ご不要な魔導書買い取ります

夙多史

Page-13 魔書コレクター

 是洞真夜がアドリアン・グレフと対峙している。
 月葉はただその光景を、ペタンと地面にお尻をついた状態で呆然と眺めていた。まだ靄のかかった頭で考える。
 ――真夜くんが、助けに来てくれた? 私を?
 なぜだかわからないが、月葉は純粋に嬉しさが込み上げてきた。
「君、今なんと言ったのかね? 聞かなかったことにするからもう一度言いたまえ」
 プライドを傷つけられたのか、アドリアンはわなわなと震えている。真夜は漆黒の瞳でそんな彼を見据え、
「フン、貴様のような下衆の屑に、僕の名を覚えられたくないと言ったんだ」
 さらにプライドを引き裂くようなことを口にした。鼻息の鳴らし方もいつも以上に見下した感がある。
 アドリアンは端整な顔に引き攣った笑みを浮かべる。
「ふむ、どうも最近耳の調子が悪いようだ。この国の言葉では『三度目の正直』と言うのだったか? もう一度チャンスをやろう」
「飾りの耳なら切り落としてしまえばいい。少しは身軽になれるぞ」
 ブチン! と月葉はアドリアンの額から変な音を聞いた気がした。青筋が浮き出ている。初対面の人を怒らせる技術に関して真夜の右に出る者はそうはいないだろう。
「君、元とはいえ貴族の私を侮辱したこと、まさか許されるとは思っていないだろうね?」
「知るか」
 見ている月葉の方が焦ってしまうくらい真夜はバッサリと切り捨てる。月葉も魔術師になればこれほどの余裕を持てるのだろうか。いや、きっと無理だろう。
「〝人払い〟が効いていないということは、君も魔術師だね。私に対する無礼は見逃してやるから、さっさと消えてくれたまえ。私はそこのレディーに用があるのだよ」
 指を差され、月葉はビクリと怖気づく。ひぅ、と小さな悲鳴も上げてしまった。
 すると、アドリアンの指先から庇うように真夜が背中で月葉を隠してくれた。それから聞こえない音量でなにかを唱え――
「貴様の用というのは、こいつのことだろう?」
〝書棚〟から取り出した一冊の魔導書をアドリアンに見せる。それは紛れもなく月葉が『預かって』もらっている来栖杠葉の魔導書だった。
 アドリアンが瞠目する。
「そうか、なるほど、君も魔導書使いだったか。そしてそれが私の探し求めている来栖杠葉氏の魔導書。……ククク、これは面白い」
 忍び笑いをするアドリアンの目つきに鋭さが増す。彼はもはや月葉を見ていなかった。真夜が魔導書を見せつけることでアドリアンの対象を自分へと変更したからだ。
「いいかね、君は私を侮辱した。その謝罪はきっちりとしてもらわねばならない。その魔導書を私に渡すという形でね」
「フン、なぜそこまでこれに拘る?」
「拘って当然だ。私は魔書コレクターなのだよ。来栖杠葉氏の魔導書は複雑過ぎて初級だろうと複製は困難。つまり、彼女の魔導書はどれも世界に一冊しか存在しない。それを入手したいと願う魔術師に理由を聞くなど野暮だとは思わないかね?」
 アドリアンは青い瞳にどこか狂信的なまでの執着心を宿してそう語った。
 魔書コレクター。確か依姫の祖父が古書コレクターだったことを月葉は思い出す。それの魔書版ということだろう。
「君も魔導書使いなら、私の趣味はわかるのではないかね?」
 アドリアンは真夜を説得しようとしているようだ。だが、真夜ならここで『くだらん』と一蹴するはずである。
 ――言って、真夜くん。そんな趣味などくだらないって。
 月葉は期待の眼差しで真夜を見詰める。が――
「……」
 真夜はだんまりだった。
 ――あれ?
 趣味、わかるらしい。そういえば彼は常に本と共にある。アドリアンほどの執着心は見せないが、実は彼もけっこうな魔書コレクターなのかもしれない。ようやく納得してきた頃なのに、再び彼に母の形見を『預けた』ことが不安になってきた月葉である。
「悪いが、こいつは預かり物だ。貴様に渡すことはできん。それに、貴様のやり方は気に喰わない。コレクターならコレクターなりの礼儀があるだろう。一般人に手を出すな」
 前言撤回。やはり真夜ならば信頼できそうだと月葉は思い直した。
「……ならば仕方ない」
 アドリアンは〝曝露〟の魔導書を虚空へと消し、踵を返して二人から離れる。わかってくれたのかと月葉は思ったが、違った。
 彼は十メートルほどの距離を空けて立ち止まると、振り返ってビシッと名探偵が犯人を示す時のような動作で真夜を指差す。
「決闘だ。名も知らぬ魔導書使いよ。私が勝てばその魔導書を譲ってもらう。君が勝てば私は潔く諦めようではないか」
 彼の表情はいわゆるどや顔というやつだった。
「……いいだろう」
「ちょっ!? 真夜くん勝手に決めないでよっ!?」
 賭けられた来栖杠葉の魔導書は一応月葉の物なのだ。所有者を無視してそういう話はしないでもらいたい。
 慌てる月葉を、真夜は下がっていろとでも言うように手で諌めた。そして彼はまっすぐにアドリアンを睨む。
「ただし、僕が勝った時の条件に一つ加えさせてもらう」
「なんだね? 言ってみたまえ」
 余裕綽々のアドリアンに対し、真夜は変わらない無表情で、

「こいつに謝れ」

 端的にそう言って、親指で後ろの月葉を示した。
「え? え? え?」
 かあぁぁぁ。
 真夜の言葉の意味が理解できずに困惑する月葉だったが、どういうわけか体中が熱を帯びてきた。恥ずかしいと感じる時に似た熱さ。すぐそこにある洋服店のショーウィンドウに映る自分を見ると、耳まで真っ赤になってトマトみたいだった。
 ――あれ? なんで? え?
 わけがわからず頭を振って狼狽する月葉に、来栖杠葉の魔導書を〝書棚〟に仕舞った真夜がぶっきら棒に告げる。
「お前は邪魔だ。その辺に隠れていろ」
「は、はい!」
 反射的にいい返事をして立ち上がってしまう。それから月葉の体は勝手に動き、真夜の言う通りに少し離れた電柱の陰に隠れた。
「謝れ、か。そんなことでよいのであればいくらでも謝ってやろう。君が勝てればの話だがね。――第一段第二列」
「僕に勝てる気でいるのか? とんだ自己陶酔者だな、貴様は。――第三段第四列」
 お互いが〝書棚〟から魔導書を抜き、ページを繰る。
 そして――

「「――〝火弾〟!!」」

 重なる声と共に、双方から灼熱の業火球が飛び出し中央で激しく衝突した。

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