運命(さだめ)の迷宮
時空の歪み、一時の繋がりが与えたものは、何だったのでしょうか……。
「な、何なのよ!!あいつ!!あんな風に動き回るなんて、パパにも聞いていないわ!!」
爪を噛む長い髪は荒れた金髪に、化粧は濃く、衣装は誰もが眉をひそめる程胸元が広げられ、ギリギリまで短いスカートのまま足を組むなど余り趣味はよろしくない。
しかし、その足にみとれ手を伸ばす男を高いピンヒールの踵でしたたかに蹴り飛ばす。
「何やってんのよ!!あの女を捕まえて!!連れて来るのよ!!」
「でもさぁ……あんなに美人だし、もう一人も中々じゃない?部下たちに遊ばせても……」
「何ですって!?」
つけまつげをつけ、唇の色もぬらぬらと光る少女に、
「ご、ごめんよ!!ちゃんと言う通り……」
「それは良いことよ!!捕まえてあれこれの様子をネットに流せば良いんだわ!!」
「へ?」
「あんた。今すぐ命令してらっしゃい!!」
「は、はーい!!」
車から転がり落ちる男を見ずに、手にしていたバッグから煙草とライターを出すと、吸い始める。
「ふんっ!!これ以上ない辱しめを受けて、死んでしまえばいい!!あいつなんて!!」
煙草の煙を吐き出す為に扉を開ける。
「あの小娘が憎いか?」
「当たり前でしょう?パパ」
助手席の男に返事をする。
「あたしの人生をめちゃくちゃにしたあの子と、あの子の母親って言うのを潰したい訳よ、あたしは」
「も、もうこれ以上やめないか!!そうしないと……」
「うるさいわよ!!このおっさん!!」
運転席の後ろを蹴りあげる。
「あんたもあたしの人生を狂わせたんだからね!!あんたも殺さないだけありがたいと思うことね!!」
「ひぃ!!」
数年の間で威厳と黒髪が消え、疲れきった顔つきになっていた雲長は、
「だ、だがな?お前はどう思おうが、あの娘は国際的にも力を持つ国の次期当主になるんだぞ!?国際問題になっては!!」
「そんなの関係ないわよ。あたしは未成年!!ついでに母親って女が恥をかけば良い!!何が、公女、何が絶世の美女モデル、オペラ歌手に国際音楽学院院長よ!!子育て一つもせずに!!」
ちなみに、彼女は都合の悪いことだけはスッキリ忘れることのできる、良い性格の持ち主である。
あれほど母親に育てて貰っていたこと全て忘れている……つまり、逆恨みでしかない。
しかし、驪珠は、もうひとつ忘れている。
痛んではいるが脱色した髪の毛は金色であり、カラーコンタクトはブルー……無意識に琉璃と同じ色を選んでいる。
だが当然煙草は問題であり、すぐに補導の対象だが、暴れまわり、その上『パパ』が裏から手を回し揉み消している。
実は遼ちゃんこと遠藤遼は、この度々の失態を断罪のために来たのだ。
「失礼する」
長身で、甘いマスクの青年が声をかける。
無表情だが、それがかえってモテ要素になっているのを本人は知らず、いつも警護兼逃亡者捕獲に楽しみを見いだす勾田儁乂は、楽しんでいたりする。
「どうされましたか?」
微笑む『パパ』こと黒河備は穏やかに答える。
「どうされました、ですか?」
「まぁぁ!!美形!!素敵だわ!!」
「ありがとうございます」
自分が美形だとは全く思っていない遼は、ぞんざいに言い放つと、
「黒河備、関雲長……現在執行猶予の身でありながら、この車をどうやって手に入れたのか、お伺いしたい。そして関驪珠さん。貴方は、まだ14才でありながらその煙草は何でしょう?そして、援助交際をしていると確認済みです。どうされますか?」
「おやおや……困ったものだ……逃げようか」
「そうは問屋が下ろさねえぜ!!」
儁乂はちらっと周囲を見る。
ざざっと周囲に私服警官が周囲を固めると、3人を捕らえる。
「……運が悪いのか、それとも……これから楽しみがあるのか……」
呟いた黒河に儁乂は、
「これからって何だ?」
「やめなさいよ!!触んないでよ!!スケベ!!」
暴れまわる驪珠に、目のやり場もなく、触ると叫ぶのに辟易した部下を冷たく見て、
