らくガキ

鶴亀七八

その12

 川での騒動も落ち着き、服の下に着込んでいた水着になって、大きな岩の上から親友の仁が川へ飛び込む。

 前回りの一回転だ。相変わらず身体能力は高い。

 と思ったのだが、勢い余って回りすぎて、背中から着水していた。

 バチーンと激しく水飛沫を巻き上げて、まばゆい日差しにキラキラと夏の輝きを散らす。

 ……美しきかな、夏の風物詩。

「っぷっはー! きんもちいい〜なー!」

 背中を真っ赤に染めた仁が、嬉しそうに水面から顔を出す。

 どう見ても誰が見ても、さっきの着水は痛いだろうに、その痛みを微塵も感じさせないほどの笑顔で、実に楽しそうだ。

 あいつ多分バカだから、痛いことも忘れているんじゃなかろうか。

『ワタシもヒトシさんの勇姿に続くミー! とおりゃー!』

 と、狐のお面をつけた語尾が変な金髪の留学生、リズが盛大にジャンプ。

 オレンジの水着ビキニになってもお面は外さないという謎のポリシーはしっかりと守っていて、ここがたくさんの人がいるであろう海でなかったことに心から安堵する。たぶん女子の目から見てもスタイルいいから、海に行ったらナンパとかされるかもしれない。一般人から見たらお面が異様な雰囲気を放っているだろうが。

 そして何をしたかったのか分からないが、恐らく仁の真似をしようとして失敗して、今度は体の前面でカエルのように着水。

 同じくバチーンと痛いであろう音を響かせながら盛大に水飛沫を巻き上げた。

 しばらくしてもリズが浮かび上がってこない。

 ——死んだか……?
「…………ぁれく、じゃ……しな、ぃ」

 小学生みたいに小柄な女の子、ひとよが俺の傍からポツリとこぼす。

 水玉の水着ビキニで、控えめなひとよにしては肌色多めでかなり大胆なチョイスだ。上からパーカーを羽織っているけど。

 リズは、いつも殴り飛ばされたり蹴り飛ばされたり投げ飛ばされたりしているから、耐久力がラスボス並みに成長しているのは理解しているつもりだけど、ひとよが「あれくらいじゃしなない」と言うからには心配はいらないか。

 しかしひとよ、どうしてそう自信満々にそんなことが言えるんだ……?

