運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

弥太郎改め咲夜ちゃんの長く苦しいリハビリの日々が始まります。

夢を見ていた……。

嘆く母……泣きじゃくる妹に、自分が必ず守ると決意した日。
景虎かげとらに出会い、景虎の口利きで直江家なおえけで働けるようになった。
母は下の3人の子育てに忙しく、はる橘樹たちばな様の下女と言う名目で言葉遣いや所作を直される。
でも、自分が働けば何とかなる!!
そう思って頑張った。
髪を短く切っていたのも、自分が女として男に頼るのではなく、自分自身が家長として、兄弟……特に与次郎よじろう藤三郎とうざぶろうが大きくなるまでは自分が働こうと思ったからである。
そして、父が自分達親子を迎え入れてくれたときに、

弥太郎やたろう?お主はおなごであろう?わしも、お前のように自慢できる子供を自慢に思うが、それよりもそなたはどうするのだ?男のままではおれまい……」
「大丈夫です!!私は、景虎様に恩をお返ししなければ!!中条の家に汚名が付きましょう!!」
「あの二人が成人したとしても、そなたと年が離れておる!!お前が行き遅れればお前が心配なのだ!!お前はわしの大事な子供!!子供を不幸にする親がどこにいる!!」

優しい父の言葉に、本当に幸せな気持ちになった。
父が母を選んでくれて……自分達を子供と可愛がってくれて……それの幸せな思いを返したい……返すのだと思ったのだ。

「ありがとうございます。父上。私をこんなに思ってくださって嬉しいです。でも父上。私がもしおなごに戻ったとしても、この私のような者を嫁にと思ってくださるでしょうか?がさつで美人ではなく、武芸や勉学が趣味……衣など着られれば良い……こんな女が嫁に求められますか?」
「お前は本当に美しいし賢い!!誰もがお前を大事に……愛するであろう」
「父上……」

寂しげに微笑む。

「私は、母の嘆きを知っています。そして何度も止めようと男に殴りかかった事も一度ではなく……母は泣きながら『逃げなさい!!晴をお願い!!』と、追い出され、怯える晴の耳を押さえ、母の部屋から悲鳴が漏れるのを……何度も……」
「……」
「母を選んでくれてありがとうございます!!父上。私は生涯、この中条の家を支える存在として生きていくつもりです。心配せずとも……与次郎や藤三郎の迷惑になりそうでしたら出家して、中条の家の繁栄を祈ります。それが、中条家の子供として生まれた運命さだめです」

ありがとうございました。

頭を下げる。
父の哀しげな瞳は見ない振りをして……。
父には一生分返せない、返しきれない恩がある。
血に繋がりのない子供を5人も引き取って育ててくれて、晴を嫁がせてくれた。
それだけでも返せないのに、自分まで考えてくれる……それだけでも!!



「ち、父上にお返しせねば……母上……笑って……」

カサカサの唇からこぼれるのは、自分のことではなく、家族や景虎の事。
景虎に聞いたが、少女……咲夜さくやは、小さい頃から必死に働いてきたのだと……母が男に騙され、暴力で屈服させられる様を見続けて、自分が母や生まれてきた兄弟を守るのだと12才の少女が……。
この少女は、必死に頑張ってきたのだろう……この細く痩せた体で。

「入りますよ!!」

ノックもせず扉を開けたのは、遼の母、葉子ようこ

「母上!!突然飛び込むのはやめていただけませんか?この子は昏睡状態で……」
「解っているわよ。でもね?女の子の体を、男の貴方が拭くつもりですか?着替えもいるのですよ?」
「母上に任せると色々な線を引き抜きそうです!!」
「大丈夫よ」

後ろから無菌室用の衣装に着替えた女性が一人立っている。

「母上……この方は?」
柚須浦蓮花ゆすうられんげさんよ。ここでは5年前まで有名だった……」
「あぁ、保育所とシングルマザーやシングルファーザーに職場を提供していた。有名ですよね」

蓮花は微笑む。

「ありがとうございます。今は、この仕事は諸岡もろおかさんに引き継いでいただいたのです。先程到着しまして、孫の顔を見て、采明あやめを守ってくれた、この咲夜さんに何か出来ないかと……」
「と言うことなのよ。しばらく出ていってちょうだいね?遼」
「解りました。しばらくして戻ります」

立ち上がり出ていく。

「この子が……采明が可愛がっていた、咲夜さんですね?」
「そうですの。とても賢く、優しい子で……お母様が、苦しむ姿を見続けて、年の離れた弟さんを守るのだと自分の幸せを考えず、男の子として元服したそうです。数えで13だそうですから12才ですわね」
「12才……!!頑張られたのですね……」

采明が姿を消した年が同じ12才。
采明の苦しみを、どうして感じ取れなかったのか……悔やみ続ける。

「じゃぁ、着替えを取り替えましょう。まだ眠っているとはいえ、このままでは駄目でしょう」

支度をして、まずシーツを取り替えて、

「まぁ……お赤飯だわ。生理用品を持ってきてもらわないと」

看護師に連絡して持ってきてもらう。
そして、傷に触らないように、そっと着替えを終えて横に休ませる。

「大丈夫で、しょうか?目を覚ましてくれるでしょうか?」
「大丈夫でしょう。花岡医師は優秀なお医者様ですもの。しばらくはお休みさせてあげないと……それにね?」
「この、何者だ!!何の用件でここに立ち寄った!!」

外の声に、

「遼は元々夫もゆかりも認めるほど優秀な医者の卵だったのだけれど、あの正義感の強さもあって、刑事になりたいって。医大を卒業してすぐに警察学校よ……頭を抱えたわ。でも、本人が望んだのだからと思ったの。でも、このお嬢さんは大丈夫かしら……」
「う、うぅ……」

