aile~偽りの暗殺者~

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aile~偽りの暗殺者~

まるで他国を截然と区切るように立ちはだかる城塞。一つの国を囲む高さ五十メートル程の壁は見るものを圧倒させる。
 
ここ『 フリーデン王国』に住む人々はそれを当たり前のように見遣りしている。この国は今日まで他国間のパワーバランスを保つ役割を担ってきた。

 そして、他国からは『平和の象徴』とまで称されるようになり、気付けば世界トップクラスの魔法国家となりつついる。
しかし、イノベーションが進む一方で、魔法使いの質が低下の一途をたどっていた。

 この国の王都『グリュック』では、この問題を解決するために若年層魔法使いの育成を目的として『都立魔法学園』を設立。学年よりも実力を重視する完全実力主義のもと行われている。


 そんな中、近年、この平和国家で反逆者フェアレーターと名乗る暗殺ギルドが動きを活発化させてきた。10人と少人数であるものの、選りすぐりのメンバーばかりが集まるギルドだ。

 グリュック屈指の名門ギルドと名高いパシフェストでさえ、捕らえる事は疎か誰一人素性が明らかにされていない。

 特に、ギルドマスターの『シオン』と呼ばれる男と並び、最も恐れられているメンバーがいた。
 白衣に包まれ、白い髪をなびかせた狐面の暗殺者。最早、華麗だとも評価される技術を持つ人物を人々はこう呼んだ____

  





_____幻想医『エイル』と






_____赤黒い鮮血が中を舞う。

 銀色に輝く剣先は次々に人の首を捉えた。

津々浦々の武器を手にした何十人もの男達は中央を見据える。中心には1人の少年がいた。白衣を纏い、狐面を被ったその少年が手に握るのはたった1つの短剣のみ。

圧倒的な戦力差。

ここにいる誰もがそう思っていた。しかし、そこにあったのは狐面の少年の独擅場。男達には最早、少年の剣筋すら見ることが出来なかった。

そのうちに1人、また1人と首が落とされていく。男達には戦う気力すら残されていない。もう、この勝負は決まった様なものだった。





気付けば少年以外の全員が地面へと伏していた。

真っ赤に染められた短剣を下ろし、あたり1面を見渡すと糸が切れるように尻餅をつく。地面に滴る血だまりや鉄の匂いなど、気にとめていない様子だった。それより、彼にとっては顔に纏わり付く湿っぽい感触の方が気になって仕方がなかった。

少年はその原因であろうそれを手際よく外し、新鮮な空気を求めるかのように顔を勢いよく上げた。




一言で言えば、その少年は白かった。真っ白な髪と肌。そして、幼さの抜けない顔立ち。これらが彼を印象づける。一目見れば無視も殺さぬ様な容姿だが、彼の冷めきった瞳が瞬時にそれを否定した。



乱れていた息を整え、疲労で重くなった腰を無理やり上げると__


……コツ…コツ


何処からか、足音が聴こえたような気がした。進めようとした足を止め、少年は振り返るがそこには誰もいない。先程の足音も聴こえなかった。
眉をひそめつつも特に気にすることなく正面を向いた。


「うわっ!!」


ところが、少年は甲高い声を上げ、さっきまで座っていた所へ大きく尻餅をついた。今まで、意識を向けていなかった赤黒い液体が白衣に染み込み、思わず顔をしかめた。そして、少年はその原因であろう1人の男をジト目で見る。

紫の髪を無造作に生やし、目元にはうっすらと隈が見える。

正直、頼りないようにも見えるが…と言うか実際頼りないが、戦闘になると打って変わって、その背中は誰よりも頼もしいものとなる。

それほどの実力を彼は持っていた。おそらく、ブーツの音も彼がしでかしたものだろう。素人目から見たら何が起こったかすら分からない。そんな技術に舌を巻きながらも、少年は口を開いた。


