オレハ、スマホヲテニイレタ

舘伝斗

2-2 ユウシャハ、カコヲノゾム

「では、"英雄級"ネロ。牽いては第一騎士団数名に加え新兵と勇者を連れ、神殿にて復活を予想された魔王エンペラーコングの討伐に向かいます。」

「うむ、吉報を待っているぞ。」

  ガロティス帝国、皇宮中層、謁見の間にて。
  ネロと第一騎士団の数名、新兵、そしてアキラが皇帝の前にひざまづいていた。


 エンペラーコング。
  ガロティス帝国北部に広がる広大な森林の奥地。
  人の手の入らない奥深くに生息するカイザーコングが魔王化した魔物。
  体調は5メートルを越える者も居り、その丸太のような6本の腕 から繰り出される攻撃は大きく地形を変えるほど。
  だがガロティス帝国では数年単位で発生する魔王。
  今回部隊を率いるネロが単独で圧倒できる程度であり、早期に討伐命令が神殿から出されるが危険度はあまり高くない。
  そのためよく兵士の対魔王戦の訓練に利用されている。


「では、皆の者、出るぞ!」

「「「おぉぉぉぉ!」」」

  ネロの号令と共に謁見の間の扉が開かれ、ガロティス帝国の大臣に見送られながら討伐隊は皇宮を出る。

「「「「「うぉぉぉぉぉお!」」」」」

「ネロ様ー!頑張ってぇー!」

「今回もみんな無事で帰ってきてくれよー。」

「勇者様もがんばれー!」

  皇宮から北門へと続く大通りは、討伐隊の見送りに来ている住民で溢れ返っていた。

「住民がこんなに・・・」

 ぽんっ

  住民のあまりの多さに気圧されたアキラの肩に横を歩くネロの手が優しく乗る。

「アキラ、魔王と対峙する前からそんな調子じゃ途中で倒れてしまいますよ。私が付いてます。少し肩の力を抜きなさい。」

  ネロの言葉にアキラは自分が固くなりすぎていることに気が付く。

「そうですね。何も俺1人で魔王と対峙する訳じゃないですもんね。ネロさんほどの実力者が付いているんだ。すー、はー。ありがとうございます。落ち着きました。」

  アキラはひとつ大きく深呼吸すると先ほどまでの弱気な顔ではなく、勇者らしく、力強い意思の籠った瞳で前を向く。

  その様子にもう大丈夫だと判断したネロは勇者の肩から手を離し、集まった住民へサービス精神を込めて手を振り返す。

悠斗ゆうと、君がこの世界にいるかどうかはわからない。もしかしたらもう一生会えないかもしれない。

 ・・・君に返すはずの恩をこの世界の人々に返すこと、悠斗ゆうとなら怒らないよな。」

  アキラはそう呟き、雲の無い澄んだ青空を見上げる。

「あの時は夕方だったけど、こんな綺麗な空だったな。」










  あれは小学5年の頃。

「おい、あきら。お前ニ組の美園みそのさんと仲が良いらしいな!」

「もしかして好きなのか?」

「そ、そんなんじゃいよ!」

  俺には幼馴染みがいた。
  名前は美園みその舞花まいか
  舞花まいかは父子家庭でこの頃から家事やら家の事を色々やっていたせいか、同級生の中でも落ち着きがあり、見た目も良いことから俺の通う小学校でアイドル的な存在だった。

  家が近所ということもあり、俺と舞花まいかは仲が良かった。
  だが、色気付き始めたこの頃、同級生たちは周りにからかわれることを恐れ、舞花まいかに近づかない代わりに近くにいる異性、つまり俺をよく標的に冷やかしてきた。
  その頃の俺も異性というものを意識し始めた頃であったため、同級生たちの言葉はとても恥ずかしかった。

  クラスメイトの男子2人に舞花まいかとの事をからかわれて以来、俺は舞花まいかを避けるようになった。
  朝、毎日舞花まいかが迎えに来る前に家を出て、学校帰りは舞花まいかが俺のいるクラスに来る前に学校を出る。
  そうして意図して舞花まいかを避けることで俺は男子たちからからかわられず、それでいて仲間はずれにされることもなく楽しく学校生活を送っていた。

  そう、あの日までは。
  あの日は確か、朝に緊急集会が開かれた。

「最近この辺りに不審者が出るらしいので、登下校の時は1人にならないようにしましょう。」

  先生の長い話の中、俺の記憶に残っている言葉はこれだけだ。
  不審者。
  この5年間で何度か集会やテレビで聞いた単語であり、実際に遭遇したことの無い、当時の俺からしたら架空の人物だ。
  この時も俺は深く考えなかった。
  俺は大丈夫。
  きちんと男友達・・・と登下校している。と。