「このような格好をしている方が悪いんですよ。驪珠さん?叫ぶのでしたら、ここで大声で貴方の名前や罪を言いますが?」
「個人情報保護法は!!私の権利でしょ!!」
「何を今さら」
鼻で笑う遼に、部下に手錠をかけさせ二人を送った儁乂は、
「ネットで自分の本名で『援交しませんか?』はねぇだろう?しかも、『この顔は整形ではありません。とある国の公女に瓜二つです』ってアホだろう?」
「本当に、馬鹿ですね。公国から、公女を侮辱するのかと政府の方に怒りのお電話に書状も来ていますよ。それに……」
まじまじと驪珠を見た遼は、
「公女はこんな下品な衣装を身に付けないでしょう。舞台の化粧ももっと似合う色を選びますね。何て可哀想に……」
「下品ですって!?」
「下品でしょう。言葉遣いもなっていませんし、目上の人間の前で、煙草を吸うな!!この未成年が!!」
低く怒りを込めた声で言いはなった遼の迫力に、硬直する。
煙草を奪い取り、下に落として踏みにじる。
「お前のような人間の馬鹿げた逆恨みに巻き込まれて、公女さま親子はお可哀想に……。儁乂どの。頼みますよ。私は馬鹿者共を追いかけて捕まえてきます」
「あいよー。でも、遼ちゃん、半殺しも駄目だぞ?」
「死ぬ寸前で止めておこう」
「それもやり過ぎ!!俺にも残しておいてよ!!」
遼は歩き出す。
外面は指示を出す側と思われがちだが、遼は本来叩き上げの刑事を目指していた。
それほど強く優秀だったのを、当時は財閥の当主であった現在の首相に見いだされ、エリート街道を突き進むはめになった。
しかし、首相が認めてくれたと言うことと、現在の警視総監である元譲に認めてもらえただけでも、嬉しい。
その為にも、公の身では厳しく見せるつもりである。
儁乂におちゃらけ部分を押し付けて……。
「遠藤」
「安田文則。上司にたいして馴れ馴れしいのは止めていただきたい」
遼は冷たく言い放つ。
実は、遼は文則と本能的に反りが合わないだろうと感じていた。
苦手なタイプなのだ。
だからなるべく連れてきたくはなかった。
文則はムッとする。
儁乂には許しているのに、自分には冷たい遼にはっきりいってムカついているのだ。
ギシギシとした空気を破ったのは、
「誰か!!誰か来てください!!助けて!!」
飛び出してきたのは、汗だくの少女。
顔立ちは先日舞台の上ではあるが見ている。
美貌の瑠璃と琉璃親子には劣るが、日本人らしからぬ目鼻立ちの端正な少女である。
確か……、
「柚須浦百合さんですね?私は遠藤ともうします」
「私は……」
美少女に身を乗り出す文則を引き剥がし、
「何が起こったのか、歩きながらで結構です、話していただけますね?安田。先に、向かえ!!」
悔しげに舌打ちする文則に、
「上司命令が聞けないのなら、即、帰るように!!そして後日、処分を言い渡す」
「わ、解りました!!」
駆け去っていく部下を見つめていると、百合は、
「上司として、部下を動かすのって大変ですね。特に、あの人、プライド高そうだし、自分勝手に動かないようにって何度も言っても聞き入れなさそう」
「……」
「あ、言いたくないって思っているでしょう?遠藤さんも大変ね」
「も?」
つい問いかけてしまった遼に、
「景虎よ!!あのこ!!何が『女人が怪我をしてはならん!!早急に逃げよ!!』よ。本当に、本当に馬鹿!!」
「……琉璃姫と行動を共にしていたのでは?」
「あっ……」
百合は失敗した、と言いたげにペロッと舌を出す。
驪珠とは違い、素っぴんの15才の少女は健康的で仕草も可愛らしい。
そして上目遣いで答える。
「な、内緒にしていただけますか?」
「えぇ、お約束します」
「ありがとうございます」
百合は頭を下げる……しかし、少女はとても仕草が優雅である。
5年前まで、地方のアイドルをしていた彼女は、何回か首都圏のモデルの仕事をしていたと今回の警護の内容に書かれていた。
