らくガキ

鶴亀七八

その6

 夏休みが潰れるか潰れないか。そんな命運が賭けられたテストも無事に終了。
 あとは結果を待つのみだが、勉強会の甲斐あってか、いつも以上に自信あり。

 なのだが……。

『終わったミ……』

 狐のお面をかぶった語尾が変な女の子、リズベルト・パールホルン(愛称リズ)は机にぐんにゃりと突っ伏していた。
 テスト期間も全ての行程が終了し、クラスのみんなは開放的な気分に浸っているのに一人だけどんよりとしたオーラをまとっている。リズのまわりだけ重力が10倍にでもなっているかのよう。

 いったい何があった。

「リズちゃん? どうされたんですかぁ?」

 肩で切り揃えられたサラサラな髪に純粋な笑顔が男子に人気の女の子、水野みずの 巫女みこが心配そうな声をあげてそばに寄ってきた。
 彼女は妄想癖があって、よく鼻から赤いキラキラを生産している。

「…………めずらしぃゎね。そんなにだめだったの……?」

 腰より長いふわふわな髪を毛先の方でゆるく纏めた小さな女の子、森井 ひとよが続いてやってきた。超強力な羽角のような癖っ毛があって、何度撫でつけても直らない。
 いつもはリズにちょっかいを出されて反撃しているひとよだが、元気のないリズは違和感100%なのだ。違和感しかない。

 だから二人が心配してしまうのは当たり前で、かく言う俺もその内の一人だった。女の子のことは女の子に任せておけば間違いないだろう。わざわざ俺がでしゃばる必要も――、

『テスト期間終わったミィー!!』
 ――ってそっちかい!

 起き上がってバンザイして、全身で喜びを表現しているようだ。
 しかし紛らわしい態度をとるなよ。「テスト結果が絶望的で終わった」という意味ではなくて、単純に「テスト期間が終わった」という意味だったのか。

『アマテルさんちでの勉強会が効果絶大だったミ。あそこで学んだことを思い出せば……』

 そこでふと黙り込むリズ。
 俺の家での勉強会をフラッシュバックしてるのだろう。

『マクラの匂いしか思い出せないミ』
 ――おい。
「…………」
「…………」

 そこの二人も顔を染めるな。

「いよーっす。ようやくテスト終わったな」
 ――仁か。おつかれ。

 何気なくやってきたのは隣のクラスの会津あいず ひとし。一緒にバカをやってくれる数少ない親友で、相棒だ。
 いつも見計らったようなタイミングでやってくる。

「みんなテストどうだった? オレはいつも通りだったぜ」
 ――ふむ。まぁ俺も変わらずかな。
『ワタシはおかげさまで自信ありミ!』
「私もですぅ!」
「…………ょゅぅね」

 どうやらこの場にいるメンバーは全員満足のいく結果だったようだ。これで夏休みは安泰かな。

 ピンポンパンポーン。

〝生徒の呼び出しをしますわ〟

 この声は、うちのクラスの担任の葉山先生だ。すごく優しくて男女問わず生徒に人気の国語教師。ゆっくり目に優しく喋るものだから睡眠効果は凄まじく、眠くならない日はないほど。
 生徒指導を担当しているけどその優しさゆえか、かなりゆるゆるで罰則はほぼなし。罰ゲームでリズと一緒に購買部へ走って飛んでを繰り返し、それが見つかって怒られたのは記憶に新しい。

〝神谷天照、森井ひとよ、水野巫女、会津仁、リズは放課後になったらでいいので生徒指導室に来てください〟

 ピンポンパンポーン。

 ――俺ら……のことだな。
「この中じゃクラス別だけど、オレもか」
『ワタシだけフルネームじゃないミ?!』
「…………それはどぅでもぃぃことでしょ」
「私もですか……いったいどうしたんでしょうか?」

 誰一人として呼び出される心当たりがない様子。五人揃って頭上に「?」を浮かべてるけど、まぁそれは放課後に生徒指導室に行けばわかること。
 考えてもわからないことはいくら考えても、きっかけがない限りわからないもの。
 生徒指導室にはあまり良い思い出はないけど、悪い話じゃないことを祈ろう。