  だが人生、油断している時が最も危ない。



  緊急集会の数日後、再び緊急集会が開かれた。
  生徒たちは前例の無い短期間で二度目という集会にグダグダ文句を垂れつつも大人しく集まった。
  その時俺はまだ、あるクラス・・・・・の雰囲気が暗いことに気がつかなかった。

「一部の生徒は知っていると思いますが、残念なお知らせがあります。」

  舞台の上に上がった校長先生が、開口一番こう言い放つ。
  俺はその言葉に嫌な胸騒ぎを感じた。

「この間の緊急集会で不審者のお話はしましたね?」

  俺の胸騒ぎは一層大きくなる。

「残念なことにうちの生徒から被害者が出ました。」

  俺は即座にある人物を探す。
  だがいくら見渡しても暗い雰囲気・・・・・の彼女のクラスメイトしか見当たらない。

「被害にあったのはニ組の、」

  言うな。
  それ以上は・・・

美園みその舞花まいかさんです。残念なことに彼女はもう学校には来れません。」

  もう学校には来れない・・・・? 

「それどころか卒業も出来なくなってしまいました。」

  それって、つまり。 

「仲の良かった人、二組の生徒たちは今日の放課後、彼女のお葬式・・・を行いますので授業が終わり次第校庭に集まってください。」

  そこからの記憶は無かった。
  いつの間にかその日の全ての授業が終わり、いつの間にか舞花まいかのお葬式が終わり、



  いつの間にか俺は学校に行かなくなっていた。





  このニュースは大きく取り上げられ、目撃情報も多数あった為、犯人はすぐさま特定された。
  だが警察が自宅に乗り込む頃にはそこはもぬけの殻。
  自宅近隣に警戒網を敷き、犯人として35歳、無職、後藤秀平ごとうしゅうへいは顔写真公開の上、全国に指名手配された。
  当時、後藤ごとう容疑者はすぐに見つかるだろうと世間の誰もが思っていた。
  理由は彼のその特徴的な三白眼と唇。
  兎唇としんと呼ばれる先天奇形(唇が兎の口のように小さく、上唇がつり上がっている)がある為発見は容易であろうとみんなが思っていた。
  結果は数ヵ月経っても目撃情報ひとつ無かった。
  世間は次第にこの話を忘れ、舞花まいかの父親は酒に溺れるようになった。
  俺は2年後にはショックから立ち直り中学校へと進学していた。
 その頃つるむようになったのが悠斗ゆうとだ。
  同じクラス、同じ部活に所属していた俺と悠斗ゆうとはすぐに意気投合。

  だが、俺は悠斗ゆうとと、いや、他の誰とも一定以上仲良くなることが出来なかった。
  トラウマ。
  誰かが俺に笑顔を向けると、ふと舞花まいかの笑顔がフラッシュバックする。
  それが怖くて俺は次第に心の壁を厚くしていった。
  そんな俺からクラスや部活のみんなは次第に距離を置くようになった。
  しかし、悠斗ゆうとだけは変わらず友達という距離に居続けた。



  舞花まいかが殺されてから、俺は登下校は常に1人だった。
  仲の良い友達といると舞花まいかがフラッシュバックするということもあるが、何より舞花まいかと同じように死にたかったのかもしれない。

  後から聞いた話だが、舞花まいかは俺が意図的に避けてから登下校は常に1人だったらしい。
  俺は男友達が居るから舞花まいかも女友達が居るだろう。という俺の勝手な思い込みのせいで舞花まいかは殺された。

  舞花まいかはクラスで浮いていたらしい。
  男子からはアイドル視され、登下校に誘えないのは勿論の事、女子からは男子にちやほやされている嫉妬から無視されていた。
  挙げ句の果てに、唯一仲の良かった俺にも無視される始末。
  その頃の舞花まいかの気持ちを考えると未だに胸が張り裂けそうになる。

  俺は道に転がっていた石を蹴りながら下校する。
  住宅地、河川敷、商店街、学校。
  景色がコロコロ変わる通学路は好きだった。
  同じ光景だと昔を思い出してしまうから。