呻き声を洩らし、ゆっくりと瞳を開いた。
見知らぬ二人の女性に驚く。

「だ、誰ですか!?」
「あぁ、目が覚めたの?咲夜ちゃん」
「咲夜?私の名前は……」
柚須浦咲夜ゆすうらさくやと言うのよ?咲夜。お母さんです」

蓮花はじっと見つめる。

「お母さんは、あなたとあと3人の子供がいるの。貴方と5つ違いのお姉ちゃんの采明。3つちがいの百合ゆり。今3才になったばかりの息子の孔明こうめい。貴方は数えで13才だから、百合と孔明の間ね」
「私は……咲夜では……」

起き上がろうとして激痛に違和感までもが苛む。

「お、お腹……痛い!!それに……何で!?足が、動かない!!何で!?」
「……咲夜ちゃん。ちゃんと聞いてちょうだい。貴方は、采明さんを庇ったでしょう?」
「は、はい……」
「その時に、痛いものが体に入って来なかった?」

葉子の言葉に思い出す。
あの痛みに……。

「あれは……なんだったのでしょう?あの痛みは、剣よりも……怖いです!!」

怯える咲夜に、葉子は、

「あれは拳銃と呼ばれるものです。本来、悪い人間に対して構えて撃つのだけれど、今回は私の息子の部下が混乱して撃ったのだそうです」
「あれだけ小さいのに!?も、ものすごく……痛いです……」

お腹を押さえる少女に、葉子は扉を開け、

「遼。咲夜ちゃんが痛がっているの。先生に来ていただいて、点滴か注射を」
「駄目です。ナースコールで呼んでください。私は彼女の警護が仕事です。すでに……」

示すとそこにはカメラや携帯を手にるいるいと倒れ込んでいる人間……見舞い客を装って病院に入ってきたらしい。

「これは困ったわね……咲夜ちゃんも静かに静養できないわ。それに、ここは本当なら関係者以外立ち入り禁止にしているのに……あの馬鹿息子たちね!!なつめ晶人あきと冬樹ふゆき!!」
「あっちゃぁぁ……バレた」
「バレたじゃないだろう!!この馬鹿どもが!!」

遼が殴り飛ばす。

「この方は首相の命令で、身の安全を最高レベルまで引き上げるようにと言われた国際的なご令嬢だぞ!!」
「えー?そうなの?知らなかった」
「嘘をつけ!!お前の彼女の父親に頼まれたんだろう!!」

遼は、うり三つの兄弟の襟元をつかむと、

「お前たちがやろうとしていることは、首相や柚須浦の家、春の国を敵に回すことだ!!それでも良いならすれば良い!!」
「棗、晶人、冬樹?」

にっこりと微笑んだ母親に身を翻そうとしたが、

「何をしている?」

背後にたもつゆかりが一人の男を連れてくる。

「葉子。この方が、あの子の父上だ。柚須浦圭吾ゆすうらけいご教授。お嬢さんに会いたいらしい。遼……遠藤警部。ご家族をよろしく頼む」
「はっ!ありがとうございます」

遼が圭吾けいごを促し、4人は入っていった。
その様子を見送った紫は、微笑む。

「意識不明の少女に貴方方は、何をされるおつもりだったのでしょうか?首相の会見の後、この病院に入っていただきたくないと……他の患者さんやそのご家族、出入りするのです。何かあっては困ると正面玄関にも張り紙をさせていただきましたが……文字が読めないほど、脳が退化されているのですか?お可哀想に……」

温厚さを大っぴらに、全面に出した笑顔が似合いの紫だが、すぐ下の弟の遼以上の毒舌家である。

「それに、国際問題に発展するかどうかの瀬戸際に、春の国に国籍を持つ女の子を覗き見るために侵入ですか?ほぉ……この国の記者の皆さんは余程国の対立を作りたがるらしい。絶対安静の女の子のことを取材するよりも、もっと楽しい取材があるでしょう?少女が大怪我を負うことになった、春の国の公女を度々襲い、大怪我を負わせていると言う少女が。その少女を何とかしませんか?」
「……え、と……取材は面白い方が……」

その言葉を発した記者に、紫は襟元を掴み、低い声で告げる。

「ほぉ?貴方は……下半身不随の可能性の高い少女が、今痛みに苦しんでいると言うのに、それすら面白いと言うのですか?ほぉ?お偉い方々だ!!」

ドカッと腹を蹴りあげる。

「棗、晶人、冬樹……とっととお帰りいただけ!!ついでにお前らも、仕事に専念しないなら、医者などやめてしまえ!!」
「え、えっと兄さん!!」
「言い訳は聞かん!!これから主治医の先生の診察がある!!邪魔だ!!去れ!!」

紫の気迫に、取材陣と弟たちは逃げ出した。

「くっそぉ!!だからあんな苦しんでいるあの子を話題にする、あんなやつらはだいっ嫌いなんだ!!」
「お前のやんちゃぶりも久しぶりだのぉ?」
「……父上。もし訴えられたら……」
「構わんさ、それに」
「ヤッホー!!ゆかりん」

手を振る儁乂しゅんがいに、

「誰がゆかりんだ!!」
「その元気、その元気。さっき、この映像を、スマホではあるけど、警視総監から首相に送っといた。一応、警視総監のご夫人にどこのテレビ局かも全部解析していただいて、こっぴどく仕返しをお願いしといたさぁ。安心してくれや」
「よく考えたな……頭の軽いお前が」
「遼に頼まれたのさ」

その一言に、紫はため息をつく。
下の馬鹿3兄弟よりも、遼の方が本当に何十倍も賢い……警察なんか辞めて、自分の片腕になってほしいといつも祈っている。

はぁ……

ため息をつき、後でもう一度遼を勧誘しようと思うのだった。

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