自己破壊衝動(タナトス)
第5章
 今目の前にいるのはあの少女じゃない。
 そう言えばまだ名前も聞いていなかった。
 知っているのは君の賢さと優しさだけ…
 そしてこのぬくもりは、君のものだ。
 君の震える肩はあの子より少し小さくて、
 君の手はあの子よりずっと綺麗だ。
 きっと君はあの子のように、暴力に耐え、労働を楽しみ、飢えを凌いだ経験はないだろう?それなのにどうしてそんなに辛そうな顔をしている?
 ………。
 泣いている彼女を目の前にして、そんなことを考えてる自分に吐き気がした。
 でも、
 
 「たすけて。」
 その言葉が嬉しかったのも事実だ。
 世界を作りかえても、僕は孤独だった…
 昔あの少女がそうだったように、
 僕の寂しさを君は埋めてくれた。
 そんな君の心の叫びに僕は気づいていた。
 でも、僕は無力だ。
 この世界を作ったのは僕なのに、この世界では僕の力はあまりにも小さすぎて、自分が何者なのかもわからなくなる。おかしな話だ。
 僕は、あの子を救えなかった。
 君が死んだあの日、僕は上界に帰った。
 君がいない孤独に耐えられる自信が僕にはなかった。
 人といる暖かさを一度知ってしまったら、もう戻れない。
 
 君のいない世界にあれ以上留まる理由が僕にはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 「大丈夫。」
 僕は君の体を離して言った。
 「僕は、君の味方だよ。」
 君の目からまた涙があふれた。
  立ち尽くす君をもう一度抱きしめて、僕らはしばらくそこにいた。気づいたら、薄暗い空に朝日がそっと覗いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 僕が君の街に足を踏み入れた瞬間、銃声がなった。
 「こっち!」
 
 彼女が僕の手を引いた。
 こんなに走ったのはいつぶりだろう…
 僕らは古びれた神社に行き着いた。
 「ごめん、驚かせちゃったね。」
 彼女は息も切らさず、平然とそう言った。
 「もう、9時過ぎてたんだ。」
 僕は混乱する頭で彼女の言葉を呆然と聞いていた。
 「これが、ここの日常だよ。毎日9時になると銃撃戦が始まる。それはもう昔サバゲーと呼ばれたものじゃないの。あんなの、ただの殺し合い…っ。」
 
 君の表情が歪む。
 「私も、人殺し。」
 
 ……………。
 ……。
  そう呟いた彼女の目が震えているのがわかった。
 
 「知らない、って罪だよね。」
  
 古ぼけた神社は静寂を貫き、風の音だけが響いている。
 「私はお姉ちゃんと2人、この街に生まれたの。父は私たちに戦闘のすべてを叩き込んだ。あの人は、女でも弱ければ生きられない…そう言って私たちに強さを教えた。でもお姉ちゃんは…強くなることを拒んだ。」
 僕の五感が君の話に集中していた。
 
 「お姉ちゃんは知ってたの。そして、恐れた。自分がいつか誰かを殺してしまう日が来ることを…そして………」
 君が言葉を紡いだ。
 涙が、君の言葉を拒んでいるように見える。
 「ごめ、っ…...」
 僕は君の頭に手を置いた。
 「大丈夫。僕は、ちゃんと聞いてるから。ゆっくりでいい。」
 その言葉に君がまた泣き出すから、僕はそっと袖を君の頬に当てた。
 ……………………。
       ……………………………。
 「ある日、お姉ちゃんが私に言ったの。」
 『お願い、ユミ…力を貸して。あなたなら、簡単に作れるでしょ?』
  「そう言ってお姉ちゃんは、私に一枚の紙を渡した。あ、ユミは私の名前だよ。ごめんね、まだ名乗ってもいなかった…」
 そして、君は続けた。
 「その紙には、詳細に銃の設計が記されてたの。でも数式は少しずつズレてて、使う素材の実験もまだ済んでいなかった。」
 僕は、言った。
 「君はそれを、作れてしまったんだね。」
 ………………。
   君はゆっくり頷いた。
 「だけど、私は知らなかった。自分が作ったものが、お姉ちゃんを殺すことになるなんて、知らなかったの。私はただ数式を解いただけ。ただ、物質の融合を完成させただけ。私はただ、お姉ちゃんの役に立ちたかった…それだけだったのに。」
 君の涙は止まっていた。
 「お姉ちゃんは、それを使って自殺した。妹の作ったモノで自分を殺したの。私は…お姉ちゃんを許せない。」
 君は切なそうに、笑った。
 「でも、一番許せないのは自分自身。何も知らなかった、私のこと。そんなものを生み出してしまった私の頭。こんな才能なんて、いらなかった。」
 君の呼吸が荒れる。
 「どうせなら、本物のバカになりたかった。わかりたくもなかった。自分が犯した罪も、知らなければきっと楽だったのに………。」
 僕が言葉を探すうちに、君の話は続いてる。僕はただ聞くことしかできないのか…そう思うと悔しかった。
 
