魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第一章――厄災の始まり――その五

 翌日、運よく土曜日だったため、そこで夏姫の制服を合わせるのだが。
「思ったより、似合わないね」
 似合うと思っていたのが不思議で仕方ない。
「髪を伸ばせば似合うかな? それまでどうしたものかな」
 聖がぼそりと呟いていた。それでも聖には「着せない」という選択肢はまったくないようで、こちらとしては「何の罰ゲームだ」と言いたくなってくる。
「言い忘れていたよ。ここにいる間は髪を切らないようにね」
「拷問の上乗せ?」
 この長さですらすでに鬱陶しく、前借して即座に髪を切りに行きたい気分だったのだ。軽く睨むように聖を見たが、涼しげな顔で続けてくる。
「髪には魔力が宿るからね。勝手に切られてそれを悪用されてしまうと厄介だよ。そろえるくらいなら構わない。何なら私がそろえてあげようか?」
「お断りします」
「髪を伸ばすことは了承、と。さて、それまでどうしたものか」
 変態に髪を触られたくないだけなのだが、勝手に解釈して話をすすめていく。
「マスタ、いいのあったよぉ♪」
 火に油を注ぐとはよく言ったものだ。魔青が見せたのはどこからか持ってきたウィッグ。これを被れということらしいが。

「却下」
「ふむ。魔青、いいものを見つけてきたね」
 二人が同時に真逆のことを口にした。
「やはりこの方が似合うね。これでいこう。拒否権はもちろんないよ?さて、今日、明日で服装とこの髪に慣れてもらわないとね」
「それだけは、拒否。土日ぐらいこんなひらひらしたものと邪魔くさい髪とはおさらばしたい」
「それは残念。今までのように動くと、とんでもないことになるか、男性陣を喜ばせるかのどちらかになりそうだから言ったのだがね」
 昨日のことを根に持っているらしい。あのあとも聖はセクハラ発言を続け、夏姫はぶち切れ、こともあろうにその場で蹴りをお見舞いしたのだ。つまりは、師匠を足蹴にしたわけで。
「自分は悪いと思ってないわけ?」
「どうしてだい? 私は思ったことを言っただけだよ。まぁ、昨日の動きを見る限り武術はたしなんでいるのかな?」
 あんなものでよく分かること。確かに、保護者である十子とおこの教えは「自分の身は自分で守れ」であり、そのために護身術程度には使えるようにはなっている。
「私が見た限り、君は武術をそこそこたしなんでいる。そして人と接するのは苦手。人見知りというのとは次元が違う。違うかい?」
「人のこと探って楽しい?」

 探るというよりはのぞくのか。
「探ってものぞいてもいないよ、先に言わせてもらうがね。今朝までの君の反応、それから話した内容から想像つけただけだ。一日くらい一緒にいれば、永く生きてたぶん見当はつくさ」
「……永くって、あんたいくつよ」
 どう見ても二十代後半の顔立ちだが。
「君には言えないな。君だって私に隠したいことはたくさんあるだろう?それと一緒だよ」
 言い方が引っかかったが、信用してもらうつもりも、信用する気も無い。
「君は素直だね」
 そう言って頭を撫でようとしていたが、思わずその手を振り払った。
「邪険にしないでくれ。私なりのスキンシップだ」
「そんなもの、イラナイ」
「理解を拒絶する言い方だね」

「うるさいっ!人の心の中にずけずけ入ってくんな!」
 反動で蹴り飛ばした。その瞬間、サファイが夏姫を羽交い絞めにした。
「サファイ、放しなさい」
 起き上がった聖がサファイをたしなめていた。
「短気なお嬢さんだ。まあ、今回は私の言い方も悪かったようだね」
 やれやれといった感じで聖が言う。
「お互い触れられたくない事がある。そういう事だ。私も気をつけよう。それでいいね?」
「……そうだね」
 そのほうが気楽だ。
「マスタ、だいじょぶ?」
 魔青が涙を浮かべて夏姫を見ていた。この成り行きに口が出せなかったらしい。
「何であんたが泣くの?」
「こあかったから」
「そりゃ悪かったわね」
 それを見て聖がくすくす笑い出す。
「あんた謝ってないんだけど?悪いとは思えないけど、こっち泣かせたのは事実だし」

