らくガキ

鶴亀七八

その14

 みんなで楽しいBBQも、超絶にお腹がいっぱいになったところでお開きとなった。運ぶのが大変だった大量の食材も、主に会津仁とリズベルト・パールホルンの二人が平らげてしまった。

 どうやら二人の胃袋はブラックホールへと繋がっているようだ。

 おかげで食材分の荷物が減ったので帰りは楽なものだった。

 BBQをやるときは大食いの人間が一人はいた方が、片付けるものが減って案外いいのかもしれない。

 大量の出血はあれど、水野巫女も存分に満足してくれたようだし、森井ひとよも小柄で少食そうだけど、意外と食べていた。

 そういう俺も、終始焼き手に回っていたがかなり食べられた。自分の手で食べたお肉はただの一つもないけど、ひとよが次から次へと食べさせてくれた。

 そして今は例の城のように巨大なログハウスへと戻り、

「なぁ〜……親友よ」
 ——どうした、親友よ。
「このやり場のないモヤモヤを、どう払拭すればいい……?」
 ——このダブルジェンガを倒壊させない集中力へと変換するしかないな。

 女子がシャワータイムとなって、俺と仁の男子組は悶々と二つのジェンガを組み合わせて最高記録に挑戦していた。その高さは始めた時と比べると優に3倍はあろうか。

 両者とも変なプライドから、真ん中の積み木ジェンガを抜くの禁止という暗黙の了解があって、とにかく細く、高い。

 重心も高くなるのでバランスをとるのは難しいが、抜くポイントも同時に増えているため意外と抜く木の選別は簡単だ。

 現在は仁のターンで、空気が凍ってしまったかのように張り詰める。

 自らの鼓動すらも制御し、指先の揺らぎはない。仁の観察眼を持って選別された積み木をつまみ、動いているのかわからないくらいの速度でゆっくりと引き抜いていく。

 ……ゴクリ。

 仁の喉から唾を飲み込む音が聞こえてくるくらいの、静寂。

 むしろ女子組のシャワータイムの楽しげな音が漏れ聞こえてこなくてよかった。その辺りの防音もしっかりとなされた、ハイテクなログハウスのようだ。

 が、そこで悪魔はやってきた。

『お風呂頂戴したミー!』

 という、ドアの乱暴な開閉音とともに大音量でリズが登場し、そのわずかな震えから膠着を保っていたジェンガに空気を伝って微震が届く。

 たったそれだけで、ジェンガは大きく揺らいだ。お互いに、あダメだこりゃ、と思ったことだろう。

 ゆっくりと頂点が傾いたかと思ったら、中程で折れて一気に崩壊。長方体の積み木がガシャガシャと見る無残に崩れ去った。

『アリャ? もしかしていいタイミングだったかミ?』
「悪いタイミングだよ! 最悪だよ! 悪魔の所業だよ!!」

 狂乱する仁だが、俺にとっては天使の所業だ。これで仁が成功させたら確実に俺のターンで崩れていた。それほどに危ういバランスを保っていたのだ。

 まぁ、流石にそろそろ終わりにしたいと思ってもいたから、ちょうどいいと言えば、ちょうどいい。

 いずれにせよ、ナイスタイミングだった。

「いいお湯でしたねぇ……生き返りましたぁ」
「…………そ……ね」

 続いてホカホカの水野とひとよもリビングに入ってくる。

 わずかに上気した頬とか、男子ゴコロをくすぐる光景ではあるが、俺の視線はそこには向かなかった。

「…………な、に……?」
 ——いや、なんでも。

 ひとよのふんわりとしたロングヘアーが水を吸ってふんわりじゃなくなっている。ボリュームがすごい小さくなっているから、小柄なひとよがより小柄になったように思えた。

 髪の毛のボリュームがあるから顔が小さく見えるものだとばかり思っていたが、こうして見てみると、対比で小さく見えるとかではなくて素で小さいということがわかる。

 しかしだ。しかし、言わずもがな、ひとよの羽角のように跳ねた髪の毛だけは水を吸っても健在だ。中心に形状記憶の針金とか仕込まれているんじゃないかと疑ってしまうくらい。

 俺は真相を確かめるためにちょいちょいとひとよに手招き。

 ――ひとよ。ちょっと。

 小首をかしげながらも、すぐに表情を明るくして素直にテコテコとやってきた。
 俺の片手にはドライヤー。近くにはブラシも置いてある。これだけ物が揃っていれば、俺が何をやろうとしているのかわかるだろう。

 大きなソファーに小さなお尻を落として、俺に背を向ける。

 ドライヤーのスイッチを入れ、髪の流れに逆らわないように優しく風を当てた。

「…………ふぁ」

 こちらから顔は見えないが、気持ち良さそうな声が聞こえてきた。

「ひとよさん……(ブッシャァ!!)」
『ヒトヨさん、猫みたいに目を細めちゃってまぁ……』

 水野が鼻血を噴射している。せっかくお風呂から上がったばかりなのに、のぼせたのかもしれない。

 だがさすがに鼻血マスター(なんだそりゃ)なだけあって、どこにも被弾していない。普段はのんびりしている水野からは想像もできない神速でティッシュを鼻に詰めていた。

 視界の隅でそんないつもの光景を眺めつつ、俺の手はひとよの髪を乾かすために忙しなく動き回る。

『アマテルさん、なんか手馴れてるミ?』
 ――んん、テレビで見たまま真似てるだけだよ。

 確か毛先に逆らうように風を当ててはいけないとか、そんなことを言っていたような気がする。温度も高温は髪を傷めてしまうからNGだとかなんとか言っていた。

 髪の毛が乾いてくるとだんだんいつものボリュームが戻ってきて、ふわふわとしてきた。髪が長いしボリュームも多いから結構時間がかかってしまって、その間他の連中はテレビゲームでワイワイと盛り上がっていた。