   *

 コンコン。
 仲良く五人揃って放送で呼び出された通り、生徒指導室の扉を叩いた。中に入ると呼び出した本人、葉山先生がパイプ椅子に座り柔和な笑顔で待ち構えていた。

「来ましたね〜」

 緩いウェーブがかかった髪を軽く払って、俺たちを出迎える。
 雰囲気としては水野と近いものを感じるけど、水野にはない大人びていて落ち着いたオーラを纏っている。

「葉山先生? 来ましたけど、いったいなんの用ですか?」
「とりあえず座ってください。お茶くらいは出しますから」
「はぁ」

 葉山先生とやり取りする仁にならって、俺たちもパイプ椅子に座る。
 お茶を出すと言っていたけど、すでに缶のお茶が人数分用意されて置かれていた。準備がいいのでこの流れは想定されていたのだろう。

「まずはテストお疲れ様でした。手応えの方はいかがでした?」
「ボチボチでんな。って、先生それを聞きたかったんですか?」
「いいえ〜。今のは私の興味本位ですわ。皆さんの採点が楽しみです」
 ――先生、それで? もしかして俺たち何か悪いことでもしました?

 このままだとどうでもいい話が続きそうだったので、直球勝負。授業中も結構どうでもいい話を挟み込んでくるので、こうやって無理矢理にでも進めないといつ終わるかわかったものじゃない。

 生徒指導室に呼ばれたくらいなのだから、無自覚でも何か悪いことをしたのかもしれないという推測からの質問だったけど、先生はそれをあっけなく否定した。

「ちょっと違いますわ。皆さんを見込んでお願いがありますの」
「お願いですかぁ? わざわざ私たちにですか?」
「はい。わざわざ、あなた達に、です」

 にっこりと笑う葉山先生。俺にはその笑顔の向こう側に何か思惑がうごめいているようにしか見えない。人を見る目があるひとよも多分同じことを思ってるのだろうな。怪訝な表情を浮かべている。

『して、そのお願いとはなんだミ?』
「あなた達には夏休み初日から、校舎全体の清掃をしてもらいます♪」

 一瞬の沈黙の後、

『「ええぇぇぇぇぇぇぇ」ミ?!!!!?』

 と、仁とリズの二人が絶叫レベルの悲鳴を上げた。

 気持ちはわからなくもない。聞き間違いじゃなければ「校舎全体の清掃」と言っていた。それがどれだけ大変な作業か、学校に通ったことがあるほとんどの人がわかるだろう。
 それをたったの五人でやれと。

「ど、どうしてそんなひどい仕打ちをっ?!」
『苦行のテストも終わってあとは夏休みを楽しみに待つだけだったのミ?!』

 涙を浮かべて必死に抗議する二人だが、対する葉山先生は変わらずにっこり笑顔を浮かべたまま。
 当然この反応もわかっていたことなのだろう。
 誰もが胸踊る「夏休み」が初日から掃除で潰されようとしているのだから。

「私も反対したのよ? 『さすがに可哀想です』って。でも庇いきれなくて押し切られちゃったの。ごめんなさいね」

 葉山先生が本当に悪いと思っているのかよくわからないが、先生も学生だった時があるのだ。夏休みが潰れてしまうショックがどれくらいかは想像がつくはず。
 だからこそ反対してくれたのだと信じたい。

 ――お話はわかりましたけど、じゃあどうして俺たちが掃除を?
「そうねぇ……」

 先生は頬に手をやり、しばし考えてから、

「今までのツケが回ってきたと思ってちょうだい?」
「ツケですとっ?!」
『ミッ?! 今までお咎めなしだったのは葉山先生がかばってくれていたからだったのかミ?!』
「そうよ〜? だから先生に感謝して欲しいくらいだわ〜」

 ありがたいですけど、せめて夏休みまで頑張ってかばってほしかった……。
 いや、そんな他力本願な心持ちだからこそ夏休みに今までのツケが回ってきたのだ。ここは潔く諦めて、かばってくれていた先生のために大人しく掃除をするべきか。

 ――あれ、でも水野は? 水野は何もやってませんよね?

