運命(さだめ)の迷宮
采明ちゃんはきっと可愛がられるだろうなぁ……。
翌日、頬を赤くした神五郎と、頬を膨らませる采明が姿を見せる。
「だから、采明……」
「知りません!!神五郎さまなんて。新しい奥方を探せばいいんです!!」
「だから……な?悪かったと……」
嫁に頭が上がらない夫の姿に、
「神五郎さま!?どうなさいましたの!?」
「……?どちらだったか……」
呟く神五郎の視線を追い、采明は遠い目をして呟く。
「何で……こんな人たちばかりなんだろう……」
「何が?」
問いかけた神五郎に、采明は、
「お歯黒は、歯を守る効果があるから、見ると変だけど許せる……でも、あの、ちぐはぐな着物と髪型にベッタリの白粉が、気持ち悪い……です。同性として許せない……です」
「おいおい、一応、山吉政久どののご息女。お前の姉上だぞ」
「うえぇぇぇ、嫌だぁぁ」
少女の言葉に、
「無礼な!!そこなもの、わらわをなんと!?」
「う~ん……何とも。嫌なら付き合わなければいいんですよね。じゃぁ、旦那さま。一応、頬が赤いのを冷やしますか?」
「猫のように引っ掛かれたところも薬を塗ってくれ」
からかい半分の一言に、かぁぁっと顔を赤くした采明は、
「ほ、本当にしますよ!!爪をたてて引っ掻いて!!」
「それは夜にな?」
「そ、そういう発言は、まだ子供の私に言わないで下さい!!」
ぽかぽかと叩く少女を抱き締め、クスクス笑う。
「本当に反応が可愛いな、采明は。と言うことで、今日は仕事を休んで、采明と二人っきりで……」
「そういう意味深な言葉とか、流し目が、駄目なんです!!神五郎さまは、何を考えているんですか!!」
「素直な反応を返されると、こっちも楽しくてな」
「楽しくないです!!」
二人のやり取りに、放置されたままの女性が、
「神五郎さま!!どう言うことですの!?父の元に、使いが来て、婚礼をと伺っておりましたのよ!!それなのに!!」
「私は全く関知していない。殿に直々に伺われよ。ほら、采明。行くぞ。お前に必要最低限の身の回りのものを揃えよう」
「神五郎さま!!」
言葉を無視し、侍女たちに伴われ去っていく。
「と、言う訳なの。お帰りくださいな」
橘樹はにっこりと笑う。
「わ、私を馬鹿にするか!?」
「あら?殿のご命令ですよ?」
橘樹は、表情を変え、冷えた声で告げる。
「貴方の屋敷も身分も代々のおじいさまやお父様によって、与えられたものでしょう?それを何だと思っているのか。私の方が、分かっているわ!!」
「なっ!!離縁された女が、よく言える!!」
その言葉に一瞬哀しげに揺れた瞳に誰が気づいたのか……橘樹は、クスッと笑う。
「私は離縁だけれど、貴方はその前の結婚もしていないじゃないの。違うわよ」
「ふん、出戻りが、ふざけたことを聞く。父上に申し上げて……」
「おりゃぁ!!」
背後から突進した采明にぶつかりよろめく。
逆に華奢すぎて、反動で吹っ飛んだ采明は、神五郎が受け止める。
「な、何を!!何をしてくれるの!!この下品な!!」
「下品なのは、貴方の方でしょう!!言葉も下品で話題も品がない。衣も全部!!父上に申し上げますよ!!『姉上』?」
「なっ!?」
言葉をなくす女に、にっこりと、
「『姉上』は、もう少し賢く、上品で美しければ尊敬しましたけれど、それだけでは駄目ですわね。それに引き換え、橘樹姉上は快活でハキハキした物言いですが、それはとても好ましいです。衣も質素にされているように見えて、本当に上品で、一つ一つ大事にされていたとわかります。『姉上』も見習われてはいかがです?」
「なっ!!こ、この女は!!」
「過去は過去。現在のことを言っているのですが?それに、過去を暴けば貴方の過去はどうなんですか?」
教えてくれと言いたげに、詰め寄ろうとする采明の足がぐにゃっと歪む。