 魔青を指差して言う。魔青には悪いと思ったのだ。しかし、こっちと言われた魔青は顔を背けてなおのこと泣きじゃくっていた。
「夏姫、魔青を名前で呼んであげなさい。誰だってこっち、なんて言われたくないはずだ」
「一ヶ月だけなのに名前で呼びたくない」
「そういう問題じゃないもん!」
 いきなり魔青が叫ぶ。
「そういう問題じゃないんだもん。魔青はマスタの使い魔になったんだもん。だからマスタに名前で呼んでほしいんだもん」
 えぐえぐと泣く魔青を見て、夏姫は思わずため息をついた。こういう類の人間は個人的に嫌いだ。こいつもそういうタイプかと、つい思ってしまう。
「夏姫、君が名前で呼んであげれば結構簡単にかたがつくよ」
 聖が優しく言う。
「……名前、か」
 ぽつりと夏姫がつぶやく。
「夏姫?」
 少しだけ、魔青が羨ましい。そう夏姫は思う。
「……魔青。悪かったわね」
 ぶっきらぼうに夏姫が言う。すると魔青はにこりと夏姫を見て笑い、抱きついてきた。あまりにもお気楽すぎてあきれ果ててくる。ここまで単純な性格の人間と会った事がない。
「そういう設定で創ったからね。魔青は」
 いきなり聖が含み笑いをしながら話す。そういう設定って……。夏姫の頭の中で謎が謎を呼ぶ。
「あぁ、だから、魔青は私が創った『使い魔』だ。もちろんサファイもだけれど。創る時に性格の設定をね」
「……こういう風にした、と」
「まぁね。サファイは何事もそつなくこなすタイプ。魔青は、喜怒哀楽を表に出しやすいどじっ子だよ」
 なんだその設定は。
 聖の話を要約すると最初にサファイを創ったものの、なんでもそつなくこなされるので、つまらなくなり、面白味が欲しくて魔青を創ったということらしい。おかげで退屈しないですんでいる、と言うのが聖の弁である。
「……そしたら、こんな風になったと」
「まぁ、そういう事だね。もっとも必要になったから創ったというのもあるがね。あともう少しいるが、現状としては使えない。だからここにいるのは二体だけだよ」
「……そこまで聞いてないけど?」
 呆れ果てて夏姫が言う。
「知っておいた方がいいと思ってね」
 不敵な笑いを浮かべながら聖が言う。そして夏姫の頭の上に手をかざし呪文を唱える。
「ちょ……何?」
「孫悟空の金剛圏こんごうけん、なんてね」
「何でよ」
「魔青に対する態度もだけど、師である私に対する態度も問題ありだからね」
「何て呼べばいいわけ?」
「冗談だ。ウィッグが動かないように固定しただけだ。私は呼び捨てでいい」
 くすくすと笑いながら聖が言う。

「……変なやつ」
「変で結構。それにね……。いや、やめておこう」
 何かを言おうとして止めた聖を一瞥して、詮索はしない。すでに暗黙のルールとなった。
「っていうかさ、外れないんだけど?」
 ウィッグを外そうと頭に手をやったが、外れない。
「さっき外れないように固定したって言っただろう。聞いていたのか? それにもったいない。せっかく可愛くなったのに」
 思わず顔を赤くして聖を見る。当の聖は楽しそうに笑って夏姫を見ていた。
「その様子だと、あまり言われた事はないようだね」
「……この身長じゃ、言う人いないと思うけど?」
「どうだろうね。私は言ったわけだし」
「でも、二人ともおっきいから、並んでると凄くお似合いだと思うよぉ」

 さらりと魔青が言う。聖も確かに大きい。夏姫と並んでも頭一つくらい違う、本当にそう思ったのだろうが、当然夏姫には聞き逃す事ができるわけがなく、速攻で魔青を叩いた。
「マスタ、痛いよぅ」
「あんたは余計な事言い過ぎ」
「魔青を照れ隠しで叩くな」
 聖が楽しそうにたしなめてきた。
「誰が照れ隠しだ!!」
 そう言い、夏姫は聖に蹴りをお見舞いしようとしたのだが、今回は予測できたのか、聖に蹴り上げた足を抑えられた。
「まったく、懲りないお嬢さんだ。何度言えば分かる?」
「! 放せ!!」

 そう言われ、聖はためらいもなくその手を放した。あまりにも自然に放され、夏姫は思わずバランスを崩して倒れこんだ。
「全く。やはりしばらくはその格好でいてもらった方がいいようだね。でないと本当にすごい事になりそうだ。
それから君がそういう態度で臨むなら私にも接する対応というものがある。いいね?」
 やや厳しい視線で夏姫を睨んできた。その視線に耐えられずに俯く。悔しかった。しかも座り込んだ夏姫の目の前にしゃがみ、にこりと笑ってはだけてしまったスカートの裾を直して、気をつけなさいと忠告
までする。できた人だと思えばいいのか、ただの変態か……紙一重な感じがしてしまう。


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