 俺と仁とリズの三人は、やらかして生徒指導室によくお世話になっているし、ひとよもたまに力が有り余ってやりすぎて、生徒指導室に呼び出されることはあった。
 けど水野は生徒指導室には関わりのない生活を送ってきているはず。呼び出されているところを今日初めて見たくらいだ。

「水野さんは、悪いんですけどちゃんと掃除をしているか監督してもらうのと、人質を兼ねてもらいますわ」
「はひぃ?! 人質ですかぁ?!」
「真面目な水野さんならサボらず来てくれるし、水野さんが来れば罪悪感から他の人も来ざるを得ないでしょう?」

 うふふふ、と上品に笑っているが、言っていることは結構えげつなかった……。大人って汚い!

 そして先生が言っていることは正確に的を射ている。水野は頼まれれば断れないタイプの人だし、関係無い水野が掃除しているのに俺たちが掃除しないのは罪悪感がハンパない。
 結果、サボれない。

 ほんわかしているくせに、なかなかの策士な葉山先生だった。

 ――つまり『俺たちを見込んでのお願い』っていうのは……。
「元気が有り余っている皆さんなら掃除がちょうどいい罰だろう、ということですわ」

 悪いことをしたから呼び出されたのではなくて、やってきた悪いことを清算するために呼び出されたのか。だから「俺たち何か悪いことでもしました?」という問いに「ちょっと違いますわ」という返事が返ってきた、と。

「そういうことですから、分かったらもう帰っていいですわよ」
「オレ全然わからないんで帰らなくてもいいですかね?」
『ワタシもわからないミ。〝そうじ〟ってなんだミ?』
「そこからですかぁ?!」
「…………きょぅも、そぅじしたでしょ」
 ――君らね……いいかげん認めようよ。

 仁とリズがショックすぎて現実逃避している。そういう俺もかなりショックだが、何を言われても微動だにしない葉山先生を見ていると、反論しても無駄なのだろうと悟ってしまう。

「…………ほら、かぇるわょ」

 ひとよが未だに駄々をこねる仁とリズの首根っこを掴んで、ズルズルと引きずって退室。俺と水野もお茶の缶を回収してから「失礼しました」と言ってひとよに続いた。

   *

 教室に戻ってカバンを回収して、お茶を片手に帰り道。
 仁とリズはテスト終わりだというのに嬉しくない話をもらって落ち込んでいるが、まぁ明日にはいつも通りのうるさい二人に戻っているだろう。

 今回の話で一番可哀想なのは水野だ。完全に巻き込まれた形なのだから。

 ――水野、なんかゴメンな。
「えぇ?! 急にどうしたんですかぁ?」
 ――もう少し自重してれば、こんなことにもならなかったのに。
「ま、まぁ夏休み初日からみんなに会えると思えば楽しみですよ!」
『ミコさん……ええ子すぎるミっ!』

 リズのかぶっている狐のお面から涙がブワッと溢れてきた。そんなギミックまで仕込まれていたのか。相変わらずリズの謎の技術力には感服する。

「…………ゎたし、も」
 ――ん?

 ひとよが、裾を引っ張ってきた。

「…………ぅれしぃ」
 ――そうだな。

 小さな頭に手を置いて、なでりなでり。

 水野とひとよの言う通り、物事は考え方次第。夏休み初日からみんなと会えるんだと思えば少しは楽しみになるものだ。やることは面倒な掃除でも、このメンバーでなら楽しくやれるかもしれない。

『でもヒトヨさんの場合は「〝アマテルさんに会えるから〟うれしい」ってことだミ?』
「…………っ! ちがぅゎ(ぷいっ)」

 明後日の方向を向くひとよ。

 じゃあ掃除ができるから嬉しいのか? そんなに綺麗好きだったのかひとよは。夏休み初日は新しい一面が発見できるかもしれないな。

 ――掃除がんばろうな。良いことすれば、良い出来事が待ってるかもしれないし。
「…………そぅね」

 おとなしく撫でられるひとよ。
 今日も、癖っ毛は直らなかった。

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