「り、リズさぁん? 大丈夫なんですかぁ? っていうかどこですかぁ?!」

 おっとり天然で妄想癖のある水野が心配そうな声を上げている。

 水野はフリル多めの純白の水着で、腰に巻いたパレオのフワフワ感が実に水野らしさを表している。

 恐る恐るといった体でゆっくりと川中へ足を進めてパレオの先端が水に浸かっていく。やっぱり水野は心優しき一般人だ。

 それが普通の反応だよな、うん。

『ガバミィィィィイイイイ!!!!』
「ひぃぃぃぃ!?!?!?」

 突如水面から飛び出すようにリズが現れて、それに驚いた水野がかなり大袈裟に驚いて後ろへひっくり返った。

 生きてた。それどころかテンション高まってた。
 お腹周りが真っ赤に染まっていて、地肌が白い分余計に目立つ。あれも絶対に痛いだろうに。

「けほっけほっ……水少し飲んじゃいましたぁ……」
『ご、ゴメンミ……ちょっと調子に乗ったミ』

 尻もちついた水野に手を差し伸べるリズ。

「あ、ありがとうございま——えいっ」
『ドワァー?!』

 手を掴んだ水野が、引き寄せるようにしてリズを倒し込んだ。そして今一度顔面から着水。

 おお、珍しい。普段は大人しい水野があの手のイタズラを仕掛けるなんて。水野も今回の旅行を楽しんでくれているようで何よりだな。

「お返しですぅ!」
『やったミー!』

 元気良く立ち上がった二人は、きゃっきゃと水の掛け合いが始まった。

 仁の奴は一人で黙々と何度も楽しそうに飛び込んでいて、色んな飛び込み方を研究しているようだ。

 ——ひとよはいいのか?
「…………ん……?」

 俺はと言うと、手頃な石に腰掛けてこうして遊んでいるみんなを眺めているわけだが、ひとよも同じようにして隣に座っている。

 ——泳いだり、水野たちと遊んだりしないのか、って。
「…………天照、は……?」
 ——俺はこうしてるのが好きなんだ。
「…………じゃぁ、わた……ぃ……も……」

 俺を一人にしないように気を遣ってくれているのだろうか。心遣いはありがたいけど、それでひとよがつまらなかったら、せっかくの旅行なのにもったいない。

 ——可愛い水着着てきたんだし、泳いできたら?
「…………かわっ……?!」
 ——川? そうだな、川以外泳ぐところ無いな。

 ガレ○スみたいに砂中を泳げるわけもないし……いや、ひとよならそれくらい難なくやってのけそうだけど。

 すると、指を突っつき合わせてモジモジと何か言いたそうにしている。いや、言いづらそうにしているのか。

「…………わたし……ぉょげ、ぃ……の」
 ——そうなのか?!

 ここに来てひとよの知られざる真実と言うか、意外な一面を発見してしまった。

 あれだけ小さな身体に強大なパワーを秘めておきながら、「泳げない」なんて弱点があるとは。ベタだな。

 ——そう言われてみればプールの授業は大人しくしていたような……?

 でも授業には参加していたし、タイム測定なんかは体調が悪くない限りは強制参加だったはずだ。
 となればひとよは泳いでいたはずで、ならば少なからず、最低限泳ぐことくらいは出来るんじゃないか?

 ——でも、少しは泳げるんだろ?
「…………ぃぬかき……と」
 ——と?
「…………バタフラィ、なら……」
 ——逆にすごいな!?

 いぬかきから平泳ぎやクロールをすっ飛ばしてバタフライは出来ちゃうのか。ひとよのスペックは相変わらず謎でブラックボックスと化している。

 ——しかしそうか、ひとよは泳げなかったのか。
「…………ぅん……」

 しょんぼりと落ち込んだ様子のひとよ。
 これはいけない。

 俺はおもむろに立ち上がり、川縁へ。

 ——ひとよ、こっちおいで。

 しゃがみこんで手頃の石を探しつつ手招くと、首を傾げつつも小さく頷いてトテトテと駆け寄ってくる。本当に小学生みたいだ。

「…………なに……?」
 ——なにも泳ぐだけが、川遊びじゃない。

 見せびらかすように持っているのは、手の平サイズの平べったい石。

 ——見てな。

 俺はその石を地面スレスレのサイドスローで川へ投げ込む。

 鋭い回転がかけられた石は、水に沈むことなくパシャンと水面を跳ねて、跳ねて、どんどん遠くへ。

 そう、水切りだ。

 記録は5回。うーん……イマイチ。

「…………ぉぉ……」

 隣から驚きのような吐息が漏れる。見てみれば、いつも気だるげな目を輝かしているような。

 ——もしかして、やったことない?
「…………しらな、ぃ……」

 フルフルと首を振る。

 そうきたか。やったことない以前に、水切りの存在自体知らなかったらしい。今時珍しいな。

 ——意外と楽しいよ。やってみる?
「…………みる……」

 コクリと頷くひとよ。

 見る、ではなくて、やってみるの、みる、だろう。

 ——コツは平べったくて丸い円盤状の石を選ぶこと。それから投げるときは回転をかけることと、進行方向に対して角度が斜め上になるようにすること。
「…………みずの、てぃこう……ぇんしんりょく……」
 ——そういうこと。

 さすがひとよ。仁と違って頭がいいから、今の説明で俺の言いたいことがどういうことか、理解したようだ。

 分かったところで、早速いい感じの石を探して歩き回る。

 跳ねる回数を稼ぐためには、石選びから真剣に吟味しないと散々たる結果に終わる。
 もし誰かと勝負でもしようものなら、それこそ水に流したくなるような恥ずかしい思いだってするかもしれない。

 それにしてもなんだ? さっきからずっと背後から視線が……。

 何気なく振り返ってみれば、ひとよが俺と同じルートでついてきて石を探していた。

 ——あー、ひとよ? 同じ所を探してもしょうがないぞ?
「…………ぷぃ……」

 なぜかそっぽを向いて知らんぷり。

 石探しを再開しても、やはり背後からは同じペースで足音が聞こえる。

 振り返ると、またそっぽを向かれた。

 なんだこれ。まるでカモかアヒルのようだ。

 ……しょうがないな。

 久しぶりにちょこっと本気を出して、視線を激しく動かして地面をサーチ。

 あった!