「い、いったぁぁぁい!!足首が足首が!!」
「どうしたの!?采明!!」
駆け寄った橘樹に、半泣きで、
「足をねじったか、ぐらぐらです……それに痛い~!!」
「見せてみろ!!」
神五郎は腰を下ろし、膝に座らせると、足を確認する。
「……脱臼だな。骨を戻して固めておくべきだ。しばらく動き回るな」
「えぇぇ!?そ、そんなぁ……」
「捻挫や脱臼は癖になると大変なのよ。采明。言うことを聞きなさい」
橘樹にこんこんと諭され、頷く。
「はい。お姉さま。言うこと聞きます」
「じゃぁ、いってらっしゃい」
手を振る姉に神五郎は、
「姉上。足首を押し込むのに、補助が要ります。姉上手伝ってください」
「お姉さま!!お願いします!!神五郎さまと二人きりだと怖いです!!」
「何を言ってる。私ほど健全な、そして愛妻家はいないぞ?」
「嘘だ!!お姉さま!!」
必死に訴える義理の妹に、橘樹はクスクス笑う。
「良いわよ。一緒に行きましょう。欅後はお願いね?」
「かしこまりました。お嬢様。若奥様と旦那様をよろしくお願いいたします」
「本当に固いわねぇ……」
言いながら、義妹を抱いた弟の後をついていったのだった。
呆然と見送る女性に欅は、
「申し訳ありませんが、若奥様に怪我を負わせたあなた様を、いくら若奥様の姉上とはいえ、許せることではありませんので、お帰りいただければと思いますが?」
「なんですって!?使用人の分際で、この、この私に命令を!?」
「いいえ?命令ではなくお願いしております。もしよろしければ、長尾の殿にご連絡を……」
父親の出世に響くと言外に匂わせた欅を睨みながら、
「お、覚えていらっしゃい!!私ほどこの屋敷の女主人にふさわしいものはないのだから!!」
「奥さまがおいでですので、これ以上屋敷に人は増やせませんし、下働きでもなさいますか?」
その言葉に、ムッとしつつ去っていく背中に欅は頭を下げたのだった。
「だから、采明……」
「知りません!!神五郎さまなんて。新しい奥方を探せばいいんです!!」
「だから……な?悪かったと……」
嫁に頭が上がらない夫の姿に、
「神五郎さま!?どうなさいましたの!?」
「……?どちらだったか……」
呟く神五郎の視線を追い、采明は遠い目をして呟く。
「何で……こんな人たちばかりなんだろう……」
「何が?」
問いかけた神五郎に、采明は、
「お歯黒は、歯を守る効果があるから、見ると変だけど許せる……でも、あの、ちぐはぐな着物と髪型にベッタリの白粉が、気持ち悪い……です。同性として許せない……です」
「おいおい、一応、山吉政久どののご息女。お前の姉上だぞ」
「うえぇぇぇ、嫌だぁぁ」
少女の言葉に、
「無礼な!!そこなもの、わらわをなんと!?」
「う~ん……何とも。嫌なら付き合わなければいいんですよね。じゃぁ、旦那さま。一応、頬が赤いのを冷やしますか?」
「猫のように引っ掛かれたところも薬を塗ってくれ」
からかい半分の一言に、かぁぁっと顔を赤くした采明は、
「ほ、本当にしますよ!!爪をたてて引っ掻いて!!」
「それは夜にな?」
「そ、そういう発言は、まだ子供の私に言わないで下さい!!」
ぽかぽかと叩く少女を抱き締め、クスクス笑う。
「本当に反応が可愛いな、采明は。と言うことで、今日は仕事を休んで、采明と二人っきりで……」
「そういう意味深な言葉とか、流し目が、駄目なんです!!神五郎さまは、何を考えているんですか!!」
「素直な反応を返されると、こっちも楽しくてな」
「楽しくないです!!」
二人のやり取りに、放置されたままの女性が、
「神五郎さま!!どう言うことですの!?父の元に、使いが来て、婚礼をと伺っておりましたのよ!!それなのに!!」
「私は全く関知していない。殿に直々に伺われよ。ほら、采明。行くぞ。お前に必要最低限の身の回りのものを揃えよう」
