運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

柚須浦采明の場合、恋愛体質ではありません。

「ふーん……上杉謙信うえすぎけんしん……ねぇ。あの、変な袋みたいなのを被って、橋の上で……」
「おーい、作楽さくらくん。それ違うよ!! 橋の上は牛若丸うしわかまる!! その下で頭巾を被って、999本の武器を集めたから1000本目をって喧嘩を吹っ掛けたのは、武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい!! 上杉謙信公と場所も時代も違うじゃない!! 京都だよ‼」

 ムッとした顔で、必死に写メにタブレットを操作して作業にいそしむのは、この時代にははっきりいって流行遅れの、腰までの長い髪をお下げにして厚めのレンズの眼鏡をかけた少女。
 彼女の名前は、柚須浦采明ゆすうらあやめと言う。
 12才である。
 しかし、背丈は本当に低く、童顔の顔のせいもあって実年齢に言われたことがない。
 服装もセーラー服に長めのスカート、バッグも紺の地味なものを肩にかけている。
 そして器用なことに、メモも書き込んでいて必死である。

「おい、采明あやめ
「呼び捨てにしないでよ!! それに、何それ!! 私は八切止夫先生の小説の根拠を調べたいのよ!! 人に触るな!! くっつくな!! 邪魔しないでよ!! 」
「采明が冷たい!! 」

 唇を尖らせる少年を見上げ、ちらっと見ると、

「何が『冷たい!! 』よ!! 勝手に付き合ってるとか噂を流して、人にまとわりついといて、妹の百合ゆりに会うと、勝手に別れようなんて、付き合ってないじゃないの!! 」
「だってさぁ……お前冷たいし……」
「あ、そう。じゃぁ、向こうで調べてきてよ。私は知りたいのよ!! 知識、情報、こんなあり得ない伝説があるなんてすごいわよ!! 」

 目をキラキラさせて、拳を握る采明に引き気味の作楽……章太しょうたは、じりじりと近づいて、

「だから……采明、采明ちゃん、采明さま!! だから、百合と別れたから……もう一度……」
「うるさい!! 私の邪魔をしないで!! ここの辺りに、上杉謙信公の若い頃いたと言われている場所があるんだから!! 邪魔しないで!! 」

 振り返ることもなく、言い捨てて奥に入っていった采明……柚須浦ゆすうら采明は進んでいく。
 その背中に、

「ちぇっ!! あいつ絶対に、もてねぇぜ。歴女どころか!! 」

 舌打ちをした章太は、ため息をつき他のグループのもとに戻ろうとして、一回振り返る。

「あいつ、大丈夫か? 戻ってこれるのか? ……まぁいいか。来るなって言われたしな、ちぇっ!! 」

 首の後ろに腕を回し、歩き去っていった。



 その間に、采明は奥に奥に分けいる。
 歴史が好きになったのは、父の影響だ。
 父と色々な所に出掛けた。
 まずは図書館とか資料館、博物館や古書店を回り、面白い題材があれば、二人で弁論を戦わせる。
 そして、情報をまとめあげて調べにいった……。
 そんなことを続けていた時代は終わった。
 仕事を持ちながら趣味の歴史に没頭する父は母に愛想を尽かされ、離婚した。
 采明と百合は母に引き取られた。
 年相応の事をしない上の娘と姉に、母と妹は何とかおしゃれを楽しむように言うのだが、

「面倒よ。母さんは仕事、百合も同じでしょ? 私が炊事掃除に洗濯をしなくて良いの!? 」
「……」

 二人は黙り込む。

「だから、良いの!! ほらほら、行ってきてよ」

 追い出した二人にため息をつく。
 そして、忘れるように洗濯機を回しにいったのだった。
 ちなみに、母は会社を起こし、起業家として忙しいし、妹はご当地アイドルから、東京での少女モデルの仕事が増えてきたアイドルの雛である。
 二人には自由にしてほしいし、自分も自由にするつもりである。
 今日は、朝から自分の調査結果を調べに来ていたのだ。

「ここに、この辺りにあったはず……謙信公が、幼い頃から来ていたと言う……ここかな? 」

 崩れた残骸……ほぼもう、土に還った後にしゃがみこみ、軍手をバッグから取り出すと、汚れるのも構わず膝をついて土や雑草をかき分けていく。

「……うーん……見つからないわね。でも、数珠の玉とかあってもいいと思うのだけれど……あ、あった!! 」

 土を掘ると丸い玉がひとつ、ひとつ……見つけていく。
 それを一つ一つ写メにとり、メモに記載する事を繰り返す。
 そして、一通り見つけたあと、白い布に一粒一粒乗せていき、

「あぁ、良かった。これくらいかしら。でも、良かったわ。見つかって。これが、謙信公の生きたあかしなんだから……」

 ぎゅっと胸に抱き締める。

「あぁ、本当に見つけられて良かった……これから数珠を元に戻す作業もしたいし……それに、他に……」
「何をなされておられるのです? 」

 突然の声にはっと顔をあげると、章太ではない青年が立っている。
 しかし奇妙なのは、着物……調べているのでわかる。
 室町時代の主に武家の人間が身に付けていた一式である。

景虎かげとらさま!! 元服をされてもう成人なのですよ!! 大人として、行動を!! 」
「景虎……さま? 景虎さまと言うと、上杉謙信の元服後の最初の名前だわ、どういうこと? 」
「どういうこと? こちらが聞きたいですよ!! さぁ、景虎さま。酔狂な格好はお止めください!! そして……」

 吠える青年の声に首をすくめる。

「えっと……あの、私は柚須浦采明と申します。失礼ですが貴方は……」
「ゆすうらあやめ!? 何をおっしゃっているのです!! 貴方さまは、長尾景虎ながおかげとらと言う立派なお名前が!! 」
「長尾景虎……と言うと、やっぱり上杉謙信公の最初の元服後の名前よね? どういう事かしら? 」

 首をかしげて青年をまじまじと見上げる。

 当時の人は余り長身ではなかったらしい。
 長身で知られるのは、四国の覇者、長曽我部元親ちょうそかべもとちかである。
 彼は、180㎝はあったと言う。
 他では、徳川家康とくがわいえやす公は160㎝ほどだったらしい。

 采明は130㎝程の小柄である。
 中肉中背よりも高い青年を見上げるのは少々きつい。

「あの……」
「どういうことだ!! お前は、主君ではないと言うのか!! 」
「はぁ……そうですね。この辺りに遺跡があって、一人で発掘していて……この、数珠の玉を……」

 布に収めていた数珠の玉を見えるように差し出すと、呆気に取られる。

「あれ? あれれ? 糸が切れていたのに……どうして? 」

 数珠の姿が変化して、連なった形になる。

「こ、これは……」

 青年は、采明と数珠を見比べて暫し考えると、

「……采明……采明どのとおっしゃられたな? よろしければ、大事なお話がありますゆえ、こちらに……」

 くるっと後ろを向くと、歩き出した青年に、慌てて大荷物を担いだまま追いかける。



 采明は知らない……。
 采明の運命の糸が、他の糸と絡まり、別の道へと向かっていくことを……。

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