異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編

ノベルバユーザー202613

第38話 母の策略

侍女からレインがいなくなったと聞いた。
目の前が真っ暗になって倒れてそうだった。
いつもあの子は私に心配をかける。
今日だって本当は護衛の騎士を10人は付けて遊びに行かせるつもりだった。
だけどあの子にそれを言うと神速を使って逃げ出してしまう。
既にあの子に追いつける足の早さを持つ者はこの屋敷にはいない。

だからせめてレイン御付きの侍女だけは絶対に近くに置くように何度も何度も教えた。

だけど・・・だけどスクナちゃんを買った時の当たって欲しくない予想は当たってしまった。
あの子の命が危険にさらされている時、結局私達はあの子の側にはいなかった。
何て事だろう・・・
スクナちゃん達は年齢の割には確かに強い。
だが、所詮は年齢の割には、なのだ。
ましてや王女を攫うような盗賊達と戦えるわけがない。
だけど私の心配をよそにスクナちゃんが家に帰ってきた。
何でも盗賊を四人も倒し、王女の居場所を聞き出したらしい。
盗賊を倒した時の詳しい話を聞こうとした。

だけどあの子はその時の事を決して話そうとしなかった。
それはつまりレインが彼女に口止めを命令しているという事。
侍女とは違いこの子は例え私の命令であってもレインの方を優先するように他でもないこの私が教えたのだ。
この子はそれを非常に忠実に守っている。

レインからの信頼を守るためだ。
もし一度でもレインとの約束を破ったらその信頼がなくなってしまうかもしれない。
たまにあの子は妙に勘のいい時がある。
教えてもいない、誰にも見られていないと思っていたのに、何時の間にかあの子に知られていたりする。
レインは人を信用しない。信頼もしない。
目を見ればわかる。
そもそもあの子は私達と目を合わせようとしない。
何処か他人を見るような、そして遠慮をしている様な目で私達を見るのだ。

そんなあの子が奴隷を買ってきた。
即ち他人だ。
家族である私達さえ信頼しないレインが奴隷を連れてきたのだ。
彼は言った。
自分の側近が欲しいと。

これだと思った。
その後レインに聞いてみた。
1人しか買わないのか?と。
答えはもっと買う、だ。
これだ。これしかない。
スクナちゃんだけではなく他の奴隷も買う。
他人を信用しないレインを守る手はこれしかない。
優秀すぎるレインの弱点。それは知らない事はわからないだ。
あの子の知識は本の知識なのだ。
奴隷の正確な値段なんて本に書いてあるわけがない。
安くてもおかしくないと思わせればいいのだ。
早速私はあの子が奴隷を買った商人に会い,口裏合わせをした。
バレたら終わりの手だ。
慎重に慎重を重ねたやり取りをし、国を間に挟むほど遠方の地から非常に優秀な双子の兄弟を買い取り、それをレインに与えたお金とあの子がこっそり貯め続けている貯金を併せてもちょっと足りないくらいの値段設定にして奴隷商に渡した。
私に頼って貰うために。
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優秀なレインはすぐにその子達の優秀さに気付いた。
あの子が初めて頭を下げてお願いしたのだ。
「手持ちのお金ではちょっと足りなかったのでもう少し貸してください」と。
もちろん幾つかの条件を付けた。
そして彼らを連れて、家に帰ってきた彼は本当に嬉しそうな満面の笑みで私に抱きつき、ありがとうございます、とハニカミながら私に言った。

罪悪感はある。

だけど正直白状します。
嬉しくて泣きそうだった。
あの子が初めて私を見た気がした。
情けない母親だと自分でも思う。
こんな事でしかあの子に近寄れない。
レインに話しかけるために一定以上近寄ると聞こえるのだ。
それ以上近寄るな、僕に触ろうとするなという心の悲鳴が。
双子の兄弟を買った時それがなくなった。
初めてレインが私に近づき、私に触れた瞬間だった。

