それはきっと、番外編。

些稚絃羽

ご挨拶というやつ(沙希)

「あー、緊張します……。」
「大丈夫だから。」
落ち着く様に背中を摩ってくれる竜胆さん。いや、貴斗。今日はね、名前で呼ぶ様に言われてるんだ。思わず「竜胆さん」が出そうになるけど気を付けなきゃ。
今日は遂に、貴斗の実家に行ってきます!


「おーう、純和風の素敵なお家ですね。」
「そうか?」
私の実家はマンションの1室だから、こういう一戸建ての家が羨ましい。家をぐるりと囲む白壁の塀。どっしりと構えた門。その向こうに見える大きな瓦屋根。平屋だけどかなりの大きさがありそう。外観がこれだけきちんとしていたら、中も相当凄そうだ。
「失礼します……。」
門扉を開けて入る貴斗に続いて恐る恐る入っていく。正面の玄関に続く飛び石の上を進む。両側には優しい色合いの芝が敷き詰められ、そこに聳える大樹が心地良い木陰を作っている。
気付けば足を止めていた私。前を行く貴斗がそんな私を振り返って、小さく微笑んで手を伸ばす。柔らかな光に照らされたその光景はまるで映画のワンシーンみたいで、ただただ見蕩れた。そしてその手を取ったら、何だかもうこの人しかいないなんてそんな事を考えた。

「ただいま。」
え、いきなりですか?何かこう、インターホンを押すとかそういうくだりはなしですか?気持ちを落ち着ける暇もなく玄関入っちゃってるんですけどー!!
そんな心の抗議をしていると、パタパタというスリッパの音。まるで子供が駆けてくるみたいな音の正体は……来海さん!
「おかえりー!沙希ちゃんもいらっしゃい!!」
「お、お招きありがとうございます……。」
「やだ、そんなに改まらないで。ささ、上がって。」
今日も来海さんは、胸元にフリルの付いた白いパフスリーブの長袖ブラウスにピンクのレース地のロングスカートというお人形ですか?と問い掛けたくなる様な格好。あれで50代とか何か怖い。

上機嫌らしい来海さんに手を引かれて通された広い畳敷きの居間。引っ張りこまれて危うくスリッパを脱ぎ損ねるところだった。飛び上がったスリッパを後ろで貴斗が直してくれている。
「沙希ちゃんが来ましたよ!」
来海さんがいきなり立ち止まる。ぶつかる直前で何とか止まれてほっと胸を撫で下ろしていると視線を感じる。下げていた視線を奥に移すと、こちらを真顔でじっと見つめている初老の男性。
「いらっしゃい。貴斗もおかえり。」
そう言ってふわりと微笑んだ。これはお着物のよく似合う……未来の貴斗!!
「ただいま、親父。」
親父!この方がお父様なのか。確か久さんって言ったっけ。それにしても貴斗と本当によく似ている。どちらかと言うとお父様の方ががっしりした逞しい感じかな?
「来海、廊下は静かに歩かないとだめだろう?」
「ごめんなさい。でも嬉しくって。」
「立ったままでは何だから、早く座ってもらいなさい。」
「あ、いけない。ささ、座って。お茶出すわね。」
「お袋、これも。和菓子入ってる。」
「あら、ありがとー!!ちょっと待っててね。」
パタパタと足音が遠ざかっていく。来海さん、今注意されませんでしたっけ?私以外の2人は、もう諦めてるみたい。

「沙希、ここ座って。」
長いテーブルを前にどこに座ればいいか悩む私を貴斗が誘導してくれる。上座に座るお父様を左手に見ながらふかふかの座布団に正座をする。
普通、挨拶に行く時って正面に座るんじゃないの?まぁ、テーブルが縦長に置かれてるから正面に座ったらすごい遠いけど。正面に座るより近い感じがして余計緊張するんですが。
「沙希さん、でしたね。」
「あ、はい。」
突然の呼び掛けに少し動揺。纏うオーラかな。怒られていないのに自然と背筋が伸びる様な、厳格な雰囲気を感じる。
「改めて貴斗の父の久と申します。」
「金城沙希です。宜しくお願い致します。」
礼をして顔を上げると、優しい表情で見つめられる。
「そんなに固くならなくて大丈夫だ。普段通りでいい。」
「えーと、はい。」
普段通りなんて本当に見せたら騒がしいって引かれそうです……。2人の落ち着いた雰囲気の間にいると自分の場違い感を感じてしまう。
お父様と来海さんも対照的な感じだけど、どうやって惹かれ合ったのかな。いつか聞いてみたいな。

