異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵

遺産

「あれから、もう二周期も経ってしまったか……」

 アパクはそっと呟いたが、その声がフェリアに届いたどうかは分からない。アパクはそのままフェリアを『島の記憶』の拠点だった建物の中へと案内する。

 フェリアはアパクに一歩遅れて続いた。建物の中は古ぼけた外見とはうって変わって近代的に改装されていた。

 入口のホールこそ、三階部分までの吹き抜けで解放的な雰囲気を醸し出していたものの、通路には所々分厚い隔壁が設けられ侵入者を阻んでいた。隔壁には通常の電子ロックシステム以外に、閂のような合金製の分厚い柱が水平に取り付けられ、側壁に刺さっている。閂の方は、古風な鍵を使って開けるタイプのようだ。

 これにより、侵入者はデジタルな電子ロックとアナログな錠前の二つを破らなければ奥に入ることができないようになっていた。

 アパクは腰の携帯パックから合鍵を取り出し、隔壁が現れる度に開錠コードを入力し合鍵を使った。

 一つの隔壁を超えると壁の色が変わる。先ほどまでは白一色だった壁が色のついた壁になった。右の壁が青、左が黒に塗り潰されている。また別の隔壁を超えると今度はマーブル模様が二人を出迎えた。フェリアは美術館か何かに迷い込んだような錯覚に囚われた。

「面白い建物ですね。外からはとても想像できないわ」

 フェリアが素直な感想を口にする。

「それが、奴らの抜け目ない所だよ。電子ロックにアナログ錠を併用することで、給電をストップさせても短時間では破れないようにしている。面倒なのはそれだけじゃない。見て分かるとおり、この建物は外見と内装にかなりのギャップを作っている。意味は分かるな」
「はい。テレポーター対策ですね」
「その通りだ」

 テレポーターは、テレポートするときに意識を集中させて、自分がテレポート先に居ると強くイメージする。しかし、テレポート先の光景を正確にイメージできないと量子転写が上手くいかず、テレポートできないのだ。

 この建物の通路は其処彼処に細かく隔壁があり、奥まで見通せないようになっているのに加え、隔壁を超える毎に壁の色を変え、初見のテレポーターにはテレポート先をイメージさせないように工夫されていた。

「先の作戦では我々も手を焼いた。隔壁にぶつかる度に穴を開けてプローブを通し、中の様子を確認してからテレポーター部隊を投入した。しかし、それが宙の王に時間を与えることになってしまった」
「強硬突破は出来なかったのですか」
「隔壁を破壊すれば、対侵入者迎撃システムを相手にしなくてはならなくなる。そちらの方が被害が大きいと判断した。尤も隔壁の向こうにテレポートさせた部隊も奴らの待ち伏せに遭って、何名かを失ったがね」
 アパクはギッと奥歯に力を入れ、悔しさを噛み殺した。

「最終的に此処を完全制圧するまで二セグエント近く掛かってしまったよ」
「そうでしたの」

 フェリアは目を伏せた。

「部下をこれ以上死なせるわけにはいかないのでな。内部はなるべく当時のままで残してある。本当は改装しておきたいのだが、まだ何か隠されているかもしれん。それが分かるまでは手が付けられないというわけだよ」

 アパクも内心忸怩たるものを感じていたのだろう。自分に言い聞かせるかのようにフェリアに説明してみせた。

 と、アパクは一つの扉の前で歩みを止めた。分厚い合金で出来たアーチ型の扉だ。

「さて、緊急で君に来てもらった理由なんだが……」

 アパクが振り向いて本題に入る。フェリアは緊張した面持ちで次の言葉を待った。

「『宙の王』捕縛作戦は知っているな」
「えぇ」

 『宙の王』とは次元調整機構に対立するゲリラ組織『島の記憶』を率いるリーダーだ。しかし、彼はそれ以上に無限の転生者として知られていた。『宙の王』は遥かなる昔から転生を繰り返し、彼は惑星ヴィーダのみならず、宇宙創成からの歴史を記憶しているとさえ言われていた。

