魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第二章――懐かしいヒトと言葉――その十

 若干悶々としながら、夏姫は部屋にいた。

 理由は明白。藤崎である。色々なことを夏姫の目線で教えてくれたはずの藤崎は、もういない。それなのに、昔の優しい藤崎を思い出す。
 そして聖と自分……。お互いの「触れて欲しくない部分」にどっかりと藤崎がまたがってしまったことが、悶々とする理由となっていた。

 いきなり、がちゃりとドアが開いた。どうも鍵をかけ忘れていたらしい。だからといってノックもせずに入ってくる黒龍もどうかと思うが。
「……鍵開いてた」
 言い訳がましく言いつくろっても、頭にくるだけである。
「白銀の旦那が……見て来いって」
「……あっそ」
 どこまで馬鹿正直なんだか。
 先ほどまでとは違うため息が夏姫から思わず出た。
「明日、今日買ってきたものと薬を桑乃木の方で持ってきてくれるらしいぞ」
 すっかり忘れていた。貴重な給与の前借り、お釣り付きである。
「嬢ちゃんが怒るのを覚悟して言うが……俺、正直言うとあん時離れてった嬢ちゃん見て、やっぱなって思った」
 確かに聞きたくない。

「だいたいのヒトは俺らを見ると恐れる。恐れる方が普通だと思う」
 それが現実。聖のほうが目の当たりにしているだろうとまで言ってくる。
「嬢ちゃんは恐れないと言うが、本当にそれが通せるのか?」
「分からないものは断言しない。今のところ、怖いって感情はないから。それに、あの蛇みたいな男の方があんたたちより生理的に受け付けない。それだけ」
 ふと見ると、黒龍は笑っていた。
「初めてだった。『馬鹿馬鹿しい、帰るよ』なんて俺にむけて言われたのは。こっちには白銀の旦那ほどじゃないが永くいる。だけど、無条件に近い形で受け入れてもらったのは初めてなんだ」

「……受け売り。ヒトは自分の規格に合わないものを排除しようとするんだって。そして排除されたものが『人外』だったり『化け物』だったりするって。そうやって排除しようとするヒトが本当の『化け物』だって言われた」
 この言葉を教えてくれたのも、藤崎だった。嫌な受け売りだ。
「藤崎さんに対して遠慮はしなくていいって聖に伝えて。それと十子さんもそこまで心配する必要ないから」
「……嬢……ちゃん?」
「きっと十子さんに絶縁状叩きつけられると思う……紫苑さんから話がいったみたい」

 健康保険の前振込みの分は縁切りのためと思われるし、さっさと戸籍ごと移せと言わんばかりの行動だった。夏姫が失うものは何もない。
 今まで唯一固執していたものが、勝手に離れていったのだ。

 あとは話すことなど何もない、黒龍を追い出した。


「追い出されたか」
 出てきた黒龍を見て聖が笑う。
「盗み聞きかよ。
 まぁ、聞いてのとおり、かなり厄介だ。……病院でも感じたんだが、あんまり生に固執してねぇ。いつ死んでもいいとか言う馬鹿よりも、ある意味聡い」
 いつ死んでもいいとかほざく馬鹿に限って、死ぬ間際に生への固執をするものだが、それすらもないということか。
 それにしてもと聖は思う。十子の反応は不可解すぎる。あれだけ娘の心配をしていた者が、掌を返すように絶縁するものだろうか。

 しかしその理由は樹杏からの連絡で、すぐ分かった。四条院当主が夏姫の関わり先を十子に教えたと。十子は己の血脈のせいもあり、呪いどころか、占いも毛嫌いしている。夏姫にもきつく言い含めていたが、雇い先が「魔術屋」と知ってきっぱりと縁を切ろうとしていると。

 お馬鹿にもほどがある。あの時点で気がつかなくても、夏姫の言動からうちで雇用されることに乗り気ではないことぐらい分かっただろうに。
「私としてはやりやすくなったね」
 夏姫の潜在能力は未だ計り知れない。それを制約なく自由に使えるとは。
 黒龍を促し、夏姫の部屋の前から立ち去った。

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