満が理事に名前を連ねているから、そのうち聞いてみるといい」
「興味ない」
「言うと思ったよ。で、今日の用事なんだけどね。今紅蓮の携帯を使っているんだって? 昨日のうちに四条院で契約をしたから、そちらの設定だよ。私も電話番号を聞いておけということらしいね」
「来週中って聞いてたんだけど」
「一応、今日が週初めだ。間違いではない」
ああ言えばこう言う。その言葉が聖にはよく似合う。
「私も機械にそこまで詳しくないから、紅蓮が持ってくることになってるよ」
「……あっそ」
またあの男と顔を合わせることになると思うと、かなり面倒だと夏姫は思った。
その面倒さは、嫌な意味で覆された。
葛葉がついて来たのだ。
「うふふふ。兄様に教えていただきましたの。それに夏姫さんとお会いするのに、私一人だと父や祖父が許してくれませんの。
でしたら婚約者である兄様と一緒に来てしまえと思った次第ですわ」
やっぱり、と思っただけで夏姫は預かっていた携帯を二人に差し出した。
「……そのあたりのお話聞こうともなさいませんのね」
「興味ない」
それに大企業だ。そういった話があってもおかしくない。
「ねぇ、兄様。どうやったら私に興味を持っていただけるのでしょう?」
「……葛葉。お前言い方が凄くいやらしい。一瞬百合かと思ったぞ」
「酷いですわ!」
紅蓮の言葉に葛葉が即座に返していたが、夏姫は紅蓮と同じ事を思っていたのだ。
だから、少し後退りしていたのも仕方ないと思って欲しいところではあった。
「……そのあたりはあとで二人で話し合え。さっさと済ますぞ」
携帯を受け取った紅蓮が、電池パックを取り出した。そして中から一枚のカードを取り出し、新しいカードを入れた。
「お前、今こういった携帯に個人情報の入ったSIMカードが入ってんのも知らんのか?」
使えれば問題ない、そう思っている夏姫にとってそんな情報はどうでもいい。
「夏姫さんの新しい番号教えてください!」
「その前にメアド設定だ」
ひょいっと夏姫に先ほど返した携帯が渡された。
十分後。
その間、夏姫はずっと携帯を見つめたままだった。そんな夏姫を周囲は見守っていたのだが……。
「お前、設定の仕方分からないなんて言わないよな?」
沈黙を破ったのは、紅蓮だった。
そうであって欲しい、そんな願望が含まれた紅蓮の声色を無視して、夏姫は頷いた。
「あぁぁぁぁ!! もういい! 俺が勝手に設定する!!」
切れた紅蓮が夏姫から携帯をひったくった。
「これでよし。葛葉、お前のも登録しておいたぞ」
紅蓮がそう言いながら、またもやなにやら作業を開始した。
「赤外線がついていない機種だからな。……面倒だがワンコールと空メールから登録してくれ」
「分かりましたわ! ……兄様のにも同時に送りましたのね」
「面倒だったからな。あとこの店の電話と……必要なのは他にあるか?」
「桑乃木総合病院の番号と、武満の番号も登録しておいてあげてくれ。どうせなら、杏里も入れておくと便利かもしれないね」
そこまで入れなくていいと思ってしまうが。
「どうせ君も知らない番号からの電話は取らない主義じゃないのかい?」
君もという言葉に、夏姫はうつむいた。聖が言っているのは十子のことだ。
「出来うることなら、紫苑やそれに連なる人物の番号を拒否させてあげたいところだが、仕事柄それは無理だからね。……必要に応じて、他の四条院家の人間とは番号を交換するといい」
「それにしても、この形状のSIM、まだありましたのね」
葛葉が重くなった空気を変えるべく、明るく話題をかえた。
「あぁ。数件余計に登録して使ってなかった分だな。……あってよかったよ」
紅蓮が心底安堵したように言う。
「携帯に関してだが、電池パックの交換や機種変更は特定の店を使ってくれ。一覧は後日渡す。あと、仕事でかけた電話は四条院もちだが、お前が個人でかけたもの……例えば桑乃木総合病院への予約日変更とか、葛葉との個人的連絡だな……、このあたりはお前に請求が行く。といっても、お前の給与からの差し引きだ。パケット代は一応こちらもち。質問は?」
使うつもりもないものに、そんなことを言われても仕方ないと思うのは夏姫だけなのだろうか。
操作方法は葛葉に聞けということで、その日の任務は終わった。
「昨日は無事帰れたかな?」
「……お陰様で。いつ気がついたの?」
「決定打は魔青が意味もない『お使い』に来たことかな? 紅蓮からもマンションと違う方向で夏姫と会ったと連絡が来ていたからね」
余計なことを。そう思ってしまったが、仕方ない。
「杏里と会っていたことも聞いたよ」
「ん。藤崎さんと個人的に連絡とってたんだって」
「そんなことを杏里も言っていたね。おそらくは『小児病基金』だろうね。