 ――ブラシはどうする? やろうか?
「…………! …………!」

 ぶんぶんと首を縦に振るひとよ。その度に髪の毛がモッサモッサと動いた。
 よし。こっからが本番だ。

 何を隠そう、羽角のような癖っ毛をなんとかできないか確かめたくて、こうしているのだから。

 羽角はラスボスとして残しておいて、まずはやりやすいところからブラッシング。

 力加減は優しく。引っかかったら無理やり梳かさず、一旦戻して手でほぐす。これを繰り返していくと、ドライヤーの風で少しばかり乱れた髪がどんどん整っていく。

 結構面白い。

 ——痛かったら言ってくれよ?
「…………ん」

 ひとよは小さく頷く。

 リズは手馴れてると言ってくれたが、他人の髪を梳かすなんて生まれて初めてだ。見よう見まねでやろうにも限界はあるので、やはり結構引っかかってしまうのだ。

 髪の毛を引っ張られる痛みは男女共通だと思うので、男の俺でもどれくらいの痛みがあるかはわかる。

 ブラシからクッと僅かな手応えが。引っかかってしまった。

 ——あ、ゴメン。大丈夫か?
「…………んふぁ」

 ただ顔を覗き込むようにして声をかけただけなのに、肩をすくめて小さく吐息を漏らすひとよ。

『ヒトヨさんの弱点は耳……と』

 リズが何なら呟いてメモを取っている。鋭く睨むひとよだが、飛びかかると思ったらそれだけだった。

 ポンポンと俺の太ももを軽く叩いてくるひとよ。

 ——はいはい。

 早く続きをやれと言いたいのだろう。俺もまだラスボスに挑んでいないので満足はしてない。

 まずは手で羽角を抑えてみる。もちろん抑えている間はペタンとなるのだが、離すとバネのように返ってくる。

 手で撫で付けるようにしつつさらにブラシで梳かしてみる。

 ……お。
 ……これはいけるか?

 と思ったのもほんの一瞬で、ちょっとしたらやっぱり戻ってきた。風呂上がりのブラシの力を借りても、ひとよの羽角はやっぱり負け知らずだった。

 これ以上は手の打ちようがないし、ブラッシングも終了だ。

 だが、ひとよは目の前から動こうとはしなかった。

 ——はい、おしまい。……ひとよ?

 よく見れば、少しフラフラとしていて、船を漕いでいるようだ。

 そのまま後ろへ、つまり俺の方へゆっくりと小さい頭が胸のあたりにすっぽりと収まった。

 ——っとと。

 ひとよは、小さな寝息を立てて夢の世界へ飛び立っていた。

 テレビゲームで盛り上がっていて結構うるさい空間なのに、ここまであっさりと眠れるなんて、よっぽど疲れていたのかもしれない。

 みんなで遊んではしゃいだからな。風呂上がりのふわふわした感覚ほど気持ちいいものはないだろう。

 俺はしばしの間、そのまま動かさないで寝かせてやることにした。髪から伝わってくるシャンプーの香りが、俺にも眠気を伝えてくる。

 少しばかり目を閉じたら、まぶたの裏から一瞬の閃光を感じ取り、薄眼で確認すると、テレビゲームをしていたはずの三人がニヤニヤと笑いを堪えながらこちらを見ていた。

 仁に至っては、どこで買えばそんなもの手に入るんだよと思わずにはいられない超本格的な一眼レフカメラを構えていた。

 先程の閃光はどうやら、カメラのフラッシュだったようだ。

 いつの間に……全然気付かなかった。ほんのちょっと目をつむっただけだと思っていたけど、ひとよに触発されたのか俺まで眠ってしまったようだ。

 ということはつまり、寝顔を撮られた?

 ——盗撮は犯罪だぞ。

 俺は別に構わないけど、女の子であるひとよはそういうことを気にするかもしれないじゃないか。

「そう言うなよ。思い出は、プライスレス!」

 ドヤ顔で親指立てて仁は言う。

 軽く腹が立ったが、ひとよはまだ眠っているようなので、大人しくしておいた。

 後で覚えてろよ仁。悪夢を見せてやるからな。寝てる人の耳元で囁くと夢の内容を操作できるそうじゃないか……! 両手両足が芋虫に変わる夢でも見せてやるよ。

 ついでに寝首をかかれてもいいように、今のうちに遺書でも書いておくことだな。

 ——それはそれとして、俺はどうすればいい? 助けてくれ。

 すぅすぅと小さな寝息をこぼすひとよ。起こすのは忍びないので寝かしたまま女子部屋に移して寝かしてやりたいんだけど、がっつり体重を俺に預けていて身動きが取れなかった。

「安心しろ。毛布持ってきてやるから」
 ——ここで寝ろと?!

 俺は構わないけどこのまま寝たらひとよが体を痛めるかもしれないじゃないか。

 そんな俺の主張は当然のごとく却下されて、水野がキャーキャー言いながら毛布を持ってきたのだった……。

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