異世界リベンジャー
放たれた 最高最速最強の一撃
甲高い金属音が響く。
音の正体は、俺の振り下ろした一撃。
それに対して、クルスは受けるのすら煩わしいと言わんばかりに下から打ち返してきた。
クルスの怪力と大剣の重量が加わった一振り。
弾かれた剣ごと、俺の体が浮かび上がる。
本当に冗談みたいな剛腕だ。
地面に足がつくと同時に後方へジャンプ。
次の瞬間には、俺が立っていた場所にクルスの大剣が水平に放たれていた。
それは剣といった刃物を振り回す音ではない。
鈍器が風を切る音。野球の打者がバットをフルスイングした時の音に近い。
しかし、好機―——
クルスの態勢はフルスイングの空振り状態で大きくバランスを崩している。
俺は間合いを詰め、突きを放つ。
渾身の右片手一本突きだ。
だがそれは、躱された。
いとも簡単に。あっさりとだ。
クルスは、突進して行く俺を嘲笑っていた。
そして、すれ違いざまに俺の足を引っ掛ける。
突進の勢いもあって、派手に地面へダイブする。
俺は慌て、うつ伏せの状態から立ち上がろうとした。
だが―——
「ぎゃああああああああああああああああ!?」
今までに感じた事のない痛み。そして、衝撃が背中に襲いかかってきた。
痛みから逃げ出そうと手足を必死に動かすも、体は動かない。
俺の体に何が起こったのか?
次々に襲ってくる痛みの連続。いっそのこと、このまま失神してしまえば解放されるのに、鋭い痛みが無理矢理にも俺の意識を覚醒させる。
痛みに支配された頭脳が、かろうじて痛みの原因の解析を急がせる。
潰れたカエルのように、地面から動けない俺は、なんとか首を捻り、背中を確認する。
背中には足。
俺の背中は、何者によって踏み砕かれていた。
ミシミシと砕かれた背骨を弄ぶように、踏みにじっている人物。
もちろん、ソイツの正体はクルスだ。
その表情は強烈な笑みがこびりついていた。
「さて……それじゃ……
殺しましょうか?」
クルスは俺の背中を踏み抑えたまま、大剣を振り上げた。
その動作からクルスの狙いはわかった。
彼女の狙いは、俺の首だ。
いくら刃を潰してある決闘用の剣であれ、クルスの技ならば、俺の首を叩き折る事も可能だろう。
その姿は、まるで首切り処刑人。
一辺の慈悲など存在せず―――
―――彼女は大剣を走らせた。
その瞬間、俺の背中を抑えているクルスの足首を掴み、強引に引き剥がす。
足元の大きな変動で、クルスの大剣は狙いを大きく外し、地面を叩いた。
その隙に俺はクルスの束縛から脱出。そして何とか立ち上がった。
そんな俺を彼女は冷たい視線で射抜く。
「流石は魔人ですね。普通の人間なら、一生、立ち上がる事ができないダメージを与えたつもりでしたが……。もう、立ち上がれるほどに回復している」
その言葉は平常時と同じ口調―——否。
平常時に彼女が俺に対して吐く言葉は、常に殺意が込められていた。
殺意……。
俺は、いつの間にか、その言葉に含まれている異常性が感じなくなっていた。
クルスから放たれる感情を『殺意、殺意』と安易に口にしていたが……
それがどれだけ異常な事か欠如していた。
果たして人間は、『人を殺そうとする気持ち』を継続して持ち続ける事が可能なのだろうか?
それを行い続けていた、目の前の少女。
俺は、今更ながら……
本当に今更ながら、彼女の殺意に恐怖した。
目の前の少女は、どのくらい殺伐とした人生を送ってきたのだろうか?
実際にどのくらいの人をその手で殺めてきたのだろうか?
ここは、俺がいた世界よりも死が身近な世界なのだろうか?
