魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第三章――影と揺らぎ――その五

「八陽元則。お前がここまで愚かだと思わなかった」
 冷たく見据え、聖が宣告する。
「あの日傘の仕込みは、もともとお前をあぶりだすために作らせたもの、どこかで役に立てばいい、その程度のものを……ここまで動いては誰も庇い立てなど出来やしない」
 なんとも網目の粗い罠に引っかかってくれたものだ。
「その日傘にきちんと私の依頼どおりのものが仕込まれていたなら、今回のようなことが起きた場合、自動的に呪術が発動し、あの店に戻ってくるようになっていたのだがね」
 中深くに仕込んだ呪符は、周囲の人間ごと店に戻ってくる。元則が関係していない場合やましいことがないため、きちんと仕込まれるはずだった。

 その瞬間、サンジェルマンは逃げるように去っていった。もちろん、元則も逃げようとしていた。だが、命令に従うはずの藤崎が叛き、そして夏姫に憑いていた妖魔が元則が逃げることを阻止したのだ。
「藤崎!」
「俺に、永遠の命をくれるのでしょう?そのために影を差し上げたのです。反故にされては困ります」
「永遠の命をやると言ったのはサンジェルマンだ!俺ではない!!」
「そのとおりです。でも影は俺の元にない。だとしたら時が止まるはず、ですよね」
 冷たく、藤崎が笑っていた。
「あなたの命令に従うためには永遠の命を保障していただかないと……そのためにはサンジェルマンさんがいないと……」

 夏姫が聖の方へ歩いてきた。
「で、どうすんの?」
「……君は今までの流れを気にしないのか?」
「だいたい見当ついたし。どうでもいいかな。藤崎さんが永遠の命を強く欲しがってるのはよく分かったし。
 できれば、あたし使って男を篭絡することを考えていたここにいる馬鹿を一発殴りたいんだけど」
 この空間に来て間もなく、元則が宣言していたらしい。
「君を使って篭絡?」
「馬鹿馬鹿しいことこの上ないけど……あたしを操れば男を篭絡できるんだって」
 自分にはそんな魅力がない、そう言わんばかりだった。
「元則は権力の中枢部にいる輩を全て夏姫で篭絡しようとしてたのかな?無理のない計画だとは思うが、篭絡したあとどうするつもりだったのだろうね」

 基本、四条院内部は直系に近ければ近いほど、四条院八家はっけやその分家以外を「外の者」と侮蔑するはずだが。無論、元則とて例外ではなく、侮辱してきたはずだ。
 夏姫を使って中枢部の篭絡という計画を現実にするには、意識改革から始めなくてはならず、十数年の時間が必要である。気の長い男である。

「本人に聞けば?影を盗られたらどうなるか楽しみだったのに」
「夏姫、殴っておいで。上手くいくと、影を盗ってもらえるよ?」
 その言葉にためらいもなく、夏姫は元則に向かっていった。

 豪快な音が聞こえ、盗られなかったという言葉が返ってきた。
「……あとは戻るとするか。影ふみの遊びなら、あとで葛葉とやりなさい」
 影ふみ遊び、その言葉は元則を激昂させるにはちょうどいい言葉である。
「きさまぁぁぁぁ!」
 聖は呪符を使いためらいもなく夏姫と戻った。


 店に戻ると、空間で起きたことの報告となる。
「あそこまでお馬鹿だとね、こちらもどうして良いか分からなくなるね」
「同感ですわね」
 聖が呟いた一言に葛葉がすぐさま返していた。

「今回完全に分かったことだから、君にも言うよ。四条院側の協力者の名前は八陽元則、先代八陽家当主の末子で齢は四十五。四条院家を中枢に考える『四条院八家』の人間だよ。ちなみに元則の長兄は八陽家当主、最近なったばかりだったかな」
「『四条院八家』と括られるのは、四条院、九条くじょう、桑乃木、東堂とうどう西宮にしのみや南原みなみはら北城ほうじょう、そして八陽の八家です。それぞれに分家はありますが、ここでは割愛させていただきますわね。それに付随するややこしい話ものちほどさせていただきます。
 元則はその八陽家の人間です。若くして『影使い』の称号を得るなど、能力は高かったようで、私の祖父である四条院当主やその当主の息子である、私の父などに一目置かれた存在です」
「その一目置かれた存在の人が、何でこんな馬鹿なことするわけ?」
「もともとそのチカラに比例して野心も強く、早くに称号が取れたことすら、当然という感覚が強い男だ。無論、次期四条院当主として名高い、紅蓮の補佐をすることすら己の中では当然と思うようなところがあった。ところが野心を満足させる仕事を紅蓮が与えない。だから元則は、そもそももっていた野心をサンジェルマンあの男に大きくさせられた」
 させられたって、自己責任じゃないかと夏姫は思うのだが。

「しっかし、紅蓮の坊ちゃんはどうするつもりかね。部下にここまでやられたら誰も庇いきれないと思うが」
「さてね。四条院家やその関係者には上手く元則が誤魔化すんじゃないかな?そんなに空間自体にも長居しなかったしね」
 誤魔化させるためにさっさと帰ってきたんじゃなかろうかと勘ぐってしまいたくなる。
「証言としても表向き、私と夏姫だ。口裏を合わせたとしか言われないだろうし。仕込み傘の件はしばらく秘匿にしておくよ。……それをいつ言われるかとびくびくする元則も見ものだし、気になることもあるのでね」
 聖はそこまで言って、じっと夏姫の足元を見つめてきた。
「それで、その妖魔はどうするつもりだい?」
 話の最中、ずっとじゃれつきつつも魔青と縄張り争いをしていた小型犬風の黒い妖魔がいた。


「どうって……どうするの?」
 その言葉に夏姫以外の三人が唖然とし、魔青は喜び、妖魔は不服そうに嘶いた。
「やっぱマスタには、魔青がいるからいいんだよね!」
 その瞬間、妖魔は魔青に噛み付こうとしていた。

「これは仮説だけどね、サンジェルマンあの男と妖魔との契約は切れている。そして、この妖魔は新しい主を君にしたいんだと思うよ」
 なぜそうなった。
「呪詛を解いたはずみでなったのか、君の『守り』が働いたのかは未だに謎だけどね。魔青とのやり取りを見る限り、それしか考えられない。おそらく名前を決めれば契約完了だよ」
「おっきいマスタのいじわる!マスタは魔青がいればいいの!」
 次の瞬間、聖は魔青を瓶に封じこめていた。
「魔青がいると話がややこやしくなる。どれだけ不満を漏らそうが私の意見はひとつ。この妖魔をどうす
るか決めるのは君ということだよ。君が不要と断定するのも私は止めない」
 不要と断定してしまうのは簡単なこと、それは夏姫が誰よりもよく知っている。
 気がついたら妖魔を抱きかかえていた。


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