 ——ひとよ、これなんかどうかな? 形も良いし小さくてちょうどいいと思うよ。

 小柄なひとよは当然手も小さいだろう。指を引っ掛ける出っ張りもあって、我ながらナイスチョイス。これ以上ないくらいの石だ。

 土汚れをしっかりと落としてから手渡すと、ひとよは感触を確かめるように持ち方を色々と試して、そっとパーカーのポケットにしまった。

 ——なぜにしまう?!
「…………こ、に……する……」

 俺のツッコミには答えず、きょろきょろとしてから足元に転がっていた石を適当に選んで拾う。

 ま、まぁちゃんと円盤状だし、大きさも悪くない手頃な石だ。俺が渡したのと大差ないので、それでもいいか。

 俺も適当に石を拾って、ひとよと一緒に川縁へ行き、構える。

 ——川上に向かって投げるといいぞ。
「…………わか、た……」

 小さく首肯して体の向きを川上へ向ける。

 水の流れに逆らうようにして投げることで、石がさらに水の抵抗を受けるように出来る。おまけに川に対して角度をつけたほうが直線距離が伸びるので、向こう岸まで行ってしまう心配も少なくなる、というわけ。常識だな。

 ——俺がまず手本を見せるから、同じようにしてご覧。

 ひとよは少しだけ離れた位置で、猛禽類さながらの鋭い視線で俺を凝視。

 まるで貫かれるような視線だが、そこに敵意はないので変に緊張してしまうくらいだ。

 ——よっと……!

 最初にやって見せた時よりも強目を意識して投げ込む。回転力は申し分ないが、石の角度をつけすぎた。

 着水一回目で大きく跳ね上がってしまい、一気に勢いが減衰する。これは失敗だ。

 読み通り、6回跳ねてからチャポン……と沈んでしまう。

 さっきよりいい結果ではあるが、最高記録の半分もいってない。ずいぶんと腕が鈍ってしまったらしい。

 ——こんな感じ。どう?
「…………って、み……る」

 俺と同じように体を横に向けてサイドスローの構え。

 ちなみに世界記録は88回だそうだが、20回いけばいい方なんだとか。

「…………っ……!」

 腕がしなって見えるほどの鋭い振りに手首のスナップで猛烈な回転がかかり、指先の絶妙な調整で角度も完璧。

 これは20回台も夢じゃない!

 しかしひとよは俺の予想を軽々とぶっ壊してくれた。

 腕の振りが強すぎたのか、とんでもないスピードで投げ放たれた石は川に着水することなく、そのまま低空飛行を続けていく。

「ぷっはぁ! やっぱ飛び込みってサイコー!」

 石が向かう先には川に飛び込んだ仁が水面から顔を出していた。

 あ、死んだな。

 呆然と眺めて、そんなことを赤の他人のように思うことしか出来なかった。

 メっキョォッ…‥!!!!

 どう表現していいのか分からないが、こんな感じの音を出して吸い込まれるように仁の顔面に石がヒット。

 高速回転した平べったい石はきっと殴られるよりも威力があることだろう。
 リズと同じで普段から痛い目にあって、隠しダンジョンのラスボス並に耐久力が成長しているが、それでもこの攻撃は一撃必殺級だ。

 断末魔の叫びすら上げる暇もなく、海の藻屑…‥いや、川の藻屑と化した仁は川下へとゆっくり流されていき、本当に海の藻屑になろうとしている。

『のわっ?! 死体が流れてきたミ?!』
「仁くんですぅ?! どどどどどどうしましょうううう?!?!?!」

 大いに慌てるリズと水野。落ち着かせるために、俺は自信満々に声をかけた。

 ——あいつは死んでも死なないような奴だ。安心しろ。
「…‥……どぅして、天照が自信ぁりげ……?」
『それもそうかミ』
「なら安心ですぅ」
「もうちょっと心配してくんねぇかな?! オレの扱い雑すぎやしないか?!」

 ザバァンと立ち上がり、元気そうに反論してくれた。さすがはやられ慣れた仁だ。

 ——水切りで遊ぶときは、周りに注意するんだぞ?
「…………わかた」
「言うの遅くない?!」

 水切りは意外と危険な遊びだということが分かった、貴重な体験をした。



 俺たちの夏休みは、まだまだ続く。

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