きっと……少なくとも……
目の前の少女に取ってはそうなのだろう。
クルスは大剣の切っ先を俺に向ける。
「では、さようならです。魔人―——いえ、確かユズル・イートーでしたね?」
もう、彼女はこの決闘を終わらせるつもりだ。
必ず殺すと書いて必殺。
彼女には、必殺と言える技を持っている。それを放って俺の命を終わらそうとしているのだ。
なぜわかるのか?そりゃわかるさ。
この世界に来て、1か月と少し。彼女の必殺技を見た数は100回を超える。
一度目は、初対面の時だ。牢獄の俺に対して、寸止めで止められた。
二度目は、城の空中庭園。モナルとあった直後だった。
それ以降は隠れて覗き見たクルスの鍛錬で見た。
彼女の型は、全てはその技で終わる。つまり、止めの一撃。
俺は彼女の型の真似を続けていた。だから、その技の性質もわかる。
だから、備えてきた。その最後に見せるであろう技に対して……
クルスの必殺技。先に種明かしをしてしまえば、ただの突きだ。
ただの突き……。
否。ただの突きでは断じてない。
間合いを一瞬で埋めてしまう瞬発力。
さらには、彼女の怪力。
それを生み出す全身の筋肉を剣を突き出す事のみに一点集中した時―——
彼女の肉体は、ただの突きを放つ発射台と化す。
そして、ただの突きは必殺技をいう概念に昇華されていく。
彼女の最高最速最強の一撃。
そう、それは放たれたのだ。
迫りくる一撃。
それは肉眼で捉えることすら困難。目で確認しては間に合わない。
だから、俺はその軌道を予想し、彼女が俺という目的に到達するより早く、俺は剣を振るう。
彼女の大剣。その下へと、俺は自分の剣を掻い潜らせる。
交差する剣と剣。
彼女の突きに対して、俺の横薙ぎの一撃。
彼女の大剣に対して、俺の通常の剣。
スピードもリーチも勝ち目はない。
しかし―——
剣と剣との接触音が鳴り響く。
俺の剣は水平ではなかった。
僅かな角度。下から上へと彼女の大剣に接触する。
彼女の大剣に起きる、極めて僅かな軌道の変化。
だが、彼女の肉体は、突きを放つという動作に全ての筋肉を稼働させていた。
だから……だから、彼女は大剣の制御を失った。
その圧倒的な推進力は、僅かな軌道修正に反して、大きく跳ね上がる。
そして、大剣を弾いた俺の剣は彼女の、クルスの脇腹へ吸い込まれていく……はずだった。
上方へ弾かれたクルスの大剣。
その軌道は、予想よりも低く、俺の顔面へと向いている。
―――嗚呼
それは死そのもの。
彼女の突きが放たれて、1秒にも満たない一瞬の攻防。
その緩やかな時間経過が、さらに遅くなり、俺に死の恐怖を刻みつける。
だが―——
俺の肉体は、自らの意思に反し―——
死に向けて一歩踏み出した。
それは彼女の大剣を弾いた後に行う予定の動作。
幾度となく行われた反復動作。
それが、俺の意思を無視して、動き出す。
大きく踏み込むと同時に腰を沈め、まだ宙を進む、俺の剣を加速させる。
死中に活……どころではない。
自ら晒した顔面を迫りくる剣に差し出すなんて……狂気の沙汰でしかない。
やがて―——クルスの大剣は俺の頭部へ到達。
額へ直撃する。
皮を突き破り、肉を掻き分け、骨へとたどり着く。
しかし―――
―――しかしだ。
そこは人体において、最強の強度。
脳の守護という使命を受け、最硬の強度を誇っている頭蓋骨。
一瞬だけなら500キロ近い衝撃にも耐え―——
丸みを帯びた形状は、時として、拳銃から発射された弾丸ですら逸らす事がある。
周囲に舞い散る鮮血。
脳を揺さぶる衝撃。
大剣が通過していく轟音。
それらの中、俺は確かに見届けた。
俺の剣がクルスに脇腹に接触するのを。
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