超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

戦う理由

 
 『聖遺物』

 それは何か?
 ただただ、特殊なアイテムというわけではない。
 聖人の遺品————

 ――――あるいは聖人として認定された人物の遺体そのもの。

 人の遺体だ。

 つまり彼は? 神を名乗る彼は何者なのか?
 『聖遺物』の集合体。 聖人の遺体の集合体。 遺体をから生まれた人間。 
 ならば、彼は聖人なのだろうか?
 僕は素直に尋ねた。

 「君は聖人なのか?」 

 しかし、彼はクスッと小さく笑った。

 「不思議な質問だね。死んだ人間が蘇ったとして、それは死ぬ前と同一人物と言えるのだろうか? 聖人の遺体から作られた僕は聖人なのか? そして人間なのだろうか? それを答えられる人間がいるとしたら、それこそ神自身じゃないかね?」

 「……」と僕は言葉に詰まった。
 彼は、自分自身が人間なのか。それすら、わかっていないようだ。

 「君、名前は?」
 「トーア・サクラだ」
 「……サクラか。美しい花の名前だ。君に似合っている」
 「過去に、ある人から同じ事を言われた」

 彼は首を傾げたかと思うと―———

 「そうかい。その人の事、好きなのかい?」
 「——————ッッ!」

 僕の心情は驚き、そして躊躇。それから答え。

 「――――そうだね。僕は彼女の事が好きなんだろうね」
 「それは……願わくは、末永くお幸せに」

 「ありがとう」と僕は礼を言う。
 これで終わり。この後は―———

 「それじゃ戦おうか?」

 戦闘のお誘いを受けた。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 戦いが始まる。戦うための動機付けなどはない。
 現状、僕と彼が戦う理由はない。
 あるとすれば、たまたま男と男が出会った。 

 ————それだけだ。

 もしかすると僕らが戦わなければならない理由はあるのかもしれない。
 それを無意識に―———
 感覚的に察しているのかもしれない。

 戦闘中毒バトルジャンキー

 そう僕を呼んだのはドラゴンだったかな?
 ならば、これは中毒症状だろうか?
 それでいい。 僕の方がソレが動機でいい。
 僕が戦うための理由ならば、その程度で構わない。
 けれども、彼はどうなのだろうか?
 彼は戦いたいのだろうか? それとも、戦う事が使命だと感じているのだろうか?

 ————使命

 ここで戦う事が運命だと。
 運命というわけのわからないものに―———
 存在してるかわからない抽象的なものに流され、戦う。
 理由なき闘争。 
 しかし、それを良しと思っている自分も存在している。
 いや、僕の事はいい。 僕の事なんてどうでもいい。
 肝心なのは彼の方だ。

 「なぜ、僕たちは戦わなければならない?」

 今の葛藤が―———僕1人が勝手に迷い、悩んでいた感情は自然と口から飛び出した。
 彼の答えは————
 不思議な表情だった。

 むしろ、戦う事に理由が必要であり、それについて悩んでいる僕を理解できないもののように見てくる。
 やがて―———

 「理由付け、動機付け、戦うわけ。僕は生まれたばかりで、まだ虚無のような状態だから、そういう感情に乏しい。感情が薄いのに戦うのは、それは個人の意思ではないのだよ」

 そう言って彼は天を指差した。
 彼の姿は、まるで神聖な物を描いた絵画のようにも見える。

 「つまり、そこには大いなる意思があり、個人的感情は入り込めない。僕らは台本を演じる役者のように―———いや、話が壮大になり過ぎた」

 僕は首を横に振った。
 誤魔化されている。
 『聖遺物』から誕生した人間を前に、運命や使命———— まして、神を語るなんて―———
 それほどまでに戦いとは崇高なものだろうか?
 いや、その考えが既に雑念が入り過ぎている。

 運命? 使命? 神さま?

 それらは戦いの本質から目を背けるために汚れのようなもの。
 戦いとは―———

 ただ、殴る。

 それだけでいい。
 ――――否。
 それがいい。 

 だから―――

 「今から僕は、君と戦う。その前に君の名前を聞いていなかった」
 「これから戦う相手に、今さら自己紹介が必要なのかい?」
 「今は必要ないかもしれないが、戦いが終わった後に必要になる」
 「なぜ?」
 「他者に語る時、あるいは僕がこの戦いを思い出す時、君の事をアイツとか、コイツとか、表現したくない」
 「なるほど。君は案外、ロマンチストだね。僕には名前がない。だから、すぐに考える」

 彼は空を見上げると―———

 「これから、僕は自分の事をテンと呼ぶ事にしよう」
 「テン……。自分を天と呼ぶなんて、見た目と違って傲慢なんだな」

 彼は笑った。 僕も笑った。
 互いに笑い。 殴りかかっていく。


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