異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵

島の記憶

 ――惑星ヴィーダの辺境の村「アレスティア」

 長閑な田園風景が広がる静かな村。田畑が広がり、丘陵地には羊に似た動物が草を食んでいる。人々は日の出と共に働き、日が沈むと家族で団欒を囲む。特筆すべきものなど何もないように見える。だが、ここに秘密結社「島の記憶」の本部がある。村の中心にある宗教施設の講堂の一角に「島の記憶」への入り口があった。壁に仕込まれた隠し扉を開けると、地下へと続く通路が顔を覗かせる。その奥が「島の記憶」の本部だ。

 ここ「島の記憶」本部のメインルームには七人の最高幹部全員が集められていた。

 メインルームは地下奥深くにあるのだが、巧みな採光によって地上の光が存分に取り入れられ、地上の部屋と遜色ない明るさがあった。決して広いとは言い難い円形のメインルーム中央には円卓が置かれ、周囲の壁には三百六十度の全周スクリーンが設置されている。スクリーンは惑星ヴィーダに点在する「島の記憶」の各拠点の様子を映し出すことができるのだが、スクリーンは完全オフになっていた。最高機密に類する会議のようだ。

 七人の幹部が議論している。彼らには序列があり、円卓の席位置は序列の順位によって定められていた。彼らは最近頻発している不思議な事件と宙の王の救出について方策を練っていた。

「情報思念体がどんどん次元断層に迷いこんでいる。中には機構のAクラステレポーターまでいるらしい」
「それだけじゃない。テレポート能力のないものまで迷い込んでいるという噂だ。本当なら大変なことだ」

 テレポートは肉体ごと情報思念体を瞬間移動させるのだが、それとは違い肉体を残して、情報思念体――我々の宇宙の言葉では魂――だけ抜けだして次元断層に迷い込むという不可思議な事件が多発していた。情報思念体が抜けた肉体は昏倒し、思念体が戻るまで深い眠りにつくという。

「我々のメンバーはまだ無事のようだが……」
「一体ぇ、何が起こっているんだ」
「機構の奴らは迷った思念体の救出をしているのではないのか」
「そんな数では済まないのです。エミッタ―がどれほど貴重か知っていますわね」

 幹部連中の多くは、次元調整機構から抜け出してきた者たちだ。人の心をモニター、管理する機構のやり方に嫌気が刺したあるエージェントが、宙の王と出会ったことが秘密結社「島の記憶」の始まりだった。以降、宙の王を盟主と仰ぎ、「思念の開放」を掲げて地下活動を続けている。

 彼らの活動は、次元調整機構に登録されている情報思念体パターンを消去または破壊し、彼らの管理から開放することであった。自分の情報思念体パターンが次元調整機構に登録されていないこと、それが「島の記憶」のメンバーになる為の条件だった。

「やはり、あの『裂け目の時』の影響が残っているのではないのか」
「あれは、八周期も前の話だ。いくらなんでもそれはなかろう」
「このままでは、この星の全ての思念体が消え、『棺桶』の星となってしまうぞ」
「一刻も早くマガンに御帰還願わねば。王の叡智ならば打開策も授けて戴けよう」
「馬鹿な。奴らから逃れるためにジャンプしたのにノコノコと戻ってきても捕まるだけだぞ」
「いや。機構も事態の急変に慌てているらしい。とてもマガンを捕獲する余裕はあるまい。いくら王の叡知があっても『棺桶』の星では使う者がいないではないか」
「しかし、我々では次のゲートが開く正確な時間は分からないぞ」
「そもそも、マガンは向こうの世界の何処にゲートが開くのか御存知なのか」

 マガンとは宙の王の尊称だ。「島の記憶」のメンバーの多くが宙の王への尊敬を込めてそう呼んでいた。

「――分かるわけがねぇ」

 燃えるような深紅の髪に二本の角を生やした若い娘、「島の記憶」の序列二位であるミローナが吐き捨てた。『疾風』の異名を持つミローナは、あの日宙の王を転送した最後の時を思い出して顔を歪めた。その胸元には、王から手渡された深紫の『クレスト』が光っていた。

「その通りだ。我々はあの六角転送基の中身を知っているわけではない。その機能の極一部を使えるに過ぎない」

 五十過ぎの白髪混じりの痩身の男が、テーブルに左肘をつき、その左拳から立てた人差し指をほんの少し曲げて下唇に当てたまま、ミローナに同意を示した。『島の記憶』序列五位、『深眼のネヴィス』だ。

