超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

仮初の世界の0

 
 「こうして、オレは人間ではなくなった。ある日、突然、平凡な少年が、力を手に入れた。これがオレの物語さ」

 カツシ少年―――いや、吸血鬼はそう言った。
 憂いを秘めた表情を笑いで隠し、どこか諦めを……
 そんな彼に僕が何をできるというのだろうか?

 「いや、サクラお兄ちゃんにもできる事はあるよ」

 吸血鬼はカツシ少年だった頃と同じ口調で言った。

 「この仮初の世界でオレを殺してくれ」
 「……」

 それは無意味な提案だった。カツシは吸血鬼本体ではない。
 僕と同じで、仮初の世界に閉じ込められた吸血鬼の魂のひとかけら。
 例え、ここで吸血鬼を殺しても、何も起こらない。何も起きない。
 けど、意味はある。 決着をつける事には意味だけはあるんだ。
 だから僕は……吸血鬼に向かって行った。 

 その戦いはフィジカルフィジカルの戦いではなかった。
 それはメンタルの戦いですらない。
 肉体を失った精神世界の戦いでは、体の疲労スタミナ痛みダメージも関係ない。
 精神的な摩耗も生じぬ、想像力イメージの戦い。
 技も力も関係なく、互いの存在を許容し、否定する。
 そんな矛盾の戦い。

 固めた拳が互いの頬を打ち抜く。
 両膝から力が抜けていく感覚。
 ……それは幻覚だ。

 状態を立ち直すと同時に返しの左を相手の顔面に叩き込む。
 起き上がった上半身が後方に反れていく衝撃。
 ……それも幻覚。

 アゴが下からのアッパーがかち上げられる。
 そのまま、仮初の意識も消え去っていく。
 相手も―――吸血鬼もトドメと言わんばかりに前に出て拳のラッシュを狙って来る。

 「おいおい、焦るなよ。勝負はこれからだぞ」

 僕は吸血鬼の頭部を掴み、相手の動きを束縛する。
 クリンチ―――ではない。 そのまま、足は大地が飛び上がり、片膝を吸血鬼の顔面を捕えた。
 そのまま、重力に―――有りもしない物理法則に従って背後に倒れていく。
 しかし、吸血鬼は立ちがってきた。 
 楽しいだろ?おもしろいだろ?
 願わくば、この時間が永延に続けばいいのに―――
 オレも――― 僕も――― 俺も―――
 混濁していく意識。
 体はまるで2匹の単細胞生物アメーバだ。
 あぁ、だめだ。それじゃだめだ。
 相手を理解して取り込んじゃダメなんだ。
 勝者は1人だけ。そして、それは僕でなければならない。
 1つの生物だった僕等は再び分かれて戦う。シンプルに拳と拳を武器に変えて。 

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 無限の戦い。
 限界だ。もう無理だ。
 そう思うたび、何かがめくれ落ちて力が湧いてくる。
 永遠に等しい時間。無限に等しい時間。
 けど、やがて―――
 終わりは訪れる。

 ドラマチックな終幕は訪れず、ただただ、疲労した―――
 心も体も精神も疲労したというイメージを叩き込まれ、立つ事すらおぼつかない。
 それでも―――

 勝ちたいと願う僕。
 負けたいと願うカツシ。

 両者の差は明白であり、この気持ちは拳に憑依し―――
 相手を打ち破った。

 

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