超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

ラン家の婚活事情 その①

 まずは暗闇。
 そして、徐々に音も消えていく。
 鳥のさえずりも、風に揺れる木々のざわめきも消え―――
 僕の呼吸音を消えて――― 心臓の鼓動だけ耳に残る。
 やがて、鼓動音も消えて無音。

 地面は、僕の靴1つ分よりも狭い。僕は今、平均台の一本橋の上に立っているのだ。
 僅かな風でもバランスを崩しそうになる。
 そんな状態。つまり、目隠しをして平均台に立っている。
 なぜ? なぜって、それは――――

 トンって僕に腹部に何かが当たる。
 それを意識したと同時に体が動く。目前にいるはずの敵へ短剣を振るった。
 しかし、僕の攻撃は空を切る。大きく空振り。

 (馬鹿な!相手はどこにいる?)

 無意識に僕の腹部に触れている物を掴む。

 (これは……足?)

 その感触だけで相手の状態がわかる。
 敵は、こちら同様に目が見えていない。
 自分の足を大きく前に出して、こちらを探っていたのだ。
 そして、僕に触れた。相手がすぐに攻撃へ転じなかったのは、カウンター狙いのため。

 (大きく空振りした今……来る!)

 次の瞬間には衝撃。 側頭部への打撃を受け、脳が揺れる。
 一瞬のガードが間に合わなかったら、そのまま平均台から落ちて地面に叩き付けられていたはずだ。
 おそらく、敵の攻撃は蹴り。 僕が掴んだ足の反対―――片足で飛び上がり、そのまま蹴り込んできたのだろう。
 おそらくは、早々と決着をつけるためにリスキーな攻撃に打って出たのだ。

 「だったら、その賭けはアンタの負けだ!」

 敵は片足立ち。 もう一方の足は僕の腕の中。 そして、ここは平均台。

 このまま、左右に振ってやれば、僅かな力でも十分に落とせる。
 もちろん、僕は即座に実行に移す。しかし――――

 「う、動かない」

 まるで、まるで、根が張った樹木を掴んでいるかのように……
 微動だにしない。
 そして、相手―――奴は言う。

 「どうした?小僧。 笑えぬ非力さだな」

 声の主、ラン・サヲリが嘲笑う。

 「ぬぐぐっ!」と僕はサヲリさんを動かそうと力を込める。
 だが、動かない。

 「小僧、覚えておけ。力こそパワーだ!」

 首の後ろに圧力。 サヲリさんに掴まれた!? 伝わるのは圧倒的なパワー。 
 本来なら、平均台から落ちているだろう。しかし、サヲリさんの腕力によって落下による敗北を拒否される。そのまま、四つん這いの状態まで押さえつけられ……いや、急に首の圧力が消滅する。
 解放された?そう思ったのは一瞬。
 僕の胴体をサヲリさんは両手でロックする。

 「えっ?えっ?えっ? うわぁああああああああああああ!」

 急激な浮遊感と回転。 
 人間の脳は、体が不安定な状態になると平行な位置を保とうと動くらしい。
 今、自分の体勢がわかってしまうのは、脳の動きによるものかもしれない。
 僕は今……平均台の上でサヲリさんに体を持ち上げられ――――
 プロレス技で言うパワーボムの体勢になっている。

 ……いや!違う!?

 サヲリさんの両手が僕の腰を掴み、僕の体を高く持ち上げる。

 二段階式超高角度パワーボム ラストライド!

 「え?サ、サヲリさん?このまま、平均台の上から地面へ?雪崩式ラストライド?いや、死んじ……死死死死死……ぎゃあああああああああああああああ……」

 その後は記憶がない。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・


 「ぶあぁぁぁぁぁぁぁ!?」と僕は冷たい水を顔面に浴び去られ覚醒した。

 「ひ、酷い夢を見た」
 「そう、本当に夢だったよかったのにな!」

 目の前にヤカンを持ったサヲリさん。どうやら、夢ではなかったらしい。
 しかし、サヲリさんとの鍛錬は探索者としてより、むしろ曲芸師みたいなってきているなぁ……
 そんな僕の気のゆるみを見抜いたのか、サヲリさんはビシッと指を僕に向けて刺す。

 「今回の鍛錬。気になった所はあるか?」
 「気になった所?えっと……あっと……足を掴んだ時、どうやっても動かせなかった。あれはどうやって?」
 「ふっ、あれはラン家に伝わる秘術である。そう易々教える事はできぬわ」
 「……」

 そんな凄い技を鍛錬の組手で使うなよ。 それに「力こそパワー」って言ってなかったか?
 そう思ったが、ご満悦そうなサヲリさんにそれを口に出すほど命知らずではない。

 ドッドッドッ……

 「ん?なんの音だ?」

 変な音が聞こえてきた。

 ドッドッドッ……と最初は音。
 徐々に大地が揺れるような振動が加わり、そのまま音が近づいてい来る。
 音の正体は、一体?
 その答えをサヲリさんは呟いた。

 「これは……馬だ」

 

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