「結局、作戦は失敗し、『宙の王』を捕えることは叶わなかった……」

 アパクは作戦の失敗を思い出したのか、自分の言葉を反芻するかのように言ったあと、大きく息を吸ってから続けた。

「だが、その後の探索で彼の行方が分かったのだ」
「……次元断層ではないということですね」
「察しがいいな。これを見たまえ」

 アパクは扉の右隣の壁にある青く光る六角形に指を入れ、緑に光る光球を器用にスライドさせる。

 フェリアの前で、アーチ型の扉が重々しく開いた。


◇◇◇


 アパクが案内した部屋は五階から七階部分までをぶち抜いた大きな部屋であった。まだ復旧作業が十分でないのか、初めからこうだったのか室内は薄暗かった。壁に埋め込まれた種々の機器のランプの光でかろうじて室内の様子が分かる程度だ。しかし天井部分は上層階から漏れる明かりのお蔭で比較的明るい。天井に近い側壁には一度抜いてから再び塞いだかのような継ぎ目が見える。

 部屋の中央には人の背丈の倍ほどもある大きな装置があった。底面は六角形をしており、正面の一辺を除いた五辺は垂直に立てられたプレートで覆われている。装置の天井は、半円形をしていて、アンテナのようなものが数本水平に飛び出ていた。

 アパクはフェリアに目配せし、装置に近寄るように促した。

 フェリアは装置に近づくと側面のプレートに不思議な文様がびっしりと刻まれていることに気づいた。装置の底面は格子状の膜のようなもので覆われており、右横には端末と思しきコンソールがあった。

 フェリアは装置の六角形の形状から次元調整機構のジャンプルームを連想し、思わず呟いた。

 「ジャンプ装置……なの?」
 「その通りだ。いや正確には対宇宙行きのというべきだがの」

 フェリアが背後を振り向くと、次元調整機構所長のカラク・エラントが立っていた。

 アパクとフェリアが姿勢を正す。二の腕を横に出し、肘を曲げて手の平を頭につけ、敬礼する。それには及ばぬとばかりカラクは右手を上げて答礼した。 

 薄暗がりの中で浮かび上がったカラクは、六十歳は超えているだろうか。切り揃えられた白髪にベレー帽のような帽子を乗せている。顎に白髭を蓄えてはいるが、背筋はキチンと伸びていて衰えを感じさせない。彼の大きな鉤鼻の下の唇は笑みを湛えていた。

「よく来てくれた、フェリア」

 所長は破顔して言った後、転送基を見やった。

「これは『島の記憶』が発見し、稼働させた次元跳躍転送基だ。先史超古代文明の代物だよ。宙の王はこれを使って、我々の鏡像宇宙、対宇宙にジャンプしたのだ」
「対宇宙ですか」
「そうだ。道理でヴィーダを隈なく探しても見つからなかったわけだ。別の宇宙に逃げたのだからな」

 フェリアは息堰切って、カラクに尋ねた。

「では、私達もこれを使えば――」
「話はそう単純ではない」

 カラクはフェリアの言葉を途中で遮ると、一人の男を呼んだ。

「クーマ、入り給え」

 長身痩躯の男が部屋に入ってきた。

「クーマ・ウロウクと申します。以後御見知り置きを」

 クーマと名乗った男は、恭しく頭を下げた。クーマは次元調整機構のユニフォームではなく、ぴったりとしたスーツ――地球の背広とよく似ている――を着ていた。スーツの下は裏地が赤の白シャツに、オレンジのアスコットタイ。陽に当たったことが無さそうな白い顔に切れ長の目。薄い唇の右の口角が奇妙に上がっている。キザな雰囲気が少々鼻についた。

 クーマが手を差し出した。アパクとフェリアは順にクーマの掌に自分の掌を軽く合わせた。地球のように握手はしない。惑星ヴィーダ式の挨拶だ。

「彼は最近こちらに来てもらった技術主任だ。量産型『クレスト』の開発者でもある。詳しい事は彼に説明させよう」

 カラクはそう言って、フェリア達を別室に案内した。
 

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