魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第一章――厄災の始まり――その十三

 夏姫が出て行くのを見計らって、黒龍が聖に向き直る。
「ほれ、樹杏からの報告書」
 現四条院当主の娘婿にして、次期当主紅蓮の父親、そして四条院内部にて情報屋として名高い男の名前を黒龍が出してきた。

 相変わらず早い仕事だ。情報に関してはこちらとしても舌を巻くしかない。
「ただ、暫定なんだそうだ。嬢ちゃんの事は分からないことが多すぎるんだと。お前さんだって分からないことがあるんだ、樹杏に文句はつけんなや」
「つけるつもりはないよ。驚きはしたが」
「それ以上に、紫苑と知り合いだって事のほうが、樹杏も俺も驚いたが」
 ぱらぱらとめくる手が思わず止まった。

「ただ、お前さんの言う通り、祖父江の人間じゃあねぇ。嬢ちゃんの養母が祖父江の人間、紫苑の母親の末妹だそうだ」
 もしかすると、夏姫が頼るはずだった人間は紫苑なのか?
「ただ、紫苑は無関係だと言ってのけてたな。嬢ちゃんが小学生のころに一、二度預かった事があるくらいの面識だそうだ」
 書類の中に田舎から出てきた理由まで明記されている。とすると、分からないのは夏姫の出生だろう。
「これくらい分かれば問題ない。あとはそのうちで十分だし、ちょっと煽れば紫苑自らこちらに出向くだろうしね」
 紫苑を信用したためしはない。四条院自体そこまで信用していないが、紫苑を含む「数名」は特にだ。
「どうせ、お前のことだ。サンジェルマンあの男の目的も知りたいんだろう?」
「当然だろうさ。嬢ちゃんをただ『守れ』と言うのは都合がよすぎる」
 黒龍の言葉は裏表がない。それが聖には気楽でいい。
「あの男は、私よりも術師として上だと言いたいんだろう。その行為自体、身の程を知らないといいたくなるよ。それから延命えんめい錬金術れんきんじゅつに使うための私の血だ」
「お前さんの、血?」
 黒龍の驚愕した顔、それだけで事の重さが分かる。聖にとっては以前よりちょくちょくあったため、慣れてしまっていたのだが。
「馬鹿な男だ。まぁ、その知識は評価できるがね」
 そう言って笑う。

「それから守りに俺を指定した理由は?」
 守りに向いていない黒龍、それは黒龍も聖もよく知っている。
「守りは必要ない。夏姫に魔青を預けているから、完璧だ」
 そう、創る時にきちんとその辺りは気を使った。サファイは攻撃特化型、魔青は守りの特化型。つまりこれ以上の守りは必要ない。
「ただ守るだけではつまらないのでね。きちんとお返しをしないと」
「なるほど。それで俺か。遠慮は要らねぇんだな」
 確認を取るかのように黒龍が言う。
「無論」
 それを聞き、黒龍が鼻で笑う。遠慮は要らないならばそれでいい、顔が物語っていた。



「こんなに忙しい時期でなかったら、大人しく血くらいやってもいいものを」
 その言葉は誰にも聞かれることはなかった。


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