魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第二章――懐かしいヒトと言葉――その一

 夏姫は翌日から、聖の指示通りに動いていく。店番と魔術の基礎知識、それだけを詰め込まれる。確認のため一度だけ家族構成を聞かれた。
「間違いではないようだね……隠し事もしているようだが」
 心を読まない主義だとはいうものの、「隠し事」という言葉が引っかかる。触れられたくない部分、それを暗に示せば聖はおとなしく引き下がった。


 ここで働いてから、すでに数日経過していた。夏姫の無愛想さと黒龍の愛想のよさは定評で、女性のほとんどが黒龍に接客を頼んでくる。大変にありがたい状況なのだ。
「あいつは万能型なんだよ。まぁ、あいつくらいの術者なら俺が知るだけでもそれなりにいるが、二種類の呪術を使い分けているのはあいつだけだな。今回俺も初めて知ったんだ、あいつがサンジェルマンって奴に魔術を師事していたってのは」

 客のいない時間に黒龍が言い出した。相槌を打つ気にもならない。
「俺は呪術は苦手な部類だ、武門の出だからな。ただ、武においてもあいつは一定の評価はあるぞ。そのせいだろうな、あいつに弟子入りしたいって輩はかなりいた。それでもあいつは一切弟子を取らなかった。『取る必要が無い』ってな。弟子探しに動いたのはここ数ヶ月の話、当主に伝えたのも三月の終わりくらいか」

「当主?」
「あぁ。四条院家のな。京都にあるこの家、名前くらい聞いたことがあるだろ?」
 ないほうがおかしい名前だ。何事にも興味のない夏姫だって聞いたことがある。
「術者の家としても有名だと覚えとけ。そっちの家も絡んでるから俺が出張って来てもおかしくない、世話になってるし。あいつは世話になってるっていうか、世話してる?そんな立場だ」
 そんな話を黒龍から聞いていたら、誰かが扉を開けた。
「紫苑」

 黒龍の言葉に、この人が紫苑か、そう夏姫は思った。
 十数年前に二度会っただけで、記憶はほとんどない。十子の甥っ子にして、預け先として了承をもらっていると十子が言っていた人物だ。

 ぱしん、紫苑は躊躇うことなく夏姫の頬を叩いた。
「何を考えている?……叔母さんが許したのか?」
 この男は相変わらずこちらの話を聞かない。小学生のころ、紫苑の元から戻るのが嫌だとごねた時も問答無用で帰したし、今回も最初からこれだ。思わず笑みが浮かんでくる。
「十子さんになら、電話した。聖も電話に出たし、十子さんもここにいろって言った」
「魔術屋だとしっかり伝えたのか?」
 それを伝えるのは夏姫の役目ではない。聖の役目だ。
「なら、俺から……叔母さんに全てを伝える。それでいいな?」
「……別に。言ったところで何も変わらないから」
 そう、何も変わらない。やはりこの男には話が通じない。お互いに牽制しあうように黙り込んだ。


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