すぐにまたパタパタと音がする。来海さんが戻ってきたらしい。
「たっちゃん。手伝ってくれない?」
ひょこっと顔を出して来海さんが言う。貴斗は嫌そうな顔をして、何で?と返す。
「お茶っ葉が上の棚にあるから届かないの。」
「何で届かないとこに置くんだよ。」
「私じゃなくて蓮ちゃんよ!」
「ったく、分かったよ。ちょっと行ってくる。」
「ごめんね、久さんとお喋りしてて!」
「は、はぁ。」
来海さんと貴斗が出て行ってしまう。蓮ちゃんというのは貴斗のご兄弟だろうか。それは後々分かるだろうけれど、この状況何とかなりませんか?いきなり2人きりとかハードです!

向こうの方から男性の声が聞こえてくる。助かった、貴斗が戻って来たのかな?でもよく聞いてみると貴斗と似ているけどこの声は少し高い。相手の声が聞こえないから電話で話しながら来ているのだろうか。その人の声が廊下に響きながら近付いてくる。
「ただいま!」
そう言いながら入って来たのは貴斗を少し幼くした様な感じの肌の白い男性。と貴斗をよりインテリっぽくした眼鏡の男性。どうやらちゃんと2人いたらしい。
「おかえり。」
「お、君が貴兄の彼女か!」
貴兄、という事はこの人が弟さんらしい。居住まいを正す。
「はい。金城沙希と申します。」
「僕は蓮斗れんと。貴兄の弟でっす!ほら、明兄も。」
明斗あきと。貴斗の兄。」
「宜しくお願いします。」
「よろしくー!」

向かいに座った2人。
正面に座った明斗さん。貴斗の2歳上で先月30歳になったところだそう。お仕事は刑事さんなんだって。短髪で銀縁の眼鏡を掛けてる。お義父さんと貴斗の中間って感じの顔。そしてとにかく無口。貴斗も口数は少ない方だけど、明斗さんは本当に殆ど喋らない。いつもは警察の寮に住んでいるけど、今日は非番でわざわざこちらに来てくれたらしい。
その隣の蓮斗君は貴斗の2歳下で私と同い年。彼が来海さんの言う蓮ちゃんだ。お仕事はデザイナーをやっているそう。どこがと言われると難しいけど可愛い感じの顔。白い肌にそばかすが見える。耳に掛かるくらいに伸ばされた茶髪が他の皆と違うけど、やっぱり雰囲気はよく似てる。蓮斗君は明斗さんと対照的によく喋る。明斗さんの情報は全て蓮斗君が話してくれたものだ。蓮斗君は隣の市で1人暮らしをしているらしいけど、ちょくちょく実家には帰ってきているとの事。
こんな感じで捲し立てる蓮斗君の話を必死で聞いていたら、廊下から例の音が聞こえた。

「お待たせー。2人ともおかえり!」
楽しげな声を響かせながら来海さんが入ってくる。後ろからお盆を持った貴斗も。
「母さん、ただいま!貴兄、久々!」
「蓮、お前茶葉は下の棚に入れろよ。」
「挨拶ガン無視かよ!」
蓮斗君を見ていて分かった。彼は完全に来海さん似だ。底抜けに明るい。ちょっとてっちゃんを彷彿させるものがあるなぁ。
貴斗はお茶を配ると、やっと私の隣に戻ってきた。どうしてこう、隣にいるだけで安心するんだろうなぁ。あ、このお茶美味しい。
「ね、皆。沙希ちゃん可愛いでしょー。」
危ない。美味しいお茶を吹くところだった。まだ会って数分ってとこで何の冗談ぶっ込んでいるんでしょうか。しかもこんなイケメン達に。自殺行為じゃないでしょうか。お願いだからやめて。
「うんうん。貴兄やめて僕にしたらいいよ!」
「馬鹿言ってんな。」
「今日の貴兄、怖い……。」
蓮斗君まで私で遊ばないでほしい。初めて来た彼氏の実家だというのに、どこに集中すればいいか分からない。
「沙希さん。」
「は、はい!」
「騒がしくて悪いね。」
……この人はオアシスだ。すごく心が安らぐ。
「いえ、とんでもないです。」
「あ、父さんと沙希ちゃんがイチャイチャしてる!」
「久さん!貴方の妻は私です!!」
この家族、いやこの2人、本当に騒がしいな。思わず苦笑いが溢れた。