それからまた暫くあの子が少しずつお金を貯め、また奴隷を買いに行くと私に告げてきた。
もちろん根回しは済んでいる。
アイナという水魔法が使える白牙族という非常に稀有な体質を持つ女の子だ。
大金貨100枚という大枚をはたいて買った最高クラスの奴隷だ。
白牙族とは銀髪に紅い目をもつ獣人である。
その稀有な体質とは、15歳を過ぎた辺りから一時的にステータスが異常なほど伸びるというものだった。
白牙族はその異常さから迫害対象であり、そもそも滅多に市場には出回らない。
本にも書かれていないことだ。
あの子は絶対に知らない。
だから確信できた。
予想通りあの子は私が奴隷商に頼んでおいた白牙族を買ってきた。
高かったのだがあの子の命には替えられない。

暫く侍女にあの子を見張らして確信した。
レインはアイナちゃん達を信用していると。
侍女以上に彼女らを近くに置きたがるようになった。
やっとここまで来た。
心に鞭打ってまでここまでして来たのだ。

その積み重ねが崩れてしまうかもしれない。
今が私達とレインにとって一番大事な時期なのだ。
それが壊れた時、レインがどう考えるか全くわからない。

魔法書を禁止した時から何となくレインに近寄り辛くなった。
あの子の心の弱さゆえ私は魔法書を見せない理由を言えずにいた。
まるで世界は敵だといわんばかりの態度で怯え続けるのだ。
才能がないことを両親せいにする貴族の子供は偶にいる。
怯え続けたその結果、そうなってしまう事が何よりも恐ろしかった。

だけど最近は違う。
手に触っても怯えなくなった。抱きついても体を硬くしなくなった。
目を合わせると相変わらず目をそらすけどしっかりこちらを見ようとし始めた。
レインから私達に話しかけるようになった。
私達の距離がやっと縮まりつつある。
今を逃すわけにはいかないのだ。
だからそれ以上聞こうとはしない。
万が一を考えて。


王女誘拐事件が起きた時、私はすぐに勤めている兵にレインを外に出さないと命じた。
失策だ。
庭は外ではないと判断されてしまった。
案の定あの子はいなくなってしまった。
それから暫くしてスクナちゃんが来て、王女の居場所をあの子が突き止めた、と言った。
家に戻って来ていたロンドにまずはレインを最優先に戻らせるようにお願いした。
だが彼は笑ってこう答えた。
「流石は俺の息子だ。
約束はできない。
だが私はあいつを信用する」
と。

そしていつまでも帰ってこないと心配する私の元にロンドからの早馬が届いた。
何とあのレインが5歳とは思えない活躍をしたらしい。
なんでも王女殿下を救出するのに一役かったらしい。

ああ、あの子は本当に・・・。

レインの事をロンドと何度か相談した。
目をそらしたりする事を、だ。
正直気味が悪かった。
そこまでされるような事はなにもしていないのだから。
だけどロンドは全く気にしていないようだ。
理由を聞いたらこう答えた。

「天才、いやあいつの場合は鬼才だな。
そういうのは大抵あんな感じだからだよ。
グロリアスノアを初め、かのアルメリア王女だって異常なほどの偏食家だっただろう?
しかもこれは世に伝わっていない事だが週に一度は部屋にあるものを無茶苦茶にして壊しまくっていたんだ。
アルメリア王女をはるかに超える逸材であるあいつが小心者である事ぐらい気にするはずがないだろう?」

と言っていた。
そう、レインは鬼才だ。
これで魔法の才能さえあれば英雄と肩を並べられるほどに。

そして今回の事で理解した。
ロンドの言っていた事は正しかったのだと。

だけど!だけどあの子は英雄でない。
あれだけのMP量がありながら魔法が使えない。
英雄になり損なってしまったのだ。
だから危険な事にクビを突っ込んで欲しくないのだ。
英雄になり損ね早死にした人間の話は枚挙にいとまがないのだから。
それをレインに伝えた時、彼は悲しそうな顔で無理だと答えた。

ああ、これがこの子の決めた事なのね、とわかり倒れこみそうになりながら後でその事についてしっかりと話そうと決めた。
公爵領に帰ったらレインに魔法才能がない事を告げ、しっかりと英雄にはなれない事を伝えなければ。
もう遅すぎるけど最後のチャンスだと。
最近英雄の物語を見ているあの子に憧れで辞めさせるために。

そんな時だ。

「奥様!!レイン様が突然叫び出し、血を吐いて倒れられました!!」

そんな報告が来たのは。



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