ご不要な魔導書買い取ります
Page-04 出張買い取り
店の裏手を少し行くと、閑散とした狭い駐車場があった。そこには『是洞古書店』とロゴの入った白いMRワゴンが停められていて、月葉は流されるままに後部座席へと乗せられてしまった。
日和が運転席であることは当然として、真夜は助手席に腕を組んで座っている。どこへ向かうのか問うと、「ついてからのお楽しみよん」と秘匿された。たぶん、意味はない。
「別に、車で行く距離でもないだろう」
走行中、真夜が不満そうに呟いた。気のせいか、若干顔色が悪いように思える。
「いいでしょう、楽なんだし」
「ガソリン代の無駄だ」
「練習しないと運転できなくなっちゃうでしょう?」
日和は真夜の文句をどこ吹く風といった様子で受け流していた。
ほどなくして、月葉たちを乗せたワゴンは高級住宅地の一画にある一際大きな屋敷へと到着した。
日和が警備員と話をつけて門を開けてもらい、車のまま中に入る。そこにはゴルフ場でも造れそうな面積の庭園が広がっており、本館と思われる洋風の建物へ辿りつくまで五分の時間を要した。
玄関先に邪魔にならないよう車を停めて外へ出ると、月葉は視線を上に向ける。
「うわぁ、凄い」
絵に描いたような大金持ちの豪邸を目にした月葉の第一印象がそれである。嫌味のない白い壁に荘厳な雰囲気、思わずこの場から見える窓を数えてしまうほど広い。洋館と言うよりは宮殿と言った方がしっくりくる。
「(……車……なんて……なくなればいいんだ……)」
ふと隣を見ると、出発時よりも青い顔をした是洞真夜がぶつぶつと小声で呪いの言葉らしきものを呟いていた。
「是洞くん、大丈夫?」
「……」
「もしかして、車酔い?」
「……うるさい」
正解のようだ。だから車内で散々文句を並べ立てていたのか、と月葉は納得する。学校ではロボットみたいに感情が動かないから、なんか面白い。
気分が優れないのに無理して立っている真夜に月葉がくすっとしていると――
「あら? 月葉さん?」
丁寧でゆったりとした、毎日のように聞いている声が耳に届いた。
見ると、緩く波打つソバージュの髪をした少女――紀佐依姫が、恰幅のいい老年の男性と共に豪奢な玄関扉から出てきたところだった。
「依姫ちゃん!? え? どうしてここに?」
「どうしてと言われましても……」
困惑顔で小首を傾げる依姫は、学校の制服から白を基調としたノースリーブのワンピースに着替えていた。清楚なイメージのある彼女には凄く似合っていて、まさにお嬢様といった感じである。月葉ではとても着こなせそうにない。
「ここ、わたくしのお家ですし」
「えっ」
ということは、この豪邸は紀佐財閥の物ということになる。月葉は素直に驚いた。依姫とは中学からの付き合いだが、私服を見たことはあっても屋敷に招待されたことはなかったのだ。
「月葉さんこそ、どうして是洞さんたちと一緒に?」
「えっと、これには私もよくわからない事情があって」
煮え切らない月葉の回答に、依姫は頭上に『?』を浮かべる。
「依姫、知り合いかね?」
とその時、依姫と一緒に歩いてきた老爺が人のよさそうな笑顔で訊ねてきた。
「あ、はい、お爺様。わたくしのお友達の来栖月葉さんです」
依姫の簡単な紹介に合わせて月葉も軽く会釈する。と、なにが嬉しいのか老人は「おお、そうかそうか!」と上機嫌になって歓迎するように両手を広げた。
「孫の友人が訪ねてくるなんて初めてのことじゃ。どれ、今夜は派手にパーティーでもするかの?」
「もう、お爺様。そういうことはやめてください」
依姫は自分が大富豪であることをあまり話したがらない。その理由を月葉は以前に聞いたことがあった。彼女は周りに大金持ちのお嬢様ではなく、対等な存在として接してもらいたいそうだ。月葉や理音はそんなことで態度を変えたりしないのだが、きっと、そうでない人の方が多いのだろう。
「お取り込み中のところ悪いんだけど、紀佐財閥会長の紀佐桐吾さんで合ってるかしら?」