その後は何てことない会話が続いた。会社での貴斗の事とか。私の趣味とか好きなものの話とか。蓮斗君と来海さんが主に話を振ってくれて、たまにお父様が一言二言入ってきて、暴走する蓮斗君を止める貴斗と我関せずでただ黙っている明斗さんという変な構図。
質問攻めにされるのもきついけれど、全く関心を示されないのも寂しいな。もしや私、明斗さんに弟の彼女として認めてもらえてないんじゃない?
不安になったら気になってちらちらと様子を伺ってしまう。でも一度も目が合わないし、こうなると話を聞いているかも微妙だ。どうしてだろう。私何か粗相があっただろうか。

すると突然誰かの携帯が鳴る。明斗さんのものらしい。
「はい、竜胆。はい、はい。分かりました、直行します。」
電話の相手と手短に電話を済ますと、こちらに目を向ける。初めて目が合った。
「金城さん。」
「え、はい。」
「貴斗を宜しく。」
一瞬だけ、眼鏡の向こうの目が優しくなった気がした。ほんの一瞬だけ。
明斗さんは立ち上がると、仕事だから行く、とだけ告げて居間を出て行こうとする。けれど一度立ち止まって振り返り、
「貴斗、良かったな。」
と言って出て行った。
一時、しんとなる室内。なぜか皆呆けた様に固まっている。そして意識を取り戻したみたいに、
「気を付けてねー!」
「いってらっしゃーい。」
と声を掛けている。何だろう、今の間は。

「いやー、今日は明兄、よく喋ったな。」
「え?!」
あれで?気が付いたらもう3時間位いるけどまだ数えられる程しか声を聞いてませんよー。
「あっくんはね、本当に無口なのよね。」
「今日、自己紹介しかしないかと思ってたなぁ。」
2人の言葉を聞いて貴斗に目配せする。本当に?って。だけど当然みたいに頷いたから、やっぱり相当無口な人らしい。
それなら、私が気に食わないって訳ではないのかも。
「沙希ちゃん、かなり気に入られたね。明兄に。」
「え?どうして?」
「だって「貴斗を宜しく」だよ?任せるって事だからね。
 明兄って僕等の事、かなり可愛がってくれてるんだ。
 しかも、ああ見えて意外に心配症なとこもあってさ。
 その明兄が貴兄を沙希ちゃんに任せたって事は、それに
 値する人だって思われたって事だと思うよ。
 それに貴兄に「良かったな」って。あれは良い彼女が
 できて良かったな、って事だと思うから。」

あのたった二言にそんな深い意味が込められていたなんて。明斗さん本人から聞いた訳じゃないからどこまで合っているかは分からないけど、長く弟をしているから分かる部分もあるんだろうと思う。
蓮斗君の言葉が本当なら、それって言葉にならないくらいに嬉しい。いつも頼ってばかりの私だけど、それでも貴斗を支える力になれるって認められた気がするから。
「あの、私。頑張ります。精一杯、支えられる様に。」
「沙希……。」
隣で貴斗が私の名前を呟く。本当にね、頑張るよ。できない事も沢山あるけど、多少の無理は承知しているから。
「無理に頑張る必要はない。」
お父様が心地良い声で言う。
「君達は2人なんだから。君だけが頑張る必要はない。
 2人で一緒に手を取り合って前に進めば良い。
 それに私達もいつだって力になる。もう家族だよ。」
家族、って言葉をこんなにも愛しい気持ちで聞いた事はなかったと思う。お父さんとお母さんとお兄ちゃんにとても会いたくなった。会って、ありがとうを伝えたくなった。
「お義父さんと呼んでおくれ。」
「……お義父さん。」
涙に濡れて声が震える。上手く言えなかったけど優しく微笑んでくれただけで、もう家族なんだって思えた。
心を撫ぜてくれるお義父さん。無口だけど暖かいお義兄さん。同い年の明るい義弟と人形みたいに可愛いお義母さん。そして何より優しく肩を抱いてくれるこの人と、本当の家族になれる日が待ち遠しい。
早くその日が来ればいいなぁ。

プロポーズ、待ってるね?

 

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