 「それは、さぞ綺麗にお姉ちゃんを殺したんだろうね。遺体からは傷一つ見つからなかった。完全に脳を制御して、静かにお姉ちゃんの呼吸を止めた…」
 消えそうな君の声は、僕の耳に痛いくらいはっきり響く。
  
 
 「私は、『ナニ』をつくったの?わからないの、『アレ』が、なんなのか…わからないの。」
 僕は、なんて答えるべきなのだろう。
 ………………。
 ……。
 「本当に、知りたい?」
 僕は聞いた。
 「僕はその答えを知ってるよ。だけど、君には何の罪もない。でも優しい君は、その罪を背負ってしまうだろう?僕は、あまり勧めないよ。真実なんて、実にくだらない。この世界は、知らなくていいことの方が多いんだ。」
 君がうつむく顔を上げた。
 「そう言えば、名前…聞いてなかった。」
 唐突に君が言った。
 僕は、名乗った。
 「アイク。僕の名前…」
 僕は、仁とは名乗らなかった。
 君にはなぜか、アイクと呼んで欲しかった。
  「アイク……。」
  君が繰り返す。
 「お願い、アイク…全部を知りたい。覚悟なんてとうの昔に決まってるよ。私はもう、知らないことに耐えられない。私は、あの時から自分の才能がこわくなった。生きていていいのかも、わからなくなったの。でも、お姉ちゃんのように『ソレ』を使う勇気もなかった。臆病な自分にはもう、疲れたよ。」
 君の目から、迷いは感じられなかった。
 僕は静かに語り出す……
 「君には、全部話すよ。」
 君の目は真剣そのものだった。
 真っ直ぐに僕を見据えていた。
 
 
 
 
 そう言えばまだ名前も聞いていなかった。
 知っているのは君の賢さと優しさだけ…
 そしてこのぬくもりは、君のものだ。
 君の震える肩はあの子より少し小さくて、
 君の手はあの子よりずっと綺麗だ。
 きっと君はあの子のように、暴力に耐え、労働を楽しみ、飢えを凌いだ経験はないだろう?それなのにどうしてそんなに辛そうな顔をしている?
 ………。
 泣いている彼女を目の前にして、そんなことを考えてる自分に吐き気がした。
 でも、
 
 「たすけて。」
 その言葉が嬉しかったのも事実だ。
 世界を作りかえても、僕は孤独だった…
 昔あの少女がそうだったように、
 僕の寂しさを君は埋めてくれた。
 そんな君の心の叫びに僕は気づいていた。
 でも、僕は無力だ。
 この世界を作ったのは僕なのに、この世界では僕の力はあまりにも小さすぎて、自分が何者なのかもわからなくなる。おかしな話だ。
 僕は、あの子を救えなかった。
 君が死んだあの日、僕は上界に帰った。
 君がいない孤独に耐えられる自信が僕にはなかった。
 人といる暖かさを一度知ってしまったら、もう戻れない。
 
 君のいない世界にあれ以上留まる理由が僕にはなかった。
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 「大丈夫。」
 僕は君の体を離して言った。
 「僕は、君の味方だよ。」
 君の目からまた涙があふれた。
  立ち尽くす君をもう一度抱きしめて、僕らはしばらくそこにいた。気づいたら、薄暗い空に朝日がそっと覗いていた。
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 僕が君の街に足を踏み入れた瞬間、銃声がなった。
 「こっち!」
 
 彼女が僕の手を引いた。
 こんなに走ったのはいつぶりだろう…
 僕らは古びれた神社に行き着いた。
 「ごめん、驚かせちゃったね。」
 彼女は息も切らさず、平然とそう言った。
 「もう、9時過ぎてたんだ。」
 僕は混乱する頭で彼女の言葉を呆然と聞いていた。
 「これが、ここの日常だよ。毎日9時になると銃撃戦が始まる。それはもう昔サバゲーと呼ばれたものじゃないの。あんなの、ただの殺し合い…っ。」
 