「神五郎さま!!」
言葉を無視し、侍女たちに伴われ去っていく。
「と、言う訳なの。お帰りくださいな」
橘樹はにっこりと笑う。
「わ、私を馬鹿にするか!?」
「あら?殿のご命令ですよ?」
橘樹は、表情を変え、冷えた声で告げる。
「貴方の屋敷も身分も代々のおじいさまやお父様によって、与えられたものでしょう?それを何だと思っているのか。私の方が、分かっているわ!!」
「なっ!!離縁された女が、よく言える!!」
その言葉に一瞬哀しげに揺れた瞳に誰が気づいたのか……橘樹は、クスッと笑う。
「私は離縁だけれど、貴方はその前の結婚もしていないじゃないの。違うわよ」
「ふん、出戻りが、ふざけたことを聞く。父上に申し上げて……」
「おりゃぁ!!」
背後から突進した采明にぶつかりよろめく。
逆に華奢すぎて、反動で吹っ飛んだ采明は、神五郎が受け止める。
「な、何を!!何をしてくれるの!!この下品な!!」
「下品なのは、貴方の方でしょう!!言葉も下品で話題も品がない。衣も全部!!父上に申し上げますよ!!『姉上』?」
「なっ!?」
言葉をなくす女に、にっこりと、
「『姉上』は、もう少し賢く、上品で美しければ尊敬しましたけれど、それだけでは駄目ですわね。それに引き換え、橘樹姉上は快活でハキハキした物言いですが、それはとても好ましいです。衣も質素にされているように見えて、本当に上品で、一つ一つ大事にされていたとわかります。『姉上』も見習われてはいかがです?」
「なっ!!こ、この女は!!」
「過去は過去。現在のことを言っているのですが?それに、過去を暴けば貴方の過去はどうなんですか?」
教えてくれと言いたげに、詰め寄ろうとする采明の足がぐにゃっと歪む。
「い、いったぁぁぁい!!足首が足首が!!」
「どうしたの!?采明!!」
駆け寄った橘樹に、半泣きで、
「足をねじったか、ぐらぐらです……それに痛い~!!」
「見せてみろ!!」
神五郎は腰を下ろし、膝に座らせると、足を確認する。
「……脱臼だな。骨を戻して固めておくべきだ。しばらく動き回るな」
「えぇぇ!?そ、そんなぁ……」
「捻挫や脱臼は癖になると大変なのよ。采明。言うことを聞きなさい」
橘樹にこんこんと諭され、頷く。
「はい。お姉さま。言うこと聞きます」
「じゃぁ、いってらっしゃい」
手を振る姉に神五郎は、
「姉上。足首を押し込むのに、補助が要ります。姉上手伝ってください」
「お姉さま!!お願いします!!神五郎さまと二人きりだと怖いです!!」
「何を言ってる。私ほど健全な、そして愛妻家はいないぞ?」
「嘘だ!!お姉さま!!」
必死に訴える義理の妹に、橘樹はクスクス笑う。
「良いわよ。一緒に行きましょう。欅後はお願いね?」
「かしこまりました。お嬢様。若奥様と旦那様をよろしくお願いいたします」
「本当に固いわねぇ……」
言いながら、義妹を抱いた弟の後をついていったのだった。
呆然と見送る女性に欅は、
「申し訳ありませんが、若奥様に怪我を負わせたあなた様を、いくら若奥様の姉上とはいえ、許せることではありませんので、お帰りいただければと思いますが?」
「なんですって!?使用人の分際で、この、この私に命令を!?」
「いいえ?命令ではなくお願いしております。もしよろしければ、長尾の殿にご連絡を……」
父親の出世に響くと言外に匂わせた欅を睨みながら、
「お、覚えていらっしゃい!!私ほどこの屋敷の女主人にふさわしいものはないのだから!!」
「奥さまがおいでですので、これ以上屋敷に人は増やせませんし、下働きでもなさいますか?」
その言葉に、ムッとしつつ去っていく背中に欅は頭を下げたのだった。
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