異世界リベンジャー

チョーカー

クルス、吶喊する

 この領土を支配している『魔人』 名前は火野烈弥ひのれつや
 名は体を表すという言葉があるけども……
 炎を操るのが得意な『魔人』らしい。
 魔力は精神の影響を受ける。
 日常生活で常に使われる名前も、魔力に影響を与えるのかもしれない。
 俺はそんな事を考えていた。
 現在の場所は、炎のカーテンを越えて、数キロくらいの村。
 そこの協力者に匿ってもらっている。もちろん、総勢20人もの人数を1ヶ所に集まるわけにもいかず、他の協力者が用意した隠れ家に分散している。
 それなりの装備を持ってすれば、この領土に入る事は容易い。
 秘密裏にナシオンから潜り込んでいる人間もいるという事だ。
 つまりはスパイ活動の工作員。
 逆を言えば、『魔王』側のスパイがナシオンへ紛れ込むのも簡単。
 ひょっとしたら、この作戦も筒抜けになっている可能性もある。
 だから、作戦は速さを求められる。予防策を打たれる前に攻撃を開始する。
 この隠れ家についた時点で日が暮れていた。しかし、作戦実行は今晩。残り時間は1時間もない。
 作戦開始は間もなく、されど戦いへの実感が薄い。
 『魔人』捕獲作戦。
 俺は腰に帯びた剣に手をやる。
 剣には違いないが、クルスとの決闘で使用した刃を潰した剣だ。
 敵―——火野烈弥の生け捕りが目的のために殺傷力のない、この剣を選んだ。
 たぶん、俺は人が殺せない。この世界の人間とは価値観と生死感が違う。
 なら、どうしてこの場所へ来たのか?自問自答を繰り返すが答えはでてこない。
 戦い 闘争 戦争 殺し合い
 いや、ひょっとしたら、いとも簡単に人を殺すというタブーを破るかもしれない。
 刑務官の仕事をしている公務員さんが、死刑囚をボタン1つで殺害するように……
 善や悪といった感情すら超越し、人を殺すかもしれない。
 俺はそれが怖い。 


 しかし―——
 俺は窓のカーテンを少しだけ、ずらして外を眺める。
 平凡な村だ。人々は普通に田畑を耕し、普通に暮らしている。
 てっきり、『魔人』の領土は、炎が吹き荒れ、魔物が闊歩してる魔境かと想像していた。
 よくよく考えてみれば、元々住んでいた住民を虐げるより、そのまま利用した方が広大な土地の管理ができるのだろう。
 生かさず殺さずが支配の鉄則なのか?
 しかし、表面上では、住民たちの生活が税圧で苦しんでいるようには見えない。
 ひょっとして、住民達にしてみると上の支配層が変わった所で生活に変化がない……とか?
 そんな考えが脳裏をよぎるも、振り払う。
 住民の生活が変わらないからといっても、支配層はどうなる?
 おそらくは憂いを絶つために……
 俺は彼女を、モナルを救いたいと思っているのではなかったのか?
 そう、俺がここにいる理由はそれだ。
 この国のためとか、この世界のためとか、そんな小さな理由じゃない。
 女の子を悲しませたくない。それ以上に優先させる理由が必要か?

 「ユズル、時間だ」

 クルスが作戦開始を告げに来た。
 覚悟を決めた俺は「応」と頷く。
 勢いよく隠れ家を飛び出し、火野烈弥が住む場所を目指す。
 前領主の屋敷にそのまま住んでいるらしい。領土を見渡せるためか、小高い丘に作られてる屋敷。
 そのため、どこの位置からでも迷うことなく走り続ける。
 日が暮れた農村では、すでに人と出会う事がない。
 しかし、屋敷に近づくに比例して、徐々に人とすれ違う回数が増えていく。
 すれ違う彼らの表情は複雑なものだった。もしかしたら、俺たちの正体に気づいたのかもしれない。
 しかし、彼らは何もするわけでもなく、ただ俺たちを見送るだけだった。

 「ユズル、先に言っておく」

 クルスが俺に並走しながら話しかけていく。

 「どうした?ああ……ここでようやく、作戦内容を教えてくれるのか?」

 作戦は開始直前に公開すると言われていた。てっきり、俺はその話かと思っていた。
 「……ん?あぁ、そうだな」

 だが、クルスは歯切れの悪い返事を返してきた。
 どうしたのだろう?そう思っていると……

 「悪いが私は作戦を立てるタイプの司令官ではない」
 「え?それは……いや、え?」

 『それは知っている』という言葉を慌てて飲み込む。

 「だから、私が司令官になって行う常に1つ。作戦は至ってシンプル―——

 ―――正々堂々と正面から中央突破を決行する」

 クルスの走行速度が加速していく。
 火野烈弥の屋敷は目前。その建物は屋敷というよりも堅城。
 鋼で補強されている壁。そして、俺たちを迎える門は、飾り気のない無骨なもので、侵入者を拒んでいる。
 それを破壊しようとするクルス。彼女の武器は大剣のみ……そう見えた。
 最初は違和感。それが徐々に明確になっていく。
 彼女の足元。靴へ魔力が流れ込んでいる。
 その魔力の元は……サポート役。後方支援としてついてきた10人が送っている。
 もしかして―——このためだけに連れてきたのか!?

 「空へ住まう神々よ。我が肉体を依代に地へ顕現し、力を願いたまわん」 

 クルスの詠唱が行われる。

 「空を突き破り、大地を切り裂く一筋の光と化し、力を示したまわん」

 10人分の魔力を一身に受け、圧縮された高濃度の魔力を一気に―——
 そう、一気に放つ。

 『魔装一陣限定解除 秘剣イカズチ発動』

 それが魔法発動のトリガーとなる言葉だったのか、それと共にクルスの体が消失する。
 それは、俺の肉眼で捉える事が不可能な領域。
 音だけ―——つまりは空気の振動が、残された俺に、その効果を語りかけてくる。
 まるで映像のワンシーンが切り取れたように、一瞬で光景に変化が起こる。
 全てが変わり果てていた。 
 その威圧的だった門は、空高く舞い上がって行く、今だに落下の気配を見せない。
 鋼で覆われた壁は内部から爆発でもあったかのように、多く歪み、剥げ落ちている。
 そして、屋敷の中心にはクルスが通過した後が、巨大な穴として結果を示している。

 「……たった1人で城を落としやがった」
 残された俺は、唖然としながら、呟く。
 だが、直ぐにその間違いに気づいた。
 城の内部で放出され続けているクルスの魔力。それに拮抗している存在。
 今、まさに戦いが始まった所だと……

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