杏里が設立した、小児病患者に対する支援団体だ。小児病の入院手術、通院に関しての金銭的支援が目的だ。小児に対する行政の施策もあるから、だいぶ申し込みは少なくなったと聞いているよ。現在支援しているのは、通院にかかる長距離の交通費と海外での手術がメインらしいね」
臓器移植や骨髄移植等、日本では手術が少ない病気も多い。そういった場合渡米することが多く、それに伴う金銭負担というものは想像を絶する。そういった場合に、親の負担を少しでも軽くするためのものらしい。
「十年近く前に設立された基金だよ。……私も詳しく知らない。理事に桑乃木の院長と、君の主治医の武満が理事に名前を連ねているから、そのうち聞いてみるといい」
「興味ない」
「言うと思ったよ。で、今日の用事なんだけどね。今紅蓮の携帯を使っているんだって? 昨日のうちに四条院で契約をしたから、そちらの設定だよ。私も電話番号を聞いておけということらしいね」
「来週中って聞いてたんだけど」
「一応、今日が週初めだ。間違いではない」
ああ言えばこう言う。その言葉が聖にはよく似合う。
「私も機械にそこまで詳しくないから、紅蓮が持ってくることになってるよ」
「……あっそ」
またあの男と顔を合わせることになると思うと、かなり面倒だと夏姫は思った。
その面倒さは、嫌な意味で覆された。
葛葉がついて来たのだ。
「うふふふ。兄様に教えていただきましたの。それに夏姫さんとお会いするのに、私一人だと父や祖父が許してくれませんの。
でしたら婚約者である兄様と一緒に来てしまえと思った次第ですわ」
やっぱり、と思っただけで夏姫は預かっていた携帯を二人に差し出した。
「……そのあたりのお話聞こうともなさいませんのね」
「興味ない」
それに大企業だ。そういった話があってもおかしくない。
「ねぇ、兄様。どうやったら私に興味を持っていただけるのでしょう?」
「……葛葉。お前言い方が凄くいやらしい。一瞬百合かと思ったぞ」
「酷いですわ!」
紅蓮の言葉に葛葉が即座に返していたが、夏姫は紅蓮と同じ事を思っていたのだ。
だから、少し後退りしていたのも仕方ないと思って欲しいところではあった。
「……そのあたりはあとで二人で話し合え。さっさと済ますぞ」
携帯を受け取った紅蓮が、電池パックを取り出した。そして中から一枚のカードを取り出し、新しいカードを入れた。
「お前、今こういった携帯に個人情報の入ったSIMカードが入ってんのも知らんのか?」
使えれば問題ない、そう思っている夏姫にとってそんな情報はどうでもいい。
「夏姫さんの新しい番号教えてください!」
「その前にメアド設定だ」
ひょいっと夏姫に先ほど返した携帯が渡された。
十分後。
その間、夏姫はずっと携帯を見つめたままだった。そんな夏姫を周囲は見守っていたのだが……。
「お前、設定の仕方分からないなんて言わないよな?」
沈黙を破ったのは、紅蓮だった。
そうであって欲しい、そんな願望が含まれた紅蓮の声色を無視して、夏姫は頷いた。
「あぁぁぁぁ!! もういい! 俺が勝手に設定する!!」
切れた紅蓮が夏姫から携帯をひったくった。
「これでよし。葛葉、お前のも登録しておいたぞ」
紅蓮がそう言いながら、またもやなにやら作業を開始した。
「赤外線がついていない機種だからな。……面倒だがワンコールと空メールから登録してくれ」
「分かりましたわ! ……兄様のにも同時に送りましたのね」
「面倒だったからな。あとこの店の電話と……必要なのは他にあるか?」
「桑乃木総合病院の番号と、武満の番号も登録しておいてあげてくれ。どうせなら、杏里も入れておくと便利かもしれないね」
そこまで入れなくていいと思ってしまうが。
「どうせ君も知らない番号からの電話は取らない主義じゃないのかい?」
君もという言葉に、夏姫はうつむいた。聖が言っているのは十子のことだ。
「出来うることなら、紫苑やそれに連なる人物の番号を拒否させてあげたいところだが、仕事柄それは無理だからね。……必要に応じて、他の四条院家の人間とは番号を交換するといい」
「それにしても、この形状のSIM、まだありましたのね」
葛葉が重くなった空気を変えるべく、明るく話題をかえた。
「あぁ。数件余計に登録して使ってなかった分だな。……あってよかったよ」
紅蓮が心底安堵したように言う。
「携帯に関してだが、電池パックの交換や機種変更は特定の店を使ってくれ。一覧は後日渡す。あと、仕事でかけた電話は四条院もちだが、お前が個人でかけたもの……例えば桑乃木総合病院への予約日変更とか、葛葉との個人的連絡だな……、このあたりはお前に請求が行く。といっても、お前の給与からの差し引きだ。パケット代は一応こちらもち。質問は?」
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