 カツッ

「あっ。」

  考え事をしていると蹴っていた石が河川敷にある高架下へと落ちていく。
  俺は思わず高架下を覗き込む。

「ん?」

  石を探すため覗き込んだ高架。
  そこに広がる河川敷に何か違和感を感じる。
  いつもなら気のせいだと無視するところが、この日は「降りろ。調べろ。」と心の中で声が聞こえた気がする。

  俺はその声に従い高架を回り込んで下の河川敷へと降りる。

「なんだ、これ?」

  河川敷の違和感の正体。
  高架から見下ろすと平地に見えた河川敷に突如現れる人1人が通れるほどの洞窟の入り口のようなもの。
  上から見ると目の錯覚で見えなかった立体が河川敷に降りることで露となった。

 -後藤ごとう容疑者は美大・・卒業後企業に就職。ですが人間関係の悪化から直ぐに退職。-

  頭に不意に思い出す一時期何度も見たあの・・ニュース。

  何かに背を押されるように俺はその洞窟のようなものに踏み込む。

「うっ、何だこの臭い。」

  洞窟のようなものに踏み込んだ俺の鼻に襲いかかる、何かが腐った臭い。
  徐々に暗闇に目を慣らしながら奥へと進んでいく。

 ピンッ

 カランッカランッ

「っ!なんだ!?」

  突然の足に引っ掛かった糸が切れる感触とそれと同時に奥から鳴り響く乾いたものをぶつけたような音。

  少しの静寂の後、何も変化がないことを確認すると俺は再び歩を進める。
  その時、鳴子なるこの存在を知っていればそこで引き返しただろう。

 ジャリ、ジャリ

  中々最奥が見えない洞窟のような、いや、これは既に洞窟だろう。
  奥に進むにつれて強まる謎の腐臭。
  俺の頭には既に帰還の二文字はなかった。
  そこにあるのは中学生男子によくある好奇心。
  それと僅かな予感。

 ジャリ、ジャリ

 ガヅッ

「ぐっ。」

  俺の意識は後頭部に走る痛みと共にそこで途絶えた。





 ピチョン、ピチョン

「うっ、痛っ、何が起こったんだ?」

  天井から頬に落ちてくる雫。
  後頭部に走る鈍い痛み。
  全身に感じる地面の感触。

  どうやら俺は何かに頭をぶつけて気を失ったらしい。
  モゾモゾと起き上がろうとして、違和感に気づく。
  腕が縛られてる?
  それに明るい。

「ひひっ、よ、ようやく起きたか。」

  俺が状況を理解しようとしていると背後から聞こえてくる掠れた声。
  動きにくいが苦労して体を引っくり返すとそこには人影。
  逆光で顔は見えないが恐らく声からして男性だろうひょろ長い人影だった。

「ここは?」

「ひっ、こ、ここは俺のユートピア。だ、だけどお前にとってはディストピア。」

  人影は少し手を広げ、意味のわからないことを言う。

「ひひっ、わ、わからないならいい。そ、そこで大人しく順番をま、待ってろ。ひひっ。」

  そう言って人影は俺に近づいてくる。
  一歩近づく毎に男の顔に淡い光が当たる。

  服装は所々穴が開き、2年・・は洗っていなさそうなすでに服ではなく布と呼ぶにふさわしいぼろ切れ。
  顎には伸び放題な髭。
  頬は痩せこけ骨が浮き、唇は兎のように小さく・・・、上唇が持ち上がっている・・・・・・・・
  瞳は三白眼・・・

  あの頃と比べて姿は違うが顔のパーツが何度も写真で見たあいつ・・・を彷彿とさせる。

「っ!?後藤ごとう・・・」

「ひひっ、お、お前、俺を知ってるのか?ひっ、さては○○小学校出身だな。」

「っ!?」

「ひっ、その反応、当りか。ひひっ、俺の人生を狂わせたあの子・・・の知り合いか。」

後藤ごとうぉぉぉお!」

 どむっ

「ぐはっ。」

「ひっ、く、口には気を付けろ。こ、ここは俺の世界。じゃ、邪魔は来ない。た、助けは来ない。ひひっ。」

  後藤ごとうは俺の腹を蹴りあげると俺を跨ぎ、手を伸ばす。







 ━━━━━*ここからグロ、胸糞な展開です。嫌いな方は飛ばしてください。なお、読まなくても展開が分かるようにしています。どうしても詳細が知りたい方は自己責任でお読みください。*━━━━━



















