異世界リベンジャー

チョーカー

アセシ 毒のような男

 ベットと木刀。さらに俺の部屋(牢獄)に増えた物がある。
 それは時計だ。
 例え異世界であれ、時間の概念は存在している。
 俺たちの世界とは別物かもしれないが、時計のような物があるに違いない。
 そう考え、モナルに手振身振りで時計と言う物を説明してみたが……こちらの世界にも普通に時計は存在していた。
 どうやら、この世界も1日は24時間。1時間は60分。1分は60秒という時間の基本ルールは同じらしい。
 その時計が今日、運び込まれてきたのだが……

 『ゴン ゴン ゴン ゴン』

 「……」
 目の前には柱時計があった。
 俺の部屋に送られてきた時計はグランドファーザークロック。
 直訳すると『おじいさんの時計」だ。
 俺たちの世界では童謡で歌われているほど、有名なアレ。
 2メートルを超える巨大な時計。一定の時間毎に鐘の音が鳴るのは気にしないが……
 常に聞こえてくる振り子の音がうるさい。
 わりと―——いや、かなり邪魔である。
 しかし、一度送られてきた以上、気軽に「チェンジ」と言えるわけもない。
 とりあえず、部屋の隅に追いやって設置している。
 さて―——
 なぜ、時計が必要になったか?
 そりゃ、人間が生きていくには時間の概念は必要不可欠である。
 なんて一般論は置いといて……
 「……そろそろか?」
 俺は時計を眺めながら、呟く。
 腰を下ろしていたベットから立ち上がり、外へ繋がる扉を開いた。
 城の外は暗闇。相変わらず、噴水の前では空気を切り裂く音が聞こえてる。
 クルスの鍛錬だ。
 どうやら、彼女は週に2度くらいのペースで、この時間で鍛錬を行っているみたいだ。
 もっとも、こっちの世界では、時間の概念が同じでも暦が若干の違いがあるので1週間の感覚が狂う事もある。
 結構、日にちを間違えて彼女の鍛錬を見逃してしまう事が多々ある。
 そんな事はさておき、俺はいつも通り物陰に隠れて盗み見る。
 彼女の動きを観察して、彼女の剣技を盗む。
 すでに残り半月となっている、彼女との決闘。
 もしも、俺に生きて帰る術があるならば、彼女の剣を研究に研究を重ねて知りつくす事だ。
 「……いや、それだけじゃないかもしれない」
 おれの呟きは暗闇に吸い込まれ、誰の耳に届かずに消えていく。
 彼女の剣を見るのが好きになっている。
 彼女の剣技を1日中、真似している。そして、次に彼女の鍛錬を盗み見ると、前回までは分からなかった発見が生まれるのだ。
 例えば『あの動きから、別の動きに繋がるのか』とか
 例えば『ここで止まっているのは、フェイントだったのか』とか
 例えば『相手の攻撃を想定したカウンターを行っているのか』とか 
 それを見つけるのが、たまらなく楽しい。
 夢中になって見ている自分に気がつくが、それも、そんなに悪いものではない。
 おかしな話、俺は彼女のファンになって……いや違うな。断じて違う。
 俺は首を横に振って否定する。
 俺は彼女のファンに成っているわけじゃない。
 俺は彼女の剣技のファンに成っているのだ。
 そこだけ譲れないものがあった。

 やがて、暗闇に光がさしていく。
 夜明けだ。
 朝日を浴びて、クルスは鍛錬をやめる。
 いつものように、何事もなかったように背筋を伸ばして、足早に歩いていく。
 「さてっと、俺も帰るか」
 そうやって立ち上がるろうとした。しかし、立ち上がれなかった。
 何が起こったの一瞬わからなかった。
 何者かが背後から肩に手を乗せている。いつの間に……全く気がつかなかった。
 決して力が込められているようにも思えないソレに、俺の体は固定されたように動く事が許されなかった。
 辛うじて動かせる首を捻り、ソイツを目にする。
 朝日に反射する滑らかな黒髪。瞳も黒い。
 線の細い体のライン。男でありながら、妖艶さを持ち合わせている。
 優しさを内包するようなさわやかな笑顔を俺に向けていた。
 初対面で感じた印象を漢字一文字で表すなら―——
 『毒』
 そういう男が立っていた。
 そして、男は爽やかな声で話しかけてくる。
 「出歯亀行為ピーピングトムとは、いかがなものかと思いますよ」
 不意に拘束が解ける。俺は全身の筋肉をフル稼働させ、男との距離を取る。
 何者か?……敵?
 優しげで、細身の優男。その外見とは裏腹に、俺の中で危険度が上がる。
 「そんなに警戒しないでくださいよ。僕はマナー違反を咎めただけですよ……
 いやだなぁ。そんな怯えた表情を見せられると……

