運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

柚子姫は、咲夜の可愛い兄弟です。

咲夜さくやの結核は軽いものだったので、さほど日をおかず退院できた。
そして、

柚子姫ゆずひめおいで」

こちらも車イスから降り、絨毯の上に座って、子犬を呼ぶ。
すると目をキラキラさせて、てててっ!!とまではいかないが、必死にはって主のもとに向かう。

「わぁぁ!!お利口だね!!柚子姫。じゃぁ、咲夜とこちょこちょ……」

お腹を出した子犬をくすぐるとくすぐったそうにごろごろする。

「あははは!!可愛い!!柚子姫、ウニぃ~。両手を引っ張りまーす」

腕を無理は当然しないが伸ばして、軽くマッサージをする。
そして、

「はい、足もウニょ~ん……あ、いや?でも、もうちょっと頑張ろうね?もみもみしてあげるからね」

言いながら毎日マッサージをする。
すると、足の骨の筋がこわばっていたところが柔らかくなり、痛みもマッサージ以外はさほど感じなくなったらしい。
歩くのは難しくても、自分のように完全に使えないよりも可能性を探るのだ。

すると、遠くから自分のおもちゃをくわえて這って戻ってくる。

「遊んで?じゃぁ、取ってきて?」

うんしょうんしょと這っていくと再びくわえて戻ってくる。

ちょこんと自分の前におもちゃを置き、持ってきたよ?
と言いたげである。

「わぁぁ、偉いね!!持ってこれるようになったね!!賢い!!じゃぁ、もう一回」

といいつつ、数回繰り返すと、

「はい、おしまい……?どうしたの?」

キラキラした目で訴えるのは、ベランダ。
そこから階段を降りれば中庭になる。
しかし、

「柚子姫?柚子姫は、最近チクってしたでしょう?悪いものをなくするお薬なの。その効果がもう少しかかるから、そうしたら散歩しようね?」

ダメぇ?

と言いたげに、首をかしげた柚子姫に、

「うん。ダメ。後で、歌のレッスンがあるから、その時にお出掛けしようね?……!!」

咲夜は忘れかけていた殺気を思いだし、柚子姫を抱き上げる。
自分も必死で這っていき、危険の無さそうな場所に逃げる。
隠れた瞬間、扉が開き、

「おい!!出てこい!!」

ドスの効いた声に身を縮める。
自分の体が動けば逃げた。
でも、この体では無理……采明あやめを守ったことは後悔しない。
後悔しているのは、怯える弱さ。
柚子姫を抱き締め震えが止まらない。
あの、自分を貫いた『拳銃』が怖い……怖いのだ。

「た……すけて……」

呟いていた。

「遼さま……助けて……怖い!!助けて!!」
「そこにいるのか!!女だな!!捕まえろ!!」

足音に、咲夜は必死に声をあげる。

「は、遼さま!!遼さまぁ!!助けて!!助けてぇぇ!!」
「この女!!黙れ!!」

身を縮め、柚子姫をかばう。
拳か蹴りの衝撃が来るのを覚悟していると、

「何をする!!」

と言う声と、

「はる、ガンバ!!お姫様の目の前で良いところ見せな!!」
「アホか!!血まみれを見せるつもりはない!!」

バキッ!!
ドゴッ……

「うぅっ……」

呻き声と共に、ドサッと倒れる。

「遼さま……?遼さま……」
「大丈夫。敵は倒したから、安心して……」

抱き締める腕に、ホッとしたのか涙がポツリ、ポツリとこぼれ落ちて、そして……。

「……咲夜……?咲夜!?」

遼の焦る声を聞きながら、意識を手放した。



「本当に、旦那さまは、どこの者を妻に迎えたんだか」

部屋で静かにしていると聞こえてくるのは、回廊を行き来する侍女たちの声。

「そう言えば、噂では……」
「噂がなぁに?私の事かしら?」

朗らかな声に、咲夜はハッとする。
夫である張文遠ちょうぶんえんの同僚、張儁乂ちょうしゅんがいの夫人、うららである。
そして、

「おかしいわね?普通、客人が来た場合は、主人、もしくは奥方が出迎えるものだけど……」
「申し訳ありません。何せ、身分違いも甚だしい、礼儀知らずの奥方でして……」
「はぁ?」