そして、先程の驪珠とも知り合いであると。
「実は……琉璃が、ひどく怯えています。あの子は、知っての通りあの驪珠に何度も意地悪をされ、怖がっていた上に大怪我を負わされたと聞いています。私も、驪珠を知っていますが、優しく可愛い妹のような琉璃と違い、驕慢で性格も悪く、自分が一番でなければ気が済まない性格です。実の母上の瑠璃先生は、本当に何度もあの性格を直そうとしたのに、父親が甘やかしあんな性格になったそうです。今でも、ネットで度々あの子の情報を知り、心を痛めています」
「……」
「でも、先生は、最初のうちは心配していましたが、今ではもう考えたくないと言われます。それよりも琉璃が心配だからと……」
遼は遠い目をする。
あれを娘だと言うだけでも彼女には辛いだろう。
それに、舞台で見た琉璃は、本当に愛らしい少女だった。
歌も上手いだけではなく、表現力が豊かで、表情が……特に笑顔になった少女を見るだけで癒される。
さすが、
『春の妖精姫』
と二つ名で呼ばれるにふさわしい。
その横に寄り添っているのは、遼よりも長身の黒髪の青年。
美貌の持ち主ではないが、漆黒の瞳は澄んでいて心の奥底を読み取られてしまいそうであり、長い黒髪は、日々婚約者である琉璃とお揃い、もしくは同じ色のリボンで結んでいる。
そして、彼の二つ名は、
『今世紀初にして、最高のテノール』
『妖精姫の騎士』
である。
本人は、必死に首を振って自分はそんな高尚な人間ではないと謙遜するが、
『マリア・カラスの再来』
と呼ばれる瑠璃にひけを取らぬ声量に音域、そしてカウンターテナーを駆使してありとあらゆる曲を歌いこなす。
琉璃は一度聞いただけで、音を聞き取れる絶対音感であり、そして百合は深みのあるメゾソプラノを柔らかく歌いこなす。
もう一人の少年は、漆黒の髪と瞳の大層美しい少年だったが……照れ臭そうに頬を赤らめてお辞儀をする様が可愛らしいと、おばさまファンに、
『pretty angel』
と呼ばれているらしい。
そう言えば、チケット持っているし、もう一度聞いてみたいものだ……と、思う遼だった。 
爪を噛む長い髪は荒れた金髪に、化粧は濃く、衣装は誰もが眉をひそめる程胸元が広げられ、ギリギリまで短いスカートのまま足を組むなど余り趣味はよろしくない。
しかし、その足にみとれ手を伸ばす男を高いピンヒールの踵でしたたかに蹴り飛ばす。
「何やってんのよ!!あの女を捕まえて!!連れて来るのよ!!」
「でもさぁ……あんなに美人だし、もう一人も中々じゃない?部下たちに遊ばせても……」
「何ですって!?」
つけまつげをつけ、唇の色もぬらぬらと光る少女に、
「ご、ごめんよ!!ちゃんと言う通り……」
「それは良いことよ!!捕まえてあれこれの様子をネットに流せば良いんだわ!!」
「へ?」
「あんた。今すぐ命令してらっしゃい!!」
「は、はーい!!」
車から転がり落ちる男を見ずに、手にしていたバッグから煙草とライターを出すと、吸い始める。
「ふんっ!!これ以上ない辱しめを受けて、死んでしまえばいい!!あいつなんて!!」
煙草の煙を吐き出す為に扉を開ける。
「あの小娘が憎いか?」
「当たり前でしょう?パパ」
助手席の男に返事をする。
「あたしの人生をめちゃくちゃにしたあの子と、あの子の母親って言うのを潰したい訳よ、あたしは」
「も、もうこれ以上やめないか!!そうしないと……」
「うるさいわよ!!このおっさん!!」
運転席の後ろを蹴りあげる。
「あんたもあたしの人生を狂わせたんだからね!!あんたも殺さないだけありがたいと思うことね!!」
「ひぃ!!」
数年の間で威厳と黒髪が消え、疲れきった顔つきになっていた雲長は、
「だ、だがな?お前はどう思おうが、あの娘は国際的にも力を持つ国の次期当主になるんだぞ!?国際問題になっては!!」
「そんなの関係ないわよ。あたしは未成年!!ついでに母親って女が恥をかけば良い!!何が、公女、何が絶世の美女モデル、オペラ歌手に国際音楽学院院長よ!!子育て一つもせずに!!」