 君の表情が歪む。
 「私も、人殺し。」
 
 ……………。
 ……。
  そう呟いた彼女の目が震えているのがわかった。
 
 「知らない、って罪だよね。」
  
 古ぼけた神社は静寂を貫き、風の音だけが響いている。
 「私はお姉ちゃんと2人、この街に生まれたの。父は私たちに戦闘のすべてを叩き込んだ。あの人は、女でも弱ければ生きられない…そう言って私たちに強さを教えた。でもお姉ちゃんは…強くなることを拒んだ。」
 僕の五感が君の話に集中していた。
 
 「お姉ちゃんは知ってたの。そして、恐れた。自分がいつか誰かを殺してしまう日が来ることを…そして………」
 君が言葉を紡いだ。
 涙が、君の言葉を拒んでいるように見える。
 「ごめ、っ…...」
 僕は君の頭に手を置いた。
 「大丈夫。僕は、ちゃんと聞いてるから。ゆっくりでいい。」
 その言葉に君がまた泣き出すから、僕はそっと袖を君の頬に当てた。
 ……………………。
       ……………………………。
 「ある日、お姉ちゃんが私に言ったの。」
 『お願い、ユミ…力を貸して。あなたなら、簡単に作れるでしょ?』
  「そう言ってお姉ちゃんは、私に一枚の紙を渡した。あ、ユミは私の名前だよ。ごめんね、まだ名乗ってもいなかった…」
 そして、君は続けた。
 「その紙には、詳細に銃の設計が記されてたの。でも数式は少しずつズレてて、使う素材の実験もまだ済んでいなかった。」
 僕は、言った。
 「君はそれを、作れてしまったんだね。」
 ………………。
   君はゆっくり頷いた。
 「だけど、私は知らなかった。自分が作ったものが、お姉ちゃんを殺すことになるなんて、知らなかったの。私はただ数式を解いただけ。ただ、物質の融合を完成させただけ。私はただ、お姉ちゃんの役に立ちたかった…それだけだったのに。」
 君の涙は止まっていた。
 「お姉ちゃんは、それを使って自殺した。妹の作ったモノで自分を殺したの。私は…お姉ちゃんを許せない。」
 君は切なそうに、笑った。
 「でも、一番許せないのは自分自身。何も知らなかった、私のこと。そんなものを生み出してしまった私の頭。こんな才能なんて、いらなかった。」
 君の呼吸が荒れる。
 「どうせなら、本物のバカになりたかった。わかりたくもなかった。自分が犯した罪も、知らなければきっと楽だったのに………。」
 僕が言葉を探すうちに、君の話は続いてる。僕はただ聞くことしかできないのか…そう思うと悔しかった。
 
 「それは、さぞ綺麗にお姉ちゃんを殺したんだろうね。遺体からは傷一つ見つからなかった。完全に脳を制御して、静かにお姉ちゃんの呼吸を止めた…」
 消えそうな君の声は、僕の耳に痛いくらいはっきり響く。
  
 
 「私は、『ナニ』をつくったの?わからないの、『アレ』が、なんなのか…わからないの。」
 僕は、なんて答えるべきなのだろう。
 ………………。
 ……。
 「本当に、知りたい?」
 僕は聞いた。
 「僕はその答えを知ってるよ。だけど、君には何の罪もない。でも優しい君は、その罪を背負ってしまうだろう?僕は、あまり勧めないよ。真実なんて、実にくだらない。この世界は、知らなくていいことの方が多いんだ。」
 君がうつむく顔を上げた。
 「そう言えば、名前…聞いてなかった。」
 唐突に君が言った。
 僕は、名乗った。
 「アイク。僕の名前…」
 僕は、仁とは名乗らなかった。
 君にはなぜか、アイクと呼んで欲しかった。
  「アイク……。」
  君が繰り返す。
 「お願い、アイク…全部を知りたい。覚悟なんてとうの昔に決まってるよ。私はもう、知らないことに耐えられない。私は、あの時から自分の才能がこわくなった。生きていていいのかも、わからなくなったの。でも、お姉ちゃんのように『ソレ』を使う勇気もなかった。臆病な自分にはもう、疲れたよ。」
 君の目から、迷いは感じられなかった。
 僕は静かに語り出す……
 「君には、全部話すよ。」
 君の目は真剣そのものだった。
 真っ直ぐに僕を見据えていた。
 
 
 
 
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