日和が商売人とは思えないフランクな口調で割り込んできた。彼女は金持ち相手だというのに全く怯んでいない。
「いかにも、儂が紀佐桐吾じゃが……貴女も孫の友人かね?」
「いいえ、違うわ。私たちは是洞古書店の者よ」
きっぱりと否定し、日和は営業スマイルを浮かべてそう名乗った。
「おお、そうか貴女が」紀佐桐吾は『待ったました』と言うように、「いやはや、まさかこんな若くて綺麗な方が来るとは思わなんだ」
「ふふ、誉めてもなにも出ないわよん?」
なんて言っているが、日和は満更でもなさそうだった。なんか隣で真夜が「性格はガサツだがな」と姉に聞こえないようにぼやいている。月葉はバッチリ聞き取った。
「わざわざお越しいただき申し訳ない。本来なら儂らが店まで出向くべきなんじゃが、訳あって本を持ち出せない状態での」
「それは構わないわ。早速だけど、売りたい本っていうのはどこにあるのかしら?」
「ふむ、こっちじゃ。屋敷の裏にある儂専用の倉に保管しておる」
そう言って桐吾は屋敷を周回するように歩き始めた。彼の後ろを日和と真夜もついていく。
依姫が月葉を見る。
「月葉さんはどうなされます? わたくしのお部屋にでもご案内しましょうか?」
「ううん、依姫ちゃん。私は――」
「なにしてんの月葉ちゃん! 置いてくわよー!」
上半身を捻ってこちらを向いた日和が大声で月葉を呼んでいる。並んで歩く真夜は迷惑そうに指で耳栓をしていた。
「そういうことだから、私も行かなくちゃ」
「わかりました。では一緒に参りましょうか。わたくしも、これから起こることに興味がありますから」
「え?」
依姫の意味深な台詞を訝しく思った月葉だったが、再度日和から督促の声がかかったため疑問は一旦横に置いておくことにした。
タタタッと駆け足で三人の後を追う。
――一体、この先になにがあるんだろう?
チラリと横目で依姫を見る。普段と変わらない柔らかな表情をしているが、彼女は月葉よりも先に進んだなにかを知っている、そんな風に思えた。
日和が運転席であることは当然として、真夜は助手席に腕を組んで座っている。どこへ向かうのか問うと、「ついてからのお楽しみよん」と秘匿された。たぶん、意味はない。
「別に、車で行く距離でもないだろう」
走行中、真夜が不満そうに呟いた。気のせいか、若干顔色が悪いように思える。
「いいでしょう、楽なんだし」
「ガソリン代の無駄だ」
「練習しないと運転できなくなっちゃうでしょう?」
日和は真夜の文句をどこ吹く風といった様子で受け流していた。
ほどなくして、月葉たちを乗せたワゴンは高級住宅地の一画にある一際大きな屋敷へと到着した。
日和が警備員と話をつけて門を開けてもらい、車のまま中に入る。そこにはゴルフ場でも造れそうな面積の庭園が広がっており、本館と思われる洋風の建物へ辿りつくまで五分の時間を要した。
玄関先に邪魔にならないよう車を停めて外へ出ると、月葉は視線を上に向ける。
「うわぁ、凄い」
絵に描いたような大金持ちの豪邸を目にした月葉の第一印象がそれである。嫌味のない白い壁に荘厳な雰囲気、思わずこの場から見える窓を数えてしまうほど広い。洋館と言うよりは宮殿と言った方がしっくりくる。
「(……車……なんて……なくなればいいんだ……)」
ふと隣を見ると、出発時よりも青い顔をした是洞真夜がぶつぶつと小声で呪いの言葉らしきものを呟いていた。
「是洞くん、大丈夫?」
「……」
「もしかして、車酔い?」
「……うるさい」
正解のようだ。だから車内で散々文句を並べ立てていたのか、と月葉は納得する。学校ではロボットみたいに感情が動かないから、なんか面白い。
気分が優れないのに無理して立っている真夜に月葉がくすっとしていると――
「あら? 月葉さん?」
丁寧でゆったりとした、毎日のように聞いている声が耳に届いた。
見ると、緩く波打つソバージュの髪をした少女――紀佐依姫が、恰幅のいい老年の男性と共に豪奢な玄関扉から出てきたところだった。