ちなみに、彼女は都合の悪いことだけはスッキリ忘れることのできる、良い性格の持ち主である。
あれほど母親に育てて貰っていたこと全て忘れている……つまり、逆恨みでしかない。
しかし、驪珠は、もうひとつ忘れている。
痛んではいるが脱色した髪の毛は金色であり、カラーコンタクトはブルー……無意識に琉璃と同じ色を選んでいる。
だが当然煙草は問題であり、すぐに補導の対象だが、暴れまわり、その上『パパ』が裏から手を回し揉み消している。
実は遼ちゃんこと遠藤遼は、この度々の失態を断罪のために来たのだ。
「失礼する」
長身で、甘いマスクの青年が声をかける。
無表情だが、それがかえってモテ要素になっているのを本人は知らず、いつも警護兼逃亡者捕獲に楽しみを見いだす勾田儁乂は、楽しんでいたりする。
「どうされましたか?」
微笑む『パパ』こと黒河備は穏やかに答える。
「どうされました、ですか?」
「まぁぁ!!美形!!素敵だわ!!」
「ありがとうございます」
自分が美形だとは全く思っていない遼は、ぞんざいに言い放つと、
「黒河備、関雲長……現在執行猶予の身でありながら、この車をどうやって手に入れたのか、お伺いしたい。そして関驪珠さん。貴方は、まだ14才でありながらその煙草は何でしょう?そして、援助交際をしていると確認済みです。どうされますか?」
「おやおや……困ったものだ……逃げようか」
「そうは問屋が下ろさねえぜ!!」
儁乂はちらっと周囲を見る。
ざざっと周囲に私服警官が周囲を固めると、3人を捕らえる。
「……運が悪いのか、それとも……これから楽しみがあるのか……」
呟いた黒河に儁乂は、
「これからって何だ?」
「やめなさいよ!!触んないでよ!!スケベ!!」
暴れまわる驪珠に、目のやり場もなく、触ると叫ぶのに辟易した部下を冷たく見て、
「このような格好をしている方が悪いんですよ。驪珠さん?叫ぶのでしたら、ここで大声で貴方の名前や罪を言いますが?」
「個人情報保護法は!!私の権利でしょ!!」
「何を今さら」
鼻で笑う遼に、部下に手錠をかけさせ二人を送った儁乂は、
「ネットで自分の本名で『援交しませんか?』はねぇだろう?しかも、『この顔は整形ではありません。とある国の公女に瓜二つです』ってアホだろう?」
「本当に、馬鹿ですね。公国から、公女を侮辱するのかと政府の方に怒りのお電話に書状も来ていますよ。それに……」
まじまじと驪珠を見た遼は、
「公女はこんな下品な衣装を身に付けないでしょう。舞台の化粧ももっと似合う色を選びますね。何て可哀想に……」
「下品ですって!?」
「下品でしょう。言葉遣いもなっていませんし、目上の人間の前で、煙草を吸うな!!この未成年が!!」
低く怒りを込めた声で言いはなった遼の迫力に、硬直する。
煙草を奪い取り、下に落として踏みにじる。
「お前のような人間の馬鹿げた逆恨みに巻き込まれて、公女さま親子はお可哀想に……。儁乂どの。頼みますよ。私は馬鹿者共を追いかけて捕まえてきます」
「あいよー。でも、遼ちゃん、半殺しも駄目だぞ?」
「死ぬ寸前で止めておこう」
「それもやり過ぎ!!俺にも残しておいてよ!!」
遼は歩き出す。
外面は指示を出す側と思われがちだが、遼は本来叩き上げの刑事を目指していた。
それほど強く優秀だったのを、当時は財閥の当主であった現在の首相に見いだされ、エリート街道を突き進むはめになった。
しかし、首相が認めてくれたと言うことと、現在の警視総監である元譲に認めてもらえただけでも、嬉しい。
その為にも、公の身では厳しく見せるつもりである。
儁乂におちゃらけ部分を押し付けて……。
「遠藤」
「安田文則。上司にたいして馴れ馴れしいのは止めていただきたい」
遼は冷たく言い放つ。
実は、遼は文則と本能的に反りが合わないだろうと感じていた。
苦手なタイプなのだ。