「第一、マガンは御自身のクレストをお持ちにならずにジャンプされた。あちらの世界で実体化できないのではないのか」

 銀髪長身の若武者、序列四位の『影喰いオルトーン』が目を剥いてネヴィスに問うた。

 ミローナは震える手で宙の王の『クレスト』を握りしめた。あの時、『クレスト』を受け取ることを止めていればこんなことにはならなかったのに、と彼女は深く後悔した。

「いえ、マガンはあえてそうなさったのです。機構から身を隠すために」

 妙齢の貴婦人がよく通る高い声でオルトーンの意見を否定せずに修正した。彼女は序列三位、『思索のプロフト』と呼ばれている。その閉じられた瞼は彼女が深く思索していることを表していた。

「そうだ。マガンはその為に旅立たれた」

 ネヴィスは、プロフトに同意した。

「くそっ。じゃあ、王の思念体をどうやって探しゃいいんだよ!」

 序列六位、『浮身のトグセル』と呼ばれる若い男はテーブルに拳を叩きつけて憤る。トグセルの拳に刻まれた傷跡は、彼の怒りを受け止めたかのように赤みを帯びていた。

「ひとつ方法があります」

 プロフトはそういって瞼を開けると、ネヴィスに問いかけた。

「機構はマガンを追って、エミッタ―を向こうの宇宙に派遣した。そうでしたわね」
「うむ。パージからの情報と我が『深眼』が観たものは一致している」

 深眼のネヴィスは千里眼能力者だ。居ながらにして、数百ミール先の状況を『観る』ことができる。それが彼の二つ名である『深眼』の由来だ。しかし、彼はその能力だけで「島の記憶」の序列五位にいるわけではない。彼は『パージ』と呼ぶ多数の配下を各所に送り込み独自の巨大情報網を構築していた。

 彼はその情報網と己の『深眼』を駆使し両者の情報を精査した上で皆に指し示す。それだけにネヴィスの情報は確かなものだった。

「機構のエミッタ―はマガンを探す何らかの方法を持っている筈。ならば、我々も向こうの世界にエミッタ―を派遣し、機構のエミッタ―の後を追わせるのです。さすればマガンの思念体とコネクトできるでしょう」

 ネヴィスの答えを確認してから、プロフトは提案した。

「なるほど」

 トグセルは安心したように頷いた。

「それで、彼奴らが派遣したエミッタ―って、誰なんでぃ?」

 トグセルが急かす。

「『紅月の稲妻』だ」

 ネヴィスは絞り出すように言った。『紅月の稲妻』ことフェリア・クレイドールは次元調整機構の中でもトップクラスのエミッタ―だ。ソルジャー並みのパワーを持ったテレポーター。そしてエミッターでもある彼女は次元調整機構の中でも唯一無二の存在として知られている。その勇名は次元調整機構のみならず「島の記憶」にも轟いていた。

「あいつが相手か。厄介だな」

 トグセルが舌打ちする。

「我々の中でエミッタ―なのはミローナだけです。しかし、『疾風』に行って貰うにしてもサポートが必要ですわ。エトリン、貴方はどうかしら?」

 プロフトに突然名を呼ばれた序列七位、『暴風エトリン』は返事の代わりに「フェリア姉さまにお会いできるんですね」と答えてしまった。ミローナと議長以外の四人からギロリと睨まれシュンとなる。

 「『風の姉妹』に行って貰おう。向こうの世界のことを我らは殆ど知らないのだ。そこに赴く以上、互いに信頼できる者同士で行くのがよい。エミッタ―のミローナと、ソルジャーのエトリンなら互いに助け合えるだろう」

 ずっと口を閉ざしていた議長が重々しく決を下す。口髭を蓄えた五十代半ばのこの男が『宙の王』の片腕にして『島の記憶』の序列一位、『守護者モラト』だ。

「おう」
「はい」

 『疾風ミローナ』と『暴風エトリン』は同時に起立して返事をした。こういう所は姉妹ならではだ。

「勝手知ったる我らが『家』とはいえ、今は次元調整機構に占拠されている。くれぐれも油断は禁物だ。ネヴィス、そなたの『深眼』が必要になろう。プロフト、作戦を立案せよ」

 モラトは次々と指示を出し、会議の終了を宣言した。『島の記憶』の最高幹部七人は、宙の王の救出のため、足早に会議室を後にした。
 

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