超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』
英雄への勧め
「ふむふむ、となると私の立場も危ういかのう?」
僕は「え?」と聞き返した。
「何を驚く事がある?君は自ら意志で、『犯人』の証拠を掴むためにきたのであろう?」
僕は頷く。
「ならば、敵地に飛び込むには、安全対策は幾度も重ねている。そうではないのかな?」
僕は沈黙。
「ほっほっほ、私と君の戦力差―――レベルや熟練度といった数字的目安から想定すれば、2倍から3倍の差はある。もちろん、私が3倍の方で、君は『龍の足枷』を装備したものとする」
僕は素直に驚く。
確かに、僕はジッガ・ヤンの戦力を分析する事ができなかった。
目の前の老人が、文官という立場であるはずの老人が、そこまで強いとは思っていなかった。
そういう思い込み、あるいは見込みの甘さがあった。
そして、彼の―――ジッガ・ヤンの言葉は事実なのだろう。
僕の2~3倍強い。
それから、僕がそいう状況では打破できる安全対策を幾度と重ねてあると言う事も……
彼は、変わらず宙を見つめながら、背を反らし、コツコツと規則正しい足音をたて、室内を歩き回っている。
対して、僕は椅子に深く腰を掛けている。
戦いが始まれば、不利。
彼に気づかぬよう、足幅を広げ、僅かながらも腰を浮かせる。
「そう動きなさるな。始めるつもりか?」
「―――ッ!」
臨戦態勢への移行がばれる。
いつ始めってもおかくしくはない。警戒心は最大レベルへ引き上げる。
いつの間にか溢れた汗が頬を伝い、地面に落ちる。
しかし、この緊張感はすぐに消え失せた。
彼が笑みを浮かべたのだ。 朗らかなソレは戦いの雰囲気をかき消した。
それと同時に自身の感情がコントロールされている恐怖が芽生える。
再び警戒心を強める。だが、次の瞬間……
背筋が凍り付く。理由は、突然に向けられた殺意や強い敵意。激しい悪意。
もちろん、それらの感情を放つのは目の前の老人。
果たして―――
―――僕は勝てるのか?
しかし、彼の言葉は戦いへの否定だった。
「待ちたまえ。私は君と戦うつもりはないよ」
やれやれ、君は見た目と違って、実に好戦的だ。そう付け加えられた。
あまりにも白々しい言葉だった。 好戦的なのはそっちの方だと抗議の声をあげようと……
「……あっ!」
やられた。
僕は試されたのだ。
わざと剣呑な雰囲気を演出して、僕の手の内を探る。
そして、まんまとその手に乗った僕は、知らせてしまったのだ。
こちらには2~3倍の戦力に対する手段はあるという事を……
「そう焦らるな。まだ時間は十分にある」
そう言うと、ジッガ・ヤンは足を止め、椅子に座り直した。
まるで「ほら、これで対等だよ」と意思表示をしているみたいだった。
そして、話は続く。
「私は王に使える者だ。王に仇名す者を王に近づけるわけにはいかない」
「?」
いきなり、『王』という言葉が脈略もなく飛び出てきて、困惑する。
「私は選別者だよ。何を選別するのかって?
それは―――
生まれ落ちた日から絶対的な存在である『王』
その王と対等な存在がいる。 わかるかい?」
僕は首を横に振る。
「民衆から自然発生的に押し上げられた存在。
つまりは――――
『英雄』
私は王と英雄のみ、仕える準備がある。
つまり、この対話は一時審査みたいなもの。もちろん、最終判定は王が下すわけじゃが……
どうだい?君は王に仇名す者か、それとも英雄かな?」
彼の―――ジッガ・ヤンの言葉の意味。
それはつまり……僕が英雄として相応しいなら、情報提供の約束。
僕が正体を探る人物―――『犯人』の情報の提供。
裏を返せば、彼は『犯人』の正体に目星がついていると言う意味だが……
僕には選択肢は……ない。
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