魔術屋のお戯れ

神無乃愛

最悪な出会い


 エレベーターであがっていけば、皆が集まっているであろう広間の入り口に立っていたのは、これまた見覚えのある短い黒髪と黒い瞳の背が高い男、黒龍こくりゅうである。
「嬢ちゃん、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
 当たり障りの無い挨拶の裏には何かある、直感で夏姫はそう思った。
「白銀の旦那、紫苑は既に我関せずになってたな。『好き勝手に使え』だとよ。あとは四条院八家しじょういんはっけ当主は全員そろい踏みだ。……問題は、まだ紅蓮ぐれん坊ちゃんが来てないことと、杏里あんりが来てることだな」
 四条院八家、それは京都に本家を構える四条院家を中心とした日本国内有数の企業の別称である。正確には「四条院コンツェルン」というグループ企業になっており、政治・経済界双方に大きな影響力を持っている。八家と呼ばれる家は四条院を中心に九条くじょう桑乃木くのぎ八陽はちよう東堂とうどう西宮にしのみや南原みなみはら北城ほうじょうの八つの家とその分家から成り立っている。
 ちなみに、黒龍はその四条院家に「協力」している、ヒトならざるものらしい。付け加えるなら、聖もヒトならざるものだとあっさり言われた。
 正直、夏姫にとってどうでもいいことだ。
 さきほどから一緒にいる女性も四条院家の女性であり、そのせいか口調は穏やかであるにもかかわらず、若干強引なところがある。
 そして、十子の甥っ子である紫苑も、四条院家の一員らしい。それが紫苑と夏姫の不協和音のもう一つの理由だ。
「そういえば、兄様と夏姫さんってお会いしたことありましたかしら?」
「……会って」
「一度しっかり顔を合わせているし、それ以外にも何度か会っているはずだ。葛葉心配は要らない」
 会っていないと言おうとした夏姫の言葉を聖が遮った。どこで会ったかなど記憶に無いのだが。
「君のその興味のなさは賞賛に値するよ。普通は覚えていると思うのだがね。……紫苑の顔まで忘れたと言われたら、私もどうしていいか考えるよ」
「忘れたいんだけどね、流石に最後に会ったのが一昨日だし、忘れようが無い」
 あれだけ言い争ったのだ、本当なら忘却したいくらいだが、出来なかった。


 そして、広間の中に入った。

 夏姫としては、皆同じ顔に見える。……というか、歳をとっているか、若いか、の違いで服装もほぼ同じ。どうやって見分けをつけろというのだ。
「この子が山村 夏姫だ。紹介は要らないだろう。特に四条院当主と紫苑。他には調書が回っているだろうからね。で、四条院家に関しては主要人物だけを紹介していくよ。右から四条院家当主とその息子で当主の補佐をしている青葉あおばだ。葛葉の父親でもある。そして東堂家……」
 四条院八家の当主とその補佐、もしくは次の当主と目されている人物だけを聖が紹介していく。
「で、北城家当主とその娘婿の紫苑」
 わざと聖が言ったのが分かった。紫苑と四条院家の関係性をことさら知らしめたいのだろう。
 勿論、夏姫は反応しなかった。

「これで主要人物の紹介は終わりだ。何か質問でもあるかな?」
「俺の紹介はしないわけ? 白銀の呪術師」
 奥でひっそりと待機していた男が、挑発的に言った。
「お前は四条院八家当主陣の近くにいるわけでは無いだろう?」
「一応、兄貴に言われて代理で来たんだけど?」
「それは聞いていなかったね。樹杏が本日来れないことと、紅蓮が遅れて来る連絡しかもらっていなかったからね」
「そうかい。じゃ、あんたを飛ばして自己紹介させてもらうさ。俺は四条院 杏里。一番の肩書きは中国地方の責任者だ。……まぁ、兄貴の名代とかしょっちゅうやっているけど」
 その言葉を受けて、夏姫は中年の男をまじまじと見つめた。陽気そうに見せて、どこか陰のある寂しい男だと思った。
「あんたには思いだしたくないかも知れないが、もう一つ言わせてもらうとあんたの『父親』代わりだった藤崎と、個人的につき合いがあった」
 出来れば、その言葉は言わないで欲しかった。また、あの優しい笑顔を思い出してしまう。
「待たせたな」
 重い空気になりかけた広間に、ドーベルマンのような男が入ってきた。
「念のため、もう一度紹介しておく。次の四条院家当主と呼ばれている男、紅蓮だ。おそらく四条院家の中で一番会っている樹杏の一人息子だ」
「で、その樹杏の実弟が俺ってわけ。分かった? 白銀の呪術師のお弟子さんよぉ」
 分かる気も無い、その言葉を夏姫は飲み込んだ。

 だが、間が悪かったとしか言えない。長い人物紹介に飽きていた夏姫は、既に己の計画のみを考えていた。
 病院へ寄って、そして携帯ショップに行って……。それが悪かったのだ。
 くいっと紅蓮が夏姫のあごを掴んだ。
「!!」
 葛葉も含めた周囲の人間が息を飲むのが分かった。
 紅蓮は、楽しそうに夏姫をじっと見つめてきた。

 こちらとしては珍獣じゃない、そう言いたかった。
 しかし、態度として出てきたのは、その手を振り払うことだった。

 周囲の空気が凍るのが分かった。
「用件は済んだ? 四条院家次期当主殿」
 にらみをきかせて夏姫が言う。だが、紅蓮と呼ばれた男は気にした風もなく、逆に楽しそうに笑っていた。
「これで今日の話は終わり?」
「……終わりだよ。あとの話にまだ混ざって欲しくないからね」
「だったら、帰る」
 幸いにも病院はここから近い。

 振り返ることなく、夏姫はその場をあとにした。

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