超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』
世界珍道中編 プロローグ
ざっ――― ざっ―――
ざっ――― ざっ―――
真夜中の海。 ほのかに漂っているのは潮の香り。
外から漏れる波の音は、まるで子守歌のように眠気を誘う。
静まり返った船の客室。乗客のほとんどは眠りにつき、起きている者は僅かなのだろう。
その客室の1つから不穏な話声が聞こえる。
「どうだ?ターゲットの様子は?」
そう言ったのは老人だ。―――いや、老兵と言った方が正しいだろう。
鎧などの装備を取っ払い、布の服を身につけているが、一般人と言うには無理がある。
いくつもの戦場を渡り歩いてきたのだろう。独特の雰囲気を身に纏っている。
「まるで、旅行気分だ。本当に旧王暗殺の容疑があるのか?」
そう答えたのは、30代ほどの男だ。
老人と同質の雰囲気を身につけている。
つまり―――
彼らの正体は軍人だ。
「見た目で侮るな」
老人は静かに言った。
「疑惑は兎も角、あの男は英雄の称号を手にしている。それに加え、悪名高いシュット学園の生徒だぞ」
「……シュット学園」
その言葉は、男に取っても意味ある物だったのか、ブルっと身震いしていた。
「し、しかし、ここは逃げ場のない船の中。目的地に付いてしまえばシュットの精鋭に取り囲まれるだけ、所詮は子供の逃亡劇に過ぎないでしょう」
老人はジロっと鋭い視線で男を睨みつけたが、その意見に否定するつもりはないのか、黙ったままだった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「……なんて、話してますよ。私たちを監視している人」
ドラゴンは両目を閉じて、耳の後ろに手を添えている。
老人と男の2人組。彼らを監視者だと気づいて、逆に彼らを監視していたのだ。
「それで?どうするの?お父さん?」
赤い少女―――ロウ・クリムが訪ねてきた。
その質問に僕は―――トーア・サクラは、こう答える。
「監視者の油断を衝く。一気に脱出だ!」
僕ら3人がいるのは船の甲板。
空を見上げると月に雲がかかっている。
「では、ではサクラさん、失礼します」
「……ん」と返事を返すとお姫様だっこの状態になった。
もちろん、持ち上げてるのは僕……ではなく、ドラゴンの方だ。
ドラゴンに持ち上げられてるのが僕だ。
「お父さん、私はどうすればいいのかな?かな?」
「ごめんだけど、短剣の姿になって、僕の鞘に収まってくれるかい?」
「ん~ OKだよ」と言うとロウ・クリムは短剣へと姿を変えた。
ふわりと浮遊しながら、僕が背中に装備している短剣の鞘に入った。
今、僕は短剣を持っていない。結局、例の城にクリムを侵入させるため、僕の短剣はシュット学園に置いて来て、そのままなのだ。たぶん、廃棄されているんだろうなぁ。
そんな事を考えていると……
「それでは、準備は良いですか?サクラさん?行きますよ!」
シュッワッチ!って、謎の掛け声と共にドラゴンはジャンプした。
……いや、ジャンプなんて優しいもんじゃない。
その上昇速度の恐ろしさに僕は悲鳴を噛み殺すので必死だった。
僕を抱きかかえているドラゴンは―――
「これはウルトラマンってよりもサイヤ人って感じですね~」
と、よくわからない事を言っているが、とても聞き返す余裕はない。
胃と言った内蔵物がスッーと下に下がっていくような感覚。
風圧を浴びる目には自分の意志と無関係に涙が溢れていく。
そして―――
あんなにも空高くに見えていたはずなのに―――
手の届く位置に雲が見え―――
そのまま雲を貫いた。
もう上空には、月や星々を遮る物はない。
下を見れば、雲の絨毯が敷き詰められている。
雲海って言うやつだろう。白い海が広がって見える。
嗚呼、こんなにも夜空は美しいものだったのか……
そう思ってしまった。
「では、再び失礼させていただき……へ~んし~ん!」
ドラゴンは掛け声と共に、姿を人間バージョンから、本来の姿へ―――
つまり、龍になった。
気がつくと、僕はドラゴンの背中に乗っている状態になっていた。
クリムも短剣バージョンから人間バージョンに変身して、僕の後ろに―――そして背中から抱き付くようにして座った。
「じゃ、ドラゴン、このまま逆方向へ。シュットを通り越して逆側の国に向かうとしよう」
僕の言葉にドラゴンは「は~い」と上機嫌な返事が返ってきた。
もしかしたら、長時間、人間の姿を維持しているとストレスを感じるのかもしれない。
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