 本気で殺すぞ!?」

 優しげな男?それが豹変する。獲物を前に舌なめずりする狩人のように無慈悲な視線。
 それは殺意ですらない。
 なるほど……殺すことが決定して者に殺意を振るう必要はないという事か。
 背筋に薄ら寒いものが流れる。
 男が剣を抜く。
 男が手にしたのは片手持ちの剣。抜き身の刃が俺に狙い定めている。
 「いいねぇ。いいですよ。最初は様子見のつもりだったが、中々どうして……楽しめそうですね」
 言い終わると同時に男が飛び込んでくる。
 その動きは速い。速いが……物足りない。
 模写し、想像し……なお、何度も向けられて貫かれかけたクルスの突き技。
 それに比べると、ただ速いだけの突き。
 俺は簡単に避ける。避けると同時に男の腹部へ拳を叩き付ける。
 男の口から太い息が漏れる。
 だが、男は動きを止めない。
 片手剣を俺の顔面に向けて走らせてくる。
 俺はその場でしゃがみ込み回避。そのまま、男の下半身を抱きしめるように両手で包み込む。
 タックル―——いや、柔道の諸手刈りだ。そのまま、寝技へ移行する。
 剣道は1か月も持たずに辞めたけれども、柔道経験はそれなりにある。
 俺の学校は柔道が体育の必須教科だったりもするのだ。
 なぜ、柔道に打撃がないのか?それは当たり前の事だ。
 戦場で刃物を持って戦う事を想定している格闘技に打撃は必要ない。
 柔道の寝技。抑え込みで一本勝ちになる時間は30秒。
 30秒という時間は、相手を抑え込み、首を切り取る事を想定した時間だ。
 男の刃物を上から抑え込むと同時に、相手の動きを完全に封じる。
 下から男は猛獣の如く暴れ狂う。その腕力はすさまじい物がある。
 あるが、腕力で技を破るほどではない。
 やがて、力尽きたかのように男は動きを止めた。

 「放してくださいよ。冗談じゃないですか?」
 「どう考えても嘘だろ?それ?」
 「……はい」
 妙におとなしくなった男に、俺は片手剣を放す事を指示。
 それを見届けてから、技を解く。

 「いやぁ、お強いですね。クルスさんと決闘する魔人と聞いて燻がっていたのですが……納得納得」

 男は埃を払うような動作を繰り返し、立ち上がる。
 「さて、僕の名前はアセシと申します。貴方の名前は何と言いますか?」
 「俺の名前は伊藤禅だ」
 さわやかな笑顔を向けてくるアセシ。さっきまで見せていた鬼のような表情は嘘みたいに消えている。
 しかし、警戒心を薄める事は出来ず、俺はアセシをにらみ続ける。
 「いやいや、警戒しないで下さいよ。僕は騎士団側の人間なので、敵同士なのですよ」
 「敵同士なら警戒するだろ……」
 「アハッ それもそうですね」

 しかし、騎士団の人間ね……
 そんな感想を抱いていると、それを敏感に察したのか
 「あっ、ユズルさん。騎士団の人間としては弱いと思ったでしょ?」
 俺はそれを無言で返す。なぜなら図星だったからだ。
 アセシは弱かった。現に俺は素手で勝てた。
 しかし、アセシの実力には違和感がある。
 気配もなく俺の背後と取ってみたり、肩に手を添えるだけで俺の動きを封じたり……
 コイツは実力を隠している。俺は、そう疑っていた。
 「いやいや、騎士団の中でも親父や姉ちゃんが別格なだけですよ。あの2人は人類最強圏内に入ってますから」
 アセシはわざとらしく肩をすくめて見せる。
 しかし、彼の言葉はスルーできないものだった。
 「親父?姉ちゃん?誰の事だ?」
 「親父は騎士団長オルドで、姉ちゃんは騎士団のクルスですが、何か?」
 「……いや、似てないな」
 「あれれ?想像より反応薄いですね」
 アセシは意外そうな顔をする。
 オルドやクルスの親族であると明かした瞬間に見せられたドヤ顔が嘘みたいだ。

 「この世界に来てから、大抵の事じゃ驚かなくなっているのさ」

 俺は素っ気なく答えた。それよりも―——
 「そう言えば、お前」
 「はい?」
 「ピーピングトムって言葉を使ってなかったか?」
 「はぁ、使ってましたが、何か?」
 アセシは、当たり前のように言う。
 ピーピングトム=覗き癖と言う意味だ。
 その由来は―——
 ある女性が馬に乗り、全裸で町を進まなければならない事態になってしまう。
 町人はその女性に恩義があり、全員が彼女から目を背ける中、1人だけ覗き見た男。
 その名前を取って、覗き趣味の人間をピーピングトムというのだが……
 その話が、どうやったら異世界にまで届くのか?
 俺は知り合ったばかりの胡散臭い青年、アセシに、思わず訪ねた。
 アセシは笑いながら言う。

 「それがおかしいと感じるなら、言葉が通じている時点で、どうしておかしいって思わなかったんですかね?」

 やはり、コイツは……うまい。
 人の懐に飛び込み、心を掴むのがうまい人間だ。
 侮蔑するような口調でありながら、相手が不快に思わないギリギリの言葉遣い。
 こちらの気を引くようなやり口を自然と行っている。
 コイツはオルドやクルスとは違う、油断できないタイプの人間だ。
 

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