「依姫ちゃん!? え? どうしてここに?」
「どうしてと言われましても……」
困惑顔で小首を傾げる依姫は、学校の制服から白を基調としたノースリーブのワンピースに着替えていた。清楚なイメージのある彼女には凄く似合っていて、まさにお嬢様といった感じである。月葉ではとても着こなせそうにない。
「ここ、わたくしのお家ですし」
「えっ」
ということは、この豪邸は紀佐財閥の物ということになる。月葉は素直に驚いた。依姫とは中学からの付き合いだが、私服を見たことはあっても屋敷に招待されたことはなかったのだ。
「月葉さんこそ、どうして是洞さんたちと一緒に?」
「えっと、これには私もよくわからない事情があって」
煮え切らない月葉の回答に、依姫は頭上に『?』を浮かべる。
「依姫、知り合いかね?」
とその時、依姫と一緒に歩いてきた老爺が人のよさそうな笑顔で訊ねてきた。
「あ、はい、お爺様。わたくしのお友達の来栖月葉さんです」
依姫の簡単な紹介に合わせて月葉も軽く会釈する。と、なにが嬉しいのか老人は「おお、そうかそうか!」と上機嫌になって歓迎するように両手を広げた。
「孫の友人が訪ねてくるなんて初めてのことじゃ。どれ、今夜は派手にパーティーでもするかの?」
「もう、お爺様。そういうことはやめてください」
依姫は自分が大富豪であることをあまり話したがらない。その理由を月葉は以前に聞いたことがあった。彼女は周りに大金持ちのお嬢様ではなく、対等な存在として接してもらいたいそうだ。月葉や理音はそんなことで態度を変えたりしないのだが、きっと、そうでない人の方が多いのだろう。
「お取り込み中のところ悪いんだけど、紀佐財閥会長の紀佐桐吾さんで合ってるかしら?」
日和が商売人とは思えないフランクな口調で割り込んできた。彼女は金持ち相手だというのに全く怯んでいない。
「いかにも、儂が紀佐桐吾じゃが……貴女も孫の友人かね?」
「いいえ、違うわ。私たちは是洞古書店の者よ」
きっぱりと否定し、日和は営業スマイルを浮かべてそう名乗った。
「おお、そうか貴女が」紀佐桐吾は『待ったました』と言うように、「いやはや、まさかこんな若くて綺麗な方が来るとは思わなんだ」
「ふふ、誉めてもなにも出ないわよん?」
なんて言っているが、日和は満更でもなさそうだった。なんか隣で真夜が「性格はガサツだがな」と姉に聞こえないようにぼやいている。月葉はバッチリ聞き取った。
「わざわざお越しいただき申し訳ない。本来なら儂らが店まで出向くべきなんじゃが、訳あって本を持ち出せない状態での」
「それは構わないわ。早速だけど、売りたい本っていうのはどこにあるのかしら?」
「ふむ、こっちじゃ。屋敷の裏にある儂専用の倉に保管しておる」
そう言って桐吾は屋敷を周回するように歩き始めた。彼の後ろを日和と真夜もついていく。
依姫が月葉を見る。
「月葉さんはどうなされます? わたくしのお部屋にでもご案内しましょうか?」
「ううん、依姫ちゃん。私は――」
「なにしてんの月葉ちゃん! 置いてくわよー!」
上半身を捻ってこちらを向いた日和が大声で月葉を呼んでいる。並んで歩く真夜は迷惑そうに指で耳栓をしていた。
「そういうことだから、私も行かなくちゃ」
「わかりました。では一緒に参りましょうか。わたくしも、これから起こることに興味がありますから」
「え?」
依姫の意味深な台詞を訝しく思った月葉だったが、再度日和から督促の声がかかったため疑問は一旦横に置いておくことにした。
タタタッと駆け足で三人の後を追う。
――一体、この先になにがあるんだろう?
チラリと横目で依姫を見る。普段と変わらない柔らかな表情をしているが、彼女は月葉よりも先に進んだなにかを知っている、そんな風に思えた。
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