「ロキさん、ギルドホームにいるんじゃなかったの?」

ロキと呼ばれたその男は、髪をかきあげながら話した。

「あぁ、なんせ最後のメンバーの採用試験だからな。まぁ、実力は申し分無し。おめでとう。」


少年は抑揚のひとつもなくあっさり合格を告げられ、しっくり来ない様子だったが、そんなもんかと自分に言い聞かせた。

そうでもしなければ、これからやって行けないと少年の勘が告げている。

早くも、先が不安になっていく少年を他所に、ロキは話を続ける。


「まぁ、これでメンバーは全員揃った。この腐りきった国を俺達の手で変えていかなければならない。この国の未来のためにも……」
 

たった今、新米になったばかりの少年には、ロキが何を思っているのか分からなかった。しかし、その信念の込められた瞳が物語っているような気がしてならない。

だからこそ、その少年は”あの時”この男に着いてくと決心したのだ。


「何をしている?”エイル”、早く行くぞ。」


ロキの抑揚のない声が少年に呼びかける。少年はロキの呼びかけに答えるようにも、歩みを進めた。



この日の満月はいつもより光り輝いていた_______








「___る!エイル!!起きなさい!」


眠い………


誰だよ、こんな時間に……



「ちょっと、エイル!
全く…やっぱりエイルは私がいなきゃダメダメね。こんなので本当に、今日からの仕事出来るのかしら?そもそも、エイルは何時も何時も…………」



おい、誰だか知らんが聴こえてるぞ。ちゃっかり俺をdisるな。仮にも本人の前だぞ…
そう思っている内に何度か俺の肩を掴んで、揺らす女性。その声にどこか心当たりがあったが、強烈な睡魔がその思考を遮った。



「これでも起きないわね。こ、こうなったら……最終手段よ!」


何か覚悟を決めた様な声がするが、どうしたものか。まぁ、静かになるならそれでいい。これでようやく安眠がとれ____






ふにっ





突然俺の背中から、2つの柔らかい物が密着したのを感じた。
これはまさか!
もしかして…いや、もしかしなくても!?これも女性特有の”アレ”なのか!?

そんな動揺と俺の理性が脳内でフル回転する中、”例のもの”が背中に押し付けられながら、もぞもぞと動く。誘惑とも言える香りが鼻につくのが自分でも分かる。そして、やがて上へ動き出して___




「早く起きないとー、お姉さんがお・し・お・き・しちゃうぞ♪」




耳元で発せられた爆弾発言が俺の眠気を吹っ飛ばす。
この瞬間犯人が分かり、俺は羽織っていた布団ごとその女性をぶん投げた。
何か鈍い音がしたが、そんな事はどうでもいい。布団から飛び起きて、改めて女性の方を確認する。

予想通りというべきか、その女性は牡丹色の長い髪を腰までなびかせ、色っぽい雰囲気を醸し出していた。そして何故か服装は上半身の着崩れたワイシャツのみ、下は最早、俺に下着を見せつけている。大事な事なので二度言うが、見えるのではない、見せているのだ。その上、出るとこは出て、その上ウエストはしっかりと引き締まっている。傍から見れば、理想の体型そのものなのだろう。


「私を押し倒して、一体何をするつもりだったの?ふふっ、エイルって案外大胆なのね。まさか、あなたから襲ってくるとは……私は何時でもいいわよ。あなたのためなら___」



「てめーは朝から何やってんだよ!?起こすなら、もっとまともな起こし方で起こせ!!ってか、堂々と不法侵入してんじゃねー!ここ俺の家だからな!」


この性格がなければな!!

『フレイア』
反逆者の中では些か特殊な奴の1人だ。
戦闘力においては皆無に近いが、取引、情報収集や情報操作に長けている。仕事を始めるにはコイツがいなきゃ始まらない、と言っても過言では無い。個人的には、一々癪に障るこの性格をどうにかして欲しいがそこはご愛敬らしい。天才の性格は大体尖っている。そんなもんだろう。


俺は布団の下に忍び込ませていた短刀を取り出し、フレイアに向ける。例え仲間であれど警戒す。俺達がいる『裏』ではそれが当たり前なのだ。



「ったく、んで?お前は何でここにいるんだよ?」



「何って依頼に決まってるでしょう。ロキからの依頼よ。」



「マスターから?珍しいな。」


フレイアから渡される依頼書を見ると、確かにロキのサインが一番下に書かれている。


『ロキ』
俺達が所属する反逆者のギルドマスターだ。ついでに、俺の元師匠でもある。反逆者に所属したばかりの頃に、暗殺術について1から教わった相手だ。戦術、戦闘力共に申し分のない実力を持ち、酔狂人の集まりである俺達を牛耳ることの出来る唯一の男だと思う。