だからなるべく連れてきたくはなかった。
文則はムッとする。
儁乂には許しているのに、自分には冷たい遼にはっきりいってムカついているのだ。
ギシギシとした空気を破ったのは、
「誰か!!誰か来てください!!助けて!!」
飛び出してきたのは、汗だくの少女。
顔立ちは先日舞台の上ではあるが見ている。
美貌の瑠璃と琉璃親子には劣るが、日本人らしからぬ目鼻立ちの端正な少女である。
確か……、
「柚須浦百合さんですね?私は遠藤ともうします」
「私は……」
美少女に身を乗り出す文則を引き剥がし、
「何が起こったのか、歩きながらで結構です、話していただけますね?安田。先に、向かえ!!」
悔しげに舌打ちする文則に、
「上司命令が聞けないのなら、即、帰るように!!そして後日、処分を言い渡す」
「わ、解りました!!」
駆け去っていく部下を見つめていると、百合は、
「上司として、部下を動かすのって大変ですね。特に、あの人、プライド高そうだし、自分勝手に動かないようにって何度も言っても聞き入れなさそう」
「……」
「あ、言いたくないって思っているでしょう?遠藤さんも大変ね」
「も?」
つい問いかけてしまった遼に、
「景虎よ!!あのこ!!何が『女人が怪我をしてはならん!!早急に逃げよ!!』よ。本当に、本当に馬鹿!!」
「……琉璃姫と行動を共にしていたのでは?」
「あっ……」
百合は失敗した、と言いたげにペロッと舌を出す。
驪珠とは違い、素っぴんの15才の少女は健康的で仕草も可愛らしい。
そして上目遣いで答える。
「な、内緒にしていただけますか?」
「えぇ、お約束します」
「ありがとうございます」
百合は頭を下げる……しかし、少女はとても仕草が優雅である。
5年前まで、地方のアイドルをしていた彼女は、何回か首都圏のモデルの仕事をしていたと今回の警護の内容に書かれていた。
そして、先程の驪珠とも知り合いであると。
「実は……琉璃が、ひどく怯えています。あの子は、知っての通りあの驪珠に何度も意地悪をされ、怖がっていた上に大怪我を負わされたと聞いています。私も、驪珠を知っていますが、優しく可愛い妹のような琉璃と違い、驕慢で性格も悪く、自分が一番でなければ気が済まない性格です。実の母上の瑠璃先生は、本当に何度もあの性格を直そうとしたのに、父親が甘やかしあんな性格になったそうです。今でも、ネットで度々あの子の情報を知り、心を痛めています」
「……」
「でも、先生は、最初のうちは心配していましたが、今ではもう考えたくないと言われます。それよりも琉璃が心配だからと……」
遼は遠い目をする。
あれを娘だと言うだけでも彼女には辛いだろう。
それに、舞台で見た琉璃は、本当に愛らしい少女だった。
歌も上手いだけではなく、表現力が豊かで、表情が……特に笑顔になった少女を見るだけで癒される。
さすが、
『春の妖精姫』
と二つ名で呼ばれるにふさわしい。
その横に寄り添っているのは、遼よりも長身の黒髪の青年。
美貌の持ち主ではないが、漆黒の瞳は澄んでいて心の奥底を読み取られてしまいそうであり、長い黒髪は、日々婚約者である琉璃とお揃い、もしくは同じ色のリボンで結んでいる。
そして、彼の二つ名は、
『今世紀初にして、最高のテノール』
『妖精姫の騎士』
である。
本人は、必死に首を振って自分はそんな高尚な人間ではないと謙遜するが、
『マリア・カラスの再来』
と呼ばれる瑠璃にひけを取らぬ声量に音域、そしてカウンターテナーを駆使してありとあらゆる曲を歌いこなす。
琉璃は一度聞いただけで、音を聞き取れる絶対音感であり、そして百合は深みのあるメゾソプラノを柔らかく歌いこなす。
もう一人の少年は、漆黒の髪と瞳の大層美しい少年だったが……照れ臭そうに頬を赤らめてお辞儀をする様が可愛らしいと、おばさまファンに、
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