麗ともう一人の女性は声をあげる。

「何を言っているの?普通奥方が迎えるために、侍女は奥方に報告に上がるものです。それすらせずに、自分の屋敷の女主人のあることないこと……品がないこと。こんな侍女を使う奥方がお可哀想ね」
「なっ……」
「言い返してごらんなさい。麗さま。お手数だけれど、奥方を連れてきてくれるかしら?」
「はい」

足音がして、

「咲夜さま?いらっしゃるかしら?」
「は、はい。も、申し訳ありません!!」

慌てて近づき立て付けの悪い扉を開けると、麗はぎょっとした顔になる。

「ど、どうしたの?そのお姿は!!」

薄汚れた侍女も身につけない継ぎだらけの衣で立っている咲夜。
しかも後ろには、侍女の仕事の掃除用具がある。

「あ、あの、皆さんお忙しそうでしたので、お手伝いを。あ、そうでした。ようこそお越しくださいました。これからお飲み物の用意をさせていただきますので、お待ちいただけますか?」
「ちょっと待って!!」

麗は、小さな咲夜を表に出すと、

芙蓉ふようさま!!木槿むくげさま!!この方が、張将軍の奥方です!!このような姿で、侍女の仕事をしていたと…!!」
「なんですって!!」
「冗談じゃないわよ!!」

二人が、周囲の侍女、下働きを見回し、

「奥方をないがしろにしていると言う噂は聞いていたけれど、最低だわね」
「本当!!」
「咲夜さまだったかしら?行きましょう」
「あのっ、旦那さまが戻られます。その時には、お迎えを……」

必死で告げる。

「その衣で、お迎えするの?」
「皆さんが着替えをしてくださいます。なので……」
「……ますます根性悪いわ!!行きましょう」

芙蓉が夫の主、曹孟德そうもうとくの妻で、木槿が夫の同僚の夏侯妙才かこうみょうさいの妻であるのを後で知り驚く。



が、馬車に乗り移動するのだが、美しい馬車に自分のようなものが乗って良いのかと気後れする。

「はい、乗りなさい。行きましょうね」
「で、でも……旦那さまが……あっ!!」

一騎の馬が駆けてくる。
そこに乗っているのは、何時もなら冷静な文遠が、

「お待ちください!!芙蓉さま!!」

馬から飛び降り、叫ぶ。

「咲夜は私の妻です!!どこにもやりません!!」
「いじめられていたわよ?」
「この家ごと、売りました。新しい屋敷を、咲夜と家族の家を作りました!!その家には、咲夜が必要です!!私も咲夜がいないと困ります!!咲夜を!!」
「だ、旦那さま……お、おかえりなさいませ!!」

走りより抱きつく。

「ただいま。咲夜。家にいこう。私たちの家に……」
「あの、この衣では……」
「向こうに準備している。帰ろう」

文遠は、3人に頭を下げると、妻の手を引き、手綱を握りながら、歩いていった。

「……まぁ!!文遠さま、本当に素敵だわ!!」
「咲夜さまもお幸せね!!羨ましいわ……あんな素敵な旦那さま」
「私も同意したいです」

3人は話ながら、屋敷に入っていった。



ごつごつとしているものの、暖かな夫の手に、嬉しく思いながら、

「旦那さま」
「何だ?」
「旦那さまが大好きです!!」

その言葉に一瞬固まったが、頬をうっすら赤くして、

「私もだよ……咲夜」



「咲夜!!咲夜!!」

目を開けると、遼の必死な形相に、

「遼さま……すみません。ちょっとビックリしました」
「怪我は!?それと……泣いて……怖かったのだな」
「えっ?泣いて……あ、遼さまに会えて……う、嬉しいです。それで、ホッとして……」

その言葉に、遼はぎゅっと抱き締める。

「そばにいるから……笑っていてほしい。咲夜……」
「はい!!そ、それと、遼さまのことが大好きです!!」

直球の告白に、遼は一瞬驚いたものの、すぐに、

「私もだよ……咲夜」

と囁いたのだった。

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