そして、かく言う俺は『エイル』と世の中では呼ばれている。




『エイル』
反逆者の存在を広めるために目立った活動をしている。いわゆる『広報活動担当』だ。また、反逆者では医者ドクターでもある。俺はあまり好きではないが、目立つ為に狐面を暗殺中は身につけているようにしている。自分で言うのも何だが、目つきの悪さと、何時も着ている白衣が特徴的らしい。




フレイアが作ったと思われるハムエッグを咀嚼しながら、依頼書の内容を確認する。フレイアが目の前で俺のことを面白そうに眺めているが、そんな事を一々気にしてはいられない。


依頼の内容は勿論、暗殺だ。記録式魔法石というもので撮られた暗殺対象は16歳位の少女。特に変わった経歴もなければ、貴族などの位でもない。


「特別な立ち位置にいるわけでもなければ、特に変わったところもない……ロキは何でこいつを暗殺するように言ったんだ?」


「次のページを見れば解るわ。」

フレイアがそう促したので、すかさず次のページを見る。しばらくその文を読んでいると、俺は口に運ぼうとしていた箸を止めた。



「成程な。」



「貴方にとっては最も憎たらしい子かも。ま、私には関係ないけど。依頼は来週からよ、今のうちに荷物を全部まとめといてね。」



「あぁ」と軽く流して、食事に集中しようとした____







___のだが、



「おい、ちょっと待て。」



「ん、何かしら?」


「荷物をまとめとけってどういう事だ?暗殺だからそんな大荷物要らないだろ?」



俺の密かな疑問に「あぁ、そういえば言ってなかったわね。」と1人納得した様子でいた。


「貴方、来週から都立魔法学園に編入して貰うわ。期限は三ヶ月。さっさとそんな仕事を終わらせて、私との甘いあま~い夜を____」



「ふざけんなよ……」



フレイアの告発に呟やかずにはいられなかった。勿論、二重の意味で…













そして、




「ほら、翼!何、ぼやっとしてるの?早く行かないと次の授業遅れるよ!!」



とある学園の廊下で手を差し出す1人の少女。黒髪のショートヘアーに三つ編みを施しているその少女は少年へと訴えかける。



「ごめんシャルロッテ。今行く!」


そう答えた白髪の少年は教科書をまとめ、少女の方へと走る。その様子はまるで俗に言う恋仲のようだ。



「もう!何時も、翼はマイペースなんだから!!」

「はは、返す言葉もございません…」


2人で軽口を叩きながら、早歩きで次の教室へと向かう。その際、食堂にある通信用魔法石ではニュースが報道されていた。


「先日、国務大臣のリート氏が何者かによって殺されたことがわかりました。その犯行手口から暗殺ギルド、反逆者フェアレーターによるものだと考えられ___」



「世の中も物騒になってきたね。」

シャルロッテはそう呟いた。一方、少年は終始無言だった。

「ねえ、シャルロッテ?」

「ん?呼んだ?」


急に低い声で呼ばれたシャルロッテは、少し戸惑いながらも少年へと返事をする。シャルロッテより前を歩いたため、少年の表情は読み取れない。だから、次の言葉をシャルロッテは少年が冗談で言っているのか分からなかった。ただ冗談だと思っていたかったのかもしれない。


「もし、俺が指名手配犯並に悪い奴だとしたら、シャルロッテはどうする?」


少し考えるとシャルロッテは答えた。

「そうねぇ、私は______」


キーンコーンカーンコーン


何の抑揚もない音魔法が2人の耳に届く。次の授業が始まるチャイムだ。それが意味する事はたった一つのみ。シャルロッテは顔を青ざめて少年の手を握った。


「もうそんな時間!?翼、走っていこう!」



「……あ、あぁ」


手で繋がれた2つの影は教室へと向かう。


「やっぱり、俺はお前を殺せないよ……」

そんな彼の告白は無慈悲にも空へと消えて行く。少年は僅かに残る期限を惜しんだ。それでも、たとえ期限タイムリミットが過ぎてしまったとしても。たとえ、あのギルドを裏切ることになろうとも。たとえ、いままでの思い出が幻想ゆめだったとしても____




_____それでも、俺は君を守る。





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コメント

  • ノベルバユーザー603850

    シャルロッテがちょっとシリアスで更に読み応えのあるものになっています。
    今まで知らなかったのがちょっと悔しいかも。

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