 がしっ

「うっ。」

  第三者の呻き声に、俺な再び苦労して体勢を変える。
  するとそこには二十代くらいの若い女性が俺と同じように縛られていた。

「ひひっ、さ、さぁ、この子供に大人の世界というものをみ、見せてやろうよ。ひひっ。」

「や、めて。」

 がっ、ごっ、

「あ、ぐっ。」

  後藤ごとうは手から逃げ出そうと身じろぎした女性の顔を躊躇いなく二発殴り、女性は沈黙する。
  沈黙した女性を後藤ごとうは膝ほどの高さの平らな岩に押し倒すとその体にのし掛かる。

「ひひっ、よ、良く見てろ。こ、これが俺の世界の法律だ。ひひっ。」

 シャッ

「あぁぁぁぁ!」

  そういうと後藤ごとうは躊躇いなく手に持つ薄汚れたナイフで女性の腹を切りつける。

「あぁぁぁぁ!いたいっいたいっ!あああああ!」

「ひひっ、い、良い声だ。ひっ、ど、どうだ?き、綺麗だろう?こ、これが肝臓。」

 グチュッ

「あがっ、あ、ごっ。」

  後藤ごとうはそう言って女性の腹部の切り裂いた場所に手を突っ込み、大きい肉塊を取り出す。

 ぶしゃっ、ぴっ

  女性は痛みに仰け反り、その反動で血が周囲に散らばる。

 どちゃっ

「ひひっ、さ、酒の飲み過ぎだ。か、固いな。っ、次は胃。」

 ぐりゅっ、ぶちっ

「ぎゃぁぁぁぁ!お、がっ!」

  取り出した肝臓をひとしきり眺めたあと、地面に投げ捨て再び腹部に手を突っ込む。
  取り出したのは肝臓より小さい肉塊。

  後藤ごとうはその肉塊を切り開き中を確認する。

「ひっ、と、とうもろこし。こ、これはお肉かな?こ、これは葉っぱ。ひひっ、や、焼き肉帰りか?ど、どうだ?じ、自分の肝臓レバーミノが取り出されるき、気持ちは。
 つ、次は・・・」

  また腹部に手を突っ込むが今度は女性が声をあげることはなかった。

「ひひっ、し、死んだか。こ、これが小腸と大腸。ひひっ、こ、この女、べ、便秘だな。きったないのが、た、たまってる。ひひっ。も、もう終わりだな。ひっ。」

  次は俺だ。
  頭の中で人生最大の警鐘が鳴り響く。

「だ、だれかぁー!!!た、たすけてぇっー!!」

 ごっ

「んがっ!」

「ひっ、う、うるさい。い、言ったよね。た、助けは来ない。」

  助けを求めるため叫ぶと後藤ごとうの蹴りが顔目掛けて飛んでくる。
  先程の女性も顔が傷だらけだったことから叫んだのだろう。

  その事実に俺の頭は真っ白、にはならなかった。
  頭を埋め尽くすのは幼かった彼女・・のこと。

  舞花まいかはこの男に殺された。
  さっきの女の人みたいに生きたまま体を掻き回されて死んだ?
  それとも痛みもなく死ねた?
  死体は本当に無傷だった?
  服の下は?
  もしかしたら全ての臓器が無かったんじゃ?

  頭で舞花まいかとさっきの女性の姿が被る。
  泣き叫ぶ舞花まいかの腹部に手を突っ込み、掻き回し、愉悦に浸る後藤ごとう

  その光景を思い浮かべるだけで頭の恐怖は憎悪に置き換わる。

「ざけるな。ふざけるなっ!」

 ごっ

「ぐはっ、お前はっ、お前は舞花まいかも同じように!」

 がっ

「ごほっ、なんで舞花まいかを狙ったんだ!」

 ぼぐっ

「ごはっ!」

  俺の心の叫びに後藤ごとうは蹴りで答える。

「ひっ、こ、これは、ぎ、儀式。に、2年前は、こ、これをしなかった。ひひっ、だ、だからバレた。も、もう同じミスはしない。」

「ま、舞花まいかは切られてない?」

「ひひっ、あ、あの子は、で、溺死だ。あ、頭を押さえて、か、川に沈めた。ひひっ。楽しかったな。お、面白かったな。
 ひっ、ひひっ、ひぃーひっひっひ。」

 ブォン、ガヅッ

「ぐひっ!」

  狂ったように笑う後藤ごとうを背後から何者かが襲う。

あきらくん、大丈夫っ?」

  倒れた後藤ごとうの背後から現れたのは先が膨らんだ靴下を手に持